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ゾフィ・シュトラウス 1

「いっそ、男に生まれたかった……」

 ゾフィ・シュトラウスは汗を拭うと、ぽつりと呟いた。


 数少ない女性騎士として日々精進していたが、さすがに限界を感じるようになってきた。

 王女の護衛をした際には格好良いと輝く眼差しで告げられたが、別に格好良くなろうとして騎士を目指したわけではない。

 もちろん、王女の言葉は嬉しかったし、光栄だ。

 だが、ゾフィは自身の剣の腕をもっと上達させたかった。


 自分で言うのもなんだが、ゾフィは騎士の中でも上位に入る腕前だ。

 だからこそ、性別による体格や筋力の不平等を努力で覆すのは難しい、と身に染みてわかってしまう。


 騎士になれたのは嬉しい。

 剣術も好きだ。

 だが、何となく行き詰ったような感覚に陥っていた。




「今日は気合が足りないぞ、ゾフィ」

 上司でもある古参の騎士がからかうようにそう言って、肩を叩く。

 見た目と違って面倒見の良い人なので、心配してくれたのかもしれない。


「女性騎士の限界について、考えていました」

「なんだ、それは。数少ない女性騎士の中でも圧倒的実力者のおまえが言うことじゃないな」

「すっかり街をふらつく男性の体に目が行くようになりました」


「艶っぽい理由なら、からかいようもあるが。……違うんだろうなあ」

「あの筋肉のひとかけらでも私に分けてくれないかと思って」

「やっぱりか」

 上司は大袈裟にため息をつくと、ゾフィの傍らに腰を下ろす。

 何となく上から話すのは気が引けて、ゾフィも地面に座り込んだ。



「確かに女性は筋力と体格で不利なことが多い。だが俺の知る限り、最強の剣の使い手は、女性だ」

「――え?」

 思わぬ言葉に、ゾフィは身を乗り出す。


「それは本当ですか? 誰ですか? 騎士団の人間ですか?」

 矢継ぎ早に繰り出される質問に、上司は苦笑する。

「まあ、落ち着け。彼女は騎士ではないし、剣士ですらない。だが、伝説の剣士と呼ばれる人だ」

「ええ?」


 騎士ではない、というのはまだわかる。

 巷にも優秀な人材は存在しているし、それを逃さぬように国の剣術大会でも勝ち抜き枠が設定されているくらいだ。

 だが剣士ですらないというのは、どういうことだろう。


「体格は普通の女性だから、筋力そのものというよりは別の力なんだろうが。……ともかく、速いし、重いし、えげつない」

「えげつない」

 剣の腕前を評価するのに、初めて聞く言葉だ。



「……騎士何人でなら、その人に勝てますか?」

 数人がかりだというなら、それは相当な手練れだ。

 だが、何故か上司は笑い出してしまった。


「個人では無理だから部隊を出すのだろうが……正直、どうやっても勝てる気がしない」

「は? 何の冗談ですか」

 数人をあしらえるというのなら、確かに凄いが想像ができる。

 だが精鋭ぞろいの騎士を、しかも部隊で投入しても勝てないとは何事だ。


「それが、事実だから困ったものでな。……陛下がまだ王子だった頃、誘拐されたことがあるんだが。彼女一人で王子と学友を助け出し、悪漢すべてとその根城を完膚なきまでに叩きのめした」

「……その、悪漢というのは、数人ですか?」

「正確な数は忘れたが、確か三十人近くはいたはずだ」


 ゾフィは絶句した。

 この上司がわざわざ嘘をつくとは思えないから、真実なのだろう。

 だが、到底理解できない領域の話だった。


「外見は少女だったから、現場に到着した我々もしばらくは事態を理解できなかった。だが、間違いなく彼女の仕業だ」

「見ていないなら、わからないですよね? 陛下か、その御学友が対処したのでは?」

「それなら、良かったんだが」

「何か証拠があるんですか?」


「彼女は血塗れの剣を肩に担いでいて、扉を蹴り飛ばして建物から出るところだった。そこに隠れていた悪漢が五人ほど襲い掛かってな」

「そ、それで?」

「……一瞬だった。男達の剣が届く前に、あっという間に弾き飛ばされていた」

 上司と共に、ゾフィもため息をついた。



「……その人に会いに行きたいのですが、どうすれば良いでしょうか」

「会いに行く? だが、もうすぐ剣術大会だし、騎士の務めもある。時間が取れないだろう」 

「剣術大会は辞退します。それと、騎士もしばらく休職したいのですが」

「何だと?」


 眉を顰める上司の気持ちもわからないでもない。

 剣術大会は参加に推挙が必要なので、誰でも簡単に出られるものではない。

 勝ち抜き枠もあるが、騎士の参加は認められていない。

 それ故に大会に出られる事自体が誉れ、という風潮があった。

 同様に、騎士になる事も誉れであり、余程のことがなければ休職などありえなかった。


「この半端な気持ちのまま騎士を続けるのは、私のためにも周囲のためにもなりません。一度自分を見つめ直すためにも、その女性に会いたいのです」

 それに、できることならその女性に師事して剣の腕を磨きたい、というのもあった。


 何とか上司を説得すると、学園のダンナーという講師なら知っているだろうと紹介される。

 ゾフィはさっそく会う約束をとりつけ、学園に向かった。

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