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番外編 リリー・キール 3

「――そんなに落ち着いていられるのも、今のうちよ!」

 アンジェラは吐き捨てるようにそう叫ぶと、ずんずんと歩いて行く。


「よく言いましたわ、エルナさん。何なら、もっときつく言ってもよろしかったのに」

 アデリナが頬を膨らませながら、エルナの髪に櫛を通す。

 アンジェラの失礼な物言いに怒っているのは、リリーも同じだ。


「殿下の寵愛を一心に受けていますので、あなたの入る余地はありません。……とかですか?」

「……挑発は良くないですよ。あと、嘘も良くないです」

「嘘じゃないと思いますけど」

 編み込みを続けながら、リリーが呟く。


 グラナートはリリーを平民だからと蔑むこともなければ、美貌に目がくらむこともない。

 リリーからすれば貴重な存在である、真っ当な人間だ。


 そのグラナートがエルナにだけは対応が違う。

 あからさまな贔屓こそないが、常に気にかけ、大切にしているのが伝わってくる。

 グラナートを見ていればすぐに気付くと思うのだが、アンジェラは何故わからないのだろう。

 それとも、気付いていても認めたくないのだろうか。




「……エルナさん。あなた、王太子妃に必要なものは何だと思いますの?」


 アデリナの問いに、エルナは首を傾げている。

「後ろ盾のとしての権力、後継ぎを産むこと、由緒ある血筋、見栄えの美貌、教養。どれも、あれば良いのかもしれませんが、一番大切なものはきっとそれではありませんわ。――王太子を支えるのが、妃の役目です」


「支える、ですか」

「ええ。だから、わたくしでは無理なのです」

 長年、グラナートの婚約者候補筆頭だったという公爵令嬢は、そう言ってため息をついた。


「エルナさんが田舎貴族でも、美貌も教養も足りなかったとしても、そんなものはどうにでもなります。そばにいるだけで殿下を支えられるのですから、エルナさんの代わりはいないし、間違いなく立派な妃になりますわ」

 きっぱりと言い放つアデリナに、エルナとリリーは目を丸くする。



「……気持ちとしてはわかりますけれど。でも、本当にそれが一番重要なんですか?」


 リリーだって乙女だ。

 愛情が一番大切というのは、耳に優しく、心地良い。

 だが、国を治める者の伴侶が、それだけでやっていけるとは思えなかった。


「国王陛下はローゼ王妃を亡くした後、ビアンカ側妃を王妃にすることはありませんでした。側妃の実家は国でも有数の名家ザクレス公爵家で、側妃自身も優秀だったと聞いています。でも、彼女は側妃のままでした。周囲の貴族からすれば理解できないとしても……つまりは、そういう事なのだと思いますわ」

「そう、ですか」



 側妃が王妃になれなかった本当の理由は、リリーにはわからない。

 だが、貴族や王族というのはリリーが思っているよりは、人間臭いところがあるのかもしれない。

 ずっと嫌厭してきた世界だけれど、そう考えると少しだけ身近に感じることができた。


 王族と言えば、先日まで行動を共にしていたヴィルヘルムスも王族だ。

 無事王太子になった彼もまた、グラナートと同じ立場になる。

 彼もいずれ妃を選ぶのだろう。


 何となく、アンジェラのような妃を選んでほしくはない自分がいる。

 グラナートがエルナを選んだように、身分やしがらみを超えても大事にしたい女性を見つけてほしい。


 リリーにとってヴィルヘルムスは、貴重で大切な友人だから。

 彼の幸せを願うのは、自然なことだった。



 ********



「久しぶりだね、リリー」

 そう言ってヴィルヘルムスは微笑む。

 この間まで一緒に行動していたのに別人のように大人びて見えるのは、やはり王太子の重責のせいなのだろうか。


「お久しぶりです。その恰好でここにいるということは、お忍びなんですか?」

「当たり。だから、俺のことはヴィル・ブロックとして扱ってくれ」


 服装こそ簡素ではあるが、やはり王族の気品は滲んでいる。

 平民のリリーでは決して持てないものだ。


 エルナに関わったことで友人のように接しているが、本来は顔を見ることすら叶わない間柄。

 そう考えると、ヴィルヘルムスと言葉を交わす今は、とても貴重な時間なのかもしれない。



「ヴィル様は、妃を選ばないんですか?」

 ブルートの風習までは知らないが、王太子ともなれば妃の一人や二人いてもおかしくない気がする。

 事実、グラナートも妃候補としてエルナを選んでいるのだ。

 素朴な疑問を聞いてみただけだったのだが、ヴィルが言葉に詰まる。


 何か、失礼なことを言ってしまっただろうか。

 もしかすると、既に妃選びで揉めているのかもしれない。

 他国の平民に詮索されては気分が悪いだろう。


「すみません、失礼なことを言いました。国の事情があるのに、簡単に答えられないですよね」

 慌てて頭を下げるリリーの肩を、ヴィルヘルムスがそっと叩く。

「リリーが謝ることはないよ。確かに、王太子が妃候補の一人も立てていないのは、珍しいからね」


 どうやら、候補すらもまだいないらしい。

 リリーが聖なる魔力を持った婚約者役を演じたが、あれはあくまで臨時の作戦。

 王太子になるにあたって、破談になったことにしてあるはずだ。

 未来の王妃の座を巡って、よほど熾烈な争いが起きているのだろう。

 ただでさえ大変そうなのに、ヴィルヘルムスは美少年なので更に揉めていそうだ。


「ヴィル様も大変ですね」

「そうだね。でも、仕方がないさ。俺が選んだ道だから」


 本来なら王位を継ぐ予定ではなかったヴィルヘルムスは、国のために王太子となった。

 その過程で失ったものや諦めたものも多いのだろう。


『一番大切なものはきっとそれではありませんわ。――王太子を支えるのが、妃の役目です』


 アデリナが言っていた言葉が脳裏に浮かぶ。

 いつか、ヴィルヘルムスを支えてくれる人が現れると良いのに。




 その時、背後の会場が騒がしいことに気付いた。

「何だ? 何かあったのかな」

 ヴィルが首を傾げると、会場と庭を繋ぐ扉から警備兵が飛び出して来た。


「――リリー・キールはいるか!」


 必死の叫びに、リリーは慌てて手をあげる。

「リリー・キールは、私です」


 警備兵は一瞬安堵の表情を浮かべるが、すぐに元の険しい顔つきに戻る。

「王太子殿下がお呼びだ。――王太子妃候補が襲われた。すぐに来てもらいたい」

「エルナ様が?」



 襲われたとは何事だ。

 エルナのそばには、グラナートもテオもいたはずなのに、何故。


 よくわからないが、グラナートがリリーを呼ぶのだから治癒の魔法を必要としているのだろう。

 この力をあまり公にしたくないと知っているグラナートが、こんな公衆の面前で呼びつけるということは――。

 リリーの背に冷たい汗が流れた。


「――すぐに行きます! 案内してください!」


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