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ペルレ・ザクレス

「ペルレ様。良かった、こちらにいらしたんですね」

 濃い灰色の髪と水宝玉(アクアマリン)の瞳の少女が駆け寄ってくる。

 王太子となった弟グラナートの妃候補、エルナだ。

 グラナートに笑顔を取り戻してくれた恩人であり、ペルレの可愛い未来の義妹である。


「王宮にいらしていると聞いたので、ちょうど良いと思いまして」

「どうなさったの?」

「兄が来ているので、良かったらお話でもどうでしょうか」

 エルナの言葉がすぐに理解できず、首を傾げてしまう。


「兄、というと」

「レオン兄様……レオンハルト・ノイマンです」

 そう言って微笑むエルナが、ペルレには天使に見えた。




「ザクレス公爵、お初にお目にかかります。エルナの兄の、レオンハルト・ノイマンと申します」

 美しい所作でそう挨拶する彼は、確かにあの日と同じ焦げ茶色の髪の持ち主だった。


「ペルレ・ザクレスですわ」

 嬉しさと緊張のあまり、そう言うのが精一杯のペルレの横で、エルナが微笑んでいる。


「ペルレ様はレオン兄様の出た剣術大会をご覧になったそうですよ」

「え、ええ。あなたは誰よりも強くて。わたくし、とても驚きましたのよ」

「……ああ。懐かしいですね。もうだいぶ昔のことです。お恥ずかしい」


 穏やかに答える様子は、あの圧倒的な腕前を見せつけた剣士とは一見繋がらない。

 じっとレオンハルトを見ると、その瞳の色に気付く。

 剣豪・瑠璃(ラピスラズリ)の異名の元になったという、瑠璃(ラピスラズリ)の瞳が美しかった。


「ペルレ様、私は殿下に呼ばれているので、ここで失礼しますね。ごゆっくりお話しください」

 エルナは礼をすると、足早に部屋を出ていく。

 グラナートはペルレが剣豪・瑠璃(ラピスラズリ)のファンだと知っているから、もしかするとわざとエルナに席を外させたのかもしれない。

 そう思うと、何となく気恥ずかしくなったが、まずは伝えなければならないことがある。



「レオンハルト様、わたくし……」

「私は一介の子爵代理です。どうぞ、レオンハルトとお呼びください」

 確かに、王女であり公爵であるペルレが様をつけて呼ぶのは、変かもしれない。

 だが、憧れの人を呼び捨てにできるほど、ペルレは悟りきってもいなかった。


「では、レオンハルトさんと、お呼びしてよろしいかしら」

「もちろんです」

「私も、ペルレとお呼びください」

「では、そうさせていただきます」


 ただ、名前を呼んだだけ。

 それだけで心が浮き立つのだから、我ながら相当なファンのようだ。


「ご存知かとは思いますが、わたくしの母がエルナさんに大変なご迷惑をおかけしました。兄であるあなたにもお詫び申し上げます」

「いえ。エルナから、ペルレ様にはよくしていただいていると伺っています。あなたが気にする必要はございません」

 優しい言葉に、ペルレはほっと胸を撫でおろす。



「……そうだ。わたくし、レオンハルトさんにお聞きしたいことがありましたの」

「何でしょうか」

「剣術大会の決勝で、相手の方と何か話していたでしょう? すぐに剣を抜かなかったから、気になって」


 それまで文字通り瞬殺していたレオハルトが、決勝だけはすぐに剣を抜かず、何かを話していた。

 それが何となく心に残っていたのだ。


「……ああ。ありましたね、そんなこと」

 うなずくレオンハルトの次の言葉をじっと待つ。

 何か、事情でもあったのだろうか。

 ファンとしては、是非とも知りたいところだった。



「本気で戦ってください、と言いました」

「……え?」

 何を言われたかわからず、思わず問い返す。


「どの人も剣を構えたはずなのに隙だらけでしたから。私が田舎の若輩者だからと甘く見られているのだろうと思ったのです」

「そ、それで。何と言われましたの?」

「全員、本気だ、と」


 それはそうだ。

 国中の剣士が集まり、王族も観戦する大会だ。

 仲間内のお遊びとは違う。

 場合によっては勝敗が人生を左右するのだから、手を抜くなどありえない。


「なので、安心して剣を向けたのですが」

 レオンハルトはそう言うと困ったように小さく息をついた。

 それで、結局は瞬殺したわけか。


 スマラクトはかつて『()()は、そういう段階のものではない』と言ったが、まさにその通り。

 レオンハルトには、騎士団の精鋭もまったく相手にならなかったのだ。



「そ、そう言えば、エルナさんは剣豪・瑠璃(ラピスラズリ)の名をよく知らないようなことを言っていましたわ。何故でしょうか」

「エルナには、特に教えていませんでしたから。ノイマン領は山がちで魔物も多く出ますが、その討伐にもエルナは参加したことがありません。私が剣を使うこと自体、知らなかったと思います」

 レオンハルトがあの腕前で討伐したら魔物が絶滅しかねないと思うのは、ペルレの気のせいだろうか。


「それでは、剣豪と聞いてもレオンハルトさんだとは思わないでしょうね」

「エルナは私の事を穏やかで優しい兄だと言っていますから。妹の期待には応えようと思いまして」

「……エルナさんが大切なのですね」

 行動の方向性は多少おかしい気もするが、妹を想ってのことだというのはわかった。


「弟もいますが、どちらも可愛いですよ。ペルレ様もおわかりになるのでは」

「確かに、その通りですわ」

 ペルレもまた、弟のグラナートが可愛い。

 大きくなっても世話を焼いてしまうし、グラナートが幸せならペルレも嬉しくなる。



「本当は、もう少しエルナを手元に置いておきたいのです。まだ、子供ですしね。……ですが、グラナート殿下も頑張っていますから、仕方ありませんね」

「まあ。グラナートを認めていただけて良かったですわ」


「エルナの笑顔が好きですからね。殿下を認めざるを得ません」

 肩をすくめる姿に、思わずペルレも笑ってしまう。

 すると、それを見たレオンハルトが目を細めた。


「――ああ、その顔です。やはり、女性はそうやって笑っていた方が可愛らしい」

 そう言って微笑む姿に、ペルレは思わず固まる。


 その時、背後の扉の奥が何やら騒がしくなる。

「どうやら弟が呼んでいるようです。それではペルレ様、失礼いたします」

 美しい礼と共に、レオンハルトが退室する。

 彼の姿が見えなくなっても、ペルレの鼓動は収まらなかった。




「……わ、わたくし。胸が爆発するかと思いましたわ」


 ずっと、王女として生きてきた。

 結婚は国のため。

 恋などしても意味がない。

 とっくにそんな感情は捨てたと思っていたのに。


 伝説の剣豪は、その剣技だけでなく、笑顔でまでペルレを虜にするのか。


 ペルレはよろよろとソファーに腰かけると、火照る頬を押さえながらため息をついた。


小説三作10000ポイント感謝リクエスト特別編、「未プレイ」の分は終わりです。

この後の予定は、活動報告をご覧ください。

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