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ペルレ・ヘルツ

 剣術大会を見たのは、その日が初めてだった。


 お忍びで街に行った際に、護衛を務めた女騎士に憧れたのが発端だ。

 その日から、ペルレは密かに体力作りに励んだ。

 密かにと言っても王宮内のこと。

 王女が王宮の庭を走り回っていれば、すぐにわかる。

 各地で小言をもらいながら、それでもペルレは走るのをやめなかった。


 本当は剣術も習ってみたかったが、さすがにそれは許されないだろう。

 仕方がないので騎士の稽古を覗いているペルレを見た兄スマラクトが、剣術大会の観戦を勧めてくれたのだ。




「国中の剣士が集まる大会だからね。きっと見ていて面白いんじゃないかな」

 王族用の席につくと、会場全体が見渡せる。

 既に観客席は多くの人で賑わっていた。


「参加者はどうやって決まるのですか?」

「基本的には推挙だね。騎士団の人間が多いが、傭兵や警備兵もいると聞くよ。あとは、勝ち抜き枠もあるらしい」

「勝ち抜き?」

「一般に埋もれる才能を逃さないため、だね。……まあ、大抵は騎士団で長く務めた騎士が上位に入る。やはり、毎日鍛錬した熟練の技は一朝一夕では破れないよ」


「そうなのですね。やはり、毎日の鍛錬が」

「――ペルレ。走り込みまでは見逃せるが、剣は諦めて。自分が王女だということを忘れてはいけない」

「……はい、お兄様」



 わかってはいる。

 いくら走り込みをしても、仮に剣を習えたとしても、ペルレはこの国の王女だ。

 いずれは国に有益な結婚をしなければならず、そのためにも品位を落とすような振る舞いは許されない。


 美しく、優雅に、淑やかに。

 王女に生まれたからには仕方ないとはいえ、窮屈に感じてしまう日だってある。

 たまにはこうして剣術大会を観戦するのも、気晴らしに良いかもしれない。


「……グラナートも、来られたら良かったのですが」

 弟のグラナートは母である王妃が亡くなって以来、あまり外に出ない。

 可愛らしい笑顔が好きだったのに、それも最近は見ることが減ったので寂しかった。


「ああ。……そのぶん、話を聞かせてあげよう。グラナートのためにも、しっかりと観戦しないとな」

「はい」




 参加者はやはり騎士が多く、実際勝ち残るのは騎士ばかりだった。

 屈強な肉体の男性が鎧をまとえば、それだけでも威圧感がある。

 日の光を反射して煌めく鎧ばかりを見ていると、何となくそれ以外を応援したくなってきた。

 だが、たまに出てくる軽装備の兵はあっという間に負けて、いなくなってしまう。


「……もう。誰かピカピカの鎧に勝てる人はいませんの?」

「あの鎧は皆、騎士団の精鋭だからね。普通の兵では厳しいだろうな」


 笑うスマラクトを横目に見ていると、一人の少年が目に入る。

 騎士団の鎧ばかりが並ぶ中、彼は驚くほどの軽装だ。

 軽装というか、まったく普通の服に見える。


 案内係か何かかとも思ったが、腰には剣を佩いているのだから、やはり参加者のようだった。

 鎧がないせいもあって、周囲よりも細身に見え、どうみても一勝もできそうにない。

 それでも何となく焦げ茶色の髪の少年をじっと見ていると、彼が中央に歩み出て来た。



「おや。今回の勝ち抜き枠は随分と若い子だね。俺と同じくらいかな。相手は……よりによって、近衛騎士だ。せっかくここまで来たのに、運がない」

「お兄様、相手は鎧を着ているのに、あの人は何の防具も着けていませんわ。不公平ではありませんの?」

「一応、そこは自由だからね。鎧を着ければ多少は動きが遅くなるから、必ずしも有利ではないよ」


 そうは言っても、近衛騎士が自分の鎧でろくに動けないなんて馬鹿なことはない。

 何だか納得がいかなくて、ペルレは頬を膨らませた。

 焦げ茶色の髪の少年と近衛騎士が向かい合う。

 装備だけでなく、体格の差も酷いものだった。


「そんな子供っぽい仕草をするものではないよ。彼もここまでこれただけで、十分に凄いんだから――」


 スマラクトはそう言って、言葉を失った。

 ペルレも同様だった。

 瞬きをした次の瞬間、近衛騎士は地に伏していた。


 観客も何が起こったのかわからないらしく、会場は水を打ったように静まり返る。

 少年が剣を収めて立ち去ってしばらくしてから、ようやく歓声が響きだす。


「……お兄様、あの人、勝ったのですか?」

「あ、ああ。そのようだ」


 ちゃんと見ていたつもりだったが、よそ見をしてしまったのだろうか。

 まるで狐につままれたようで、何だか不思議な感覚だった。




「またあの人ですわ、お兄様」

「ああ。今度は……騎士団の若手で一二を争う実力者だ。さすがに、運が続かないだろう」


 だが、スマラクトの予想は外れた。

 少年が剣を抜いたかと思うと、やはりあっという間に騎士は地面に倒れている。


「お兄様。わたくしには何が起こっているのか、わからないのですが」

「……俺も、わからない」



 結局その後も同じように少年は勝ち続け、よくわからないままに決勝に残ってしまった。

 その頃には観客も不思議な少年の応援にまわり、会場はさながら彼のためのステージになりつつあった。


「決勝ですわね、お兄様」

「相手は近衛騎士だ。次の近衛騎士団長と目されている実力者だから、さすがに……」


 勝てないだろう、と口にできない。

 それくらい、少年は強かった。

 何がどうなっているのかはわからないが、圧倒的に強いことだけは理解できた。



 大歓声の会場中央で、二人が向き合う。

 近衛騎士が切りかかるが、少年は剣を抜かないまま軽々とそれを避ける。

 今までにない構図に、会場の歓声が更に増していく。


「あの人、剣を使いませんわね」

「防戦一方だな。苦戦しているようには見えないが」


 しばらくの間剣を避けていた少年は、ふと動きを止めて騎士に何か声をかけている。

 何を言っているのかわからないが、何らかの会話が終わると、少年が剣を抜く。


 会場中が息を呑んだ次の瞬間、騎士は地面に倒れこんだ。

 一瞬の静寂の後、会場は大歓声に包まれる。

 結局、ペルレには最後まで何が起きたのか、よくわからないままだった。




「……わたくし、剣術の試合というものは剣を打ち合うものだと思っていましたわ」

「普通はそうだよ。……彼は、規格外だ。一体、どこの誰なんだ」

 困惑する二人の前に、鎧をつけた壮年の男性が跪いて頭を垂れる。


「スマラクト殿下、ペルレ殿下。近衛の無様な試合をお見せして申し訳ありませんでした」

()()は、そういう段階のものではないことくらい、俺にもわかる。気にしないで良い。――彼は、何者だ? 騎士団の見習いか何かなのか?」

 近衛騎士団長は頭を上げると、珍しく汗を拭いながら、たどたどしく答える。


「それが。……子爵家の令息だそうです」

「剣に力を入れている子爵家など、覚えがないが。騎士団の関係者か?」

「いえ、それが、その。……ただの、田舎の貴族の御子息です」

「……は?」


「レオンハルト・ノイマンという名の少年で、学園に通っているようです。騎士団とは無関係で、見習いどころか、誰も名を知らないというのです」

「学生?」


 スマラクトが困惑のあまり、言葉を失っている。

 それはそうだ。

 騎士団と無関係の、名も知られぬ田舎の出の、ただの学生。

 それに、吹いたら飛ぶ紙のように、あっさりとあしらわれてしまったのだ。



「……その年齢と環境で、あの腕前か。――欲しいな」

 声音が変わったので見てみれば、スマラクトの顔は為政者のそれだった。


「御意。……既に、騎士団の者が声をかけております」

「頼んだよ」

 騎士団長は深々と礼をすると、立ち上がって下がって行った。


「……彼がグラナートの護衛に就いてくれたら、安心なんだけど」

 王妃が亡くなってから、グラナートの身の回りでは不審な出来事が多くなっていた。

 今のところ事なきを得ているが、万が一のためにも護衛をつけるべきだ、とスマラクトは国王に進言していた。


「そうですわね」

 二人にとってグラナートは大切な弟だ。

 いつかまた、かつてのように無邪気な笑顔を見せてくれることを願うばかりだった。




 剣術大会を圧倒的な強さで優勝した少年の噂は、瞬く間に広がった。

 瞳の色と剣の飾り石の色から剣豪・瑠璃(ラピスラズリ)と呼ばれるようになった彼は、夏休みで学園をやめたという。


 それを聞きつけた騎士団や貴族達はこぞって勧誘に赴いたが、すべて一蹴されたと聞いた。

 スマラクトも大変残念がっていたが、結局彼は父であるノイマン子爵の代理として務めを果たしているらしい。



 ペルレがレオンハルトを見たのは、あの剣術大会だけだ。

 しかも、遠目だったので、異名の元である瞳の色も実際はどうなのかわからない。

 それでも、あの日の彼の試合を思い出すと心が沸き立つ。


 剣豪・瑠璃(ラピスラズリ)のファンクラブがあると聞いた時に初めて、ペルレは自分がレオンハルトのファンなのだと自覚した。

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