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番外編 グラナート・ヘルツ 4

「――陛下を、安全なところへ。エルナさんも、下がっていてください。――テオ」


 警備兵に指示を出すと、グラナートもテオドールを連れて追いかける。



 逃げる貴族達の手前で男に追いついたルカと、暴れる男に視線が集まる。

 すぐにグラナートとテオドールも加わり、男は床に押さえつけられた。


 アンジェラを狙ったように見えたが、そのあたりはまだわからない。

 ルカという従者は、動きからすると従者と言うよりは護衛なのだろう。

 とすれば、ディート王国は危険を察知していたのかもしれない。


 何にしても、この男を調べる必要がある。

 舞踏会会場に武器を持ち込んだ経路も確認しなくては。



 その時、ざわつく会場に一際高い悲鳴が響いた。

 振り向いて目に入った光景に、グラナートは呼吸が止まった。



 ――エルナが床に倒れている。


 離れた場所からでも、ドレスが赤く染まっているのがわかる。

 悲鳴を上げたのはアンジェラのようで、その傍らに短剣を持った男が立っていた。

 剣を赤く染めているのは、血か。


「――エルナさん!」


 グラナートが叫ぶと、男は踵を返して走り出す。



 ――エルナを傷つけて、逃げようというのか。



 グラナートに怒りが湧き、一瞬で何かのたがが外れた。

 自由になった魔力が迸り、舐めるように床を這った炎はあっという間に男を取り囲む。

 炎から離れたグラナートの頬を、熱が焦がす。

 その火力で、石の床は溶け始めていた。



 ――落ち着け。

 暴走すれば、エルナも巻き込む。


 あの男を殺すな。

 簡単に殺してなど、やらない。



 拳を握りしめてどうにか炎の勢いを弱めると、男を警備兵に任せてエルナの元へ急ぐ。


 意識を失っているエルナを抱き起すと、ドレスは血に塗れて無残な状態だった。

 切られたのは腕のようだが、出血が多い。

 一刻を争うのは明白だった。


「――リリー・キールを呼べ!」


 グラナートの叫びに、警備兵が走り出す。

 この会場のどこかにリリーがいる。

 今は、彼女の治癒魔法にすがるしかない。

 グラナートは素早く上着を脱ぐと、エルナの腕を抑えて圧迫止血を試みた。




 リリーは汗だくになりながらどうにか傷を塞いでくれた。

 だが、まだ傷が癒えたわけではないし、失われた血は戻らないという。

 魔力切れなので少し休むというリリーにうなずくと、エルナを抱え上げた。


 青白い顔、血の臭い、冷たくなる体。

 かつて母であるローゼ王妃が倒れた光景を思い出す。


 ……もしこの瞳が二度と開かれなかったら。

 あの声が聞けなくなったら。

 笑顔が見られなくなるのなら。

 恐怖と怒り、暴れそうになる魔力をぐっと抑え、グラナートはエルナを運ぶとベッドに横たえた。



 今までもエルナは倒れたことがある。

 だがそれは、聖なる魔力の使用によるものだ。

 聖なる魔力を持っているから、彼女は安全だと思っていた。


 だが、呪いの魔法や魔力のゆがみになら絶大な威力を発揮しても、物理的な攻撃を防げるわけではない。

 エルナ自身は、ただの少女なのだ。

 まして、今は聖なる魔力すら抑制されてしまっている。

 今更ながら、自分の認識の甘さを思い知らされる。


 何故あの時、エルナのそばを離れたのか。

 後悔しても、し足りなかった。



 ********



「……エルナさんに使われた毒が何なのか、まだわかっていません。ただ体温の低下が著しいので、それで命を奪うものかもしれないそうです。――のんびりと解毒薬を待っている時間はありません」

 グラナートはそう言うと、懐から小さなナイフを取り出す。


「この刃先には、先ほどの短剣の毒が付着しています」

 そう言いながら腕まくりをすると、そのまま自身の腕を切りつけた。


「――で、殿下!」

 エルナは慌てて起きようとしたが、力が入らないのか、そのままベッドに倒れこんでしまう。

 あれだけ出血したのだ、目が回って当然だ。

 頬に触れれば、ひやりと冷たい。

 血が足りないのもあるだろうし、毒のせいかもしれなかった。



 エルナは横になったまま、グラナートの傷を見ている。

 心配をかけているのはわかっている。

 だが、これしか方法が思いつかない。


 グラナートは()()を見逃さぬようにエルナの瞳を見つめた。


 泣きそうな表情の後、水宝玉(アクアマリン)の瞳が見開かれる。

 同時に、澄んだ水色の中に煌めく虹色の光が現れた。

 それは夢のように美しく、グラナートは知らず、息を呑んだ。

 七色の宝石が踊るように煌めくと、光はすっと消えていく。

 聖なる魔力からすると、大したことのない毒だったのかもしれない。

 あっという間の出来事に、名残惜しささえ感じた。



「――こんなに近くで虹色の光が浮かぶのを見たのは初めてですが。……綺麗ですね」


「……殿下?」

 エルナの頬に触れたまま、グラナートは微笑む。

 どうやら、エルナ自身は聖なる魔力を使ったことに気が付いていないようだった。



「考えたのですが、抑制のきっかけになったのは僕ではないかと。聖なる魔力を使って、僕が倒れてしまったから。……だったら、僕を助けるためになら抑制をはずすかもしれない」


 グラナートの名前を呼ぶ時に、聖なる魔力を使っていたのだ。

 それから急に抑制がかかったというのなら、やはりあれが原因と考えるのが自然だろう。


 その後、講師やアンジェラの嫌がらせをいくら受けようとも、聖なる魔力が解放された様子はなかった。

 先刻も、アンジェラをかばって男の短剣を押さえ込んだらしいが、切られた傷に毒を受けてもやはり聖なる魔力は抑制されたままだった。



 エルナは、自分を守るために抑制を解くことはない。

 毒を受けても変わらないのなら、エルナ自身に働きかけても、きっと無意味だ。


 ならば、自分以外のためになら、聖なる魔力を使うかもしれない。

 抑制のきっかけとなったグラナートが毒を受ければ。

 自分以外の他人の――グラナートのためになら。


 それは、賭けだったけれど、きっと大丈夫だと信じていた。

 エルナが今まで聖なる魔力を使ったのは、何かを守る時が多かった。



 だが、上手くいって良かった。

 毒が浄化された安心感でグラナートの表情が緩む。

 同時に、グラナートのために力を使ってくれたという事実に、胸の奥が温かくなった。


「好きです」と言われた時に、これ以上の破壊力はないと思ったものだが、まだ上があったとは。

 エルナに関わることで、思わぬ発見ばかりしている。


 だが、それも悪くない。


 グラナートは苦笑すると、エルナの頭を優しく撫でた。


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