誰の応援を
「どうしろと言うんでしょうね……」
舞踏会の当日、エルナには王宮の一室が用意された。
唯一の王太子妃候補の支度用ということらしいが、そんな大仰な支度などない。
一応侍女のゾフィは連れた来たものの、あっという間に支度は終わり、二人で暇を持て余していた。
「せっかくの部屋を使わないのも、もったいない気がするけれど……使い道がないですね」
世の御令嬢は、この部屋を活用できるのだろうか。
それとも、もっと長時間にわたって支度をするのだろうか。
やはり、エルナの令嬢力が低いせいなのだろうか。
今度、アデリナにでも聞いてみよう。
色々考えながら、ぐるぐると部屋中を歩き回っていた。
「……エルナさん、何をしているんですか?」
「え? あ、殿下。部屋の使い道が思い浮かばないので、とりあえず隅から隅まで歩いています」
いつの間にかやってきたグラナートが、訝し気にエルナの歩行を見ている。
真面目に答えたエルナをじっと見ると、次いで、笑い出す。
見れば、控えているテオドールも苦笑いを浮かべている。
エルナは歩いているだけなのに、そんなに面白いのだろうか。
「別に、無理に使わなくて良いのです。支度用でもあり、休憩用ですわ。疲れたら、ここで休んでくださればよろしいのよ」
笑うグラナートの後ろから、ペルレが顔を出して微笑んだ。
「ペルレ様、わざわざいらしてくださったんですか?」
「ええ、これをあなたに渡したくて」
「これは、王族の女性に受け継がれる髪飾りですわ。これを、差し上げたかったの」
そう言ってペルレが差し出したのは、薄紫色の石が使われた綺麗な装飾品だった。
まるで藤の花のように、小さな飾りがいくつも連なって揺れている。
「ありがとうございます。……可愛らしいですね」
「ええ。あなたが王族に認められた証にもなりますわ。うっとうしい貴族に絡まれたら、見せておやりなさい」
田舎貴族のエルナに納得しない者は多いだろう。
ずっとグラナートのそばにいるわけにもいかないだろうから、こうして味方がいるだけでも心強い。
ペルレの心遣いに、エルナは胸が温かくなった。
「せっかくだから、つけたいですけど。……ゾフィ、お願いできますか?」
「はい、エルナ様」
「……ゾフィ?」
ペルレは眉を顰めると、エルナから髪飾りを受け取ったゾフィを見て、目を瞠った。
「ゾ、ゾフィ・シュトラウス、ですか?」
「ああ、ペルレ王女様。御立派に成長なさいましたね」
「……ペルレ様と知り合いなのですか? ゾフィ」
「昔、騎士だった頃に。王都へのお忍びに同行したことがございます」
「懐かしいですわ。あの時、ならず者に絡まれたのですけれど、ゾフィがあっという間に倒してくれて。……わたくし、あの強さに惚れこんで、女騎士を目指しましたのよ」
目を細めて懐かしむペルレに、ゾフィが深く礼をする。
「恐れ多いお言葉です」
では、ペルレの俊足の原因である体力づくりは、ゾフィに憧れて始まったものなのか。
世間は狭いものだ。
ゾフィが、結い上げたエルナの髪に飾りを刺す。
濃い目の灰色の髪に、薄紫色の石が良く映える。
ゆらゆら揺れる様が視界の端に見えて、何とも美しい。
「ありがとうございます、ペルレ様」
「よろしいのですよ。わたくしはもう行きますけれど、何かあればいつでも仰ってね」
「はい」
優雅な微笑みと共に去るペルレに、ゾフィは再度頭を下げた。
「……とても似合っていますよ。ドレスも、髪飾りも」
「あ、ありがとうございます」
やはり、麗しいグラナートに褒められるのは落ち着かない。
テオドールがニヤニヤと見てくるから、更に落ち着かない。
いつか、自信をもって彼の隣に立てる日が来るのだろうか。
「――さあ、僕たちも行きましょうか」
微笑みながらグラナートは手を差し伸べた。
「――やあ、エルナ、グラナート王子……いや、王太子殿下か。それから、テオ。久しぶりだね。あの時は、本当にありがとう」
「ヴィルへル……」
「駄目だよ。今日はヴィル・ブロックとして来ているんだ。よろしくね」
エルナの言葉を遮ると、そう言ってウィンクする。
「わかりました、ヴィル」
隣国の王太子として参加しないのは、お忍びだかららしい。
グラナートが何も言わないところを見ると、話は通っているのだろう。
「リリーさんにプロポーズしたと聞きましたよ」
「ああ、それは。……何だか言わないといけない気になったというか。つい、ね。まあ。色々あって……結局、何もないよ。聞いているだろうけれど」
この様子だと、どうやらヴィルヘルムスも聖なる魔力に浮かされたらしい。
もともとリリーに好意があったとはいえ、『つい』の原因になったエルナは少し罪悪感を感じてしまう。
リリーの発言からすると、ただの作戦としてプロポーズを受け取られたようなので、それも少し不憫だ。
「リリーさんは、国を案内してもらって楽しかったと言っていましたよ」
何とかフォローしようとすると、ヴィルヘルムスは苦笑する。
「うん。リリーはしっかりとした考えを持っているからね。一緒に行動して、ますます惚れたよ」
「あの見た目で、男前ですよね。リリーさんって」
「本当だな」
王太子となった今、ヴィルヘルムスは以前にも増してリリーに好意を伝えるのは難しくなったはずだ。
一体、どうするつもりなのだろう。
エルナが口を出す話ではないが、皆が幸せになってほしいと願うばかりだ。
「今日は、リリーさんも私の友人として招待しているので、会場にいるはずですよ」
ヴィルはうなずいて微笑む。
どうやら、リリーがいることは知っているようだ。
たぶん、お忍びできたのは、リリーに会うためなのだろう。
一国の王太子が他国の平民に会うのは、簡単ではない。
「せっかくヘルツ王国に来たんだから、リリーとも話してみるよ。エルナも王太子妃候補だって? 頑張ってるね」
「私は一応貴族の端くれですが、それでも学ぶことは山ほどありますし、色々ありますね。そういうのも、考慮してくださいね」
「……そうだな」
誰の、何を、と言わずとも、ヴィルヘルムスには伝わったらしい。
「どちらにしても、かなりの長期戦を覚悟しているよ。エルナも応援してくれ」
「私は、リリーさんを応援しますので」
「じゃあ、俺の応援はグラナート殿下だけか。仕方ないな」
「そうですね。仕方ないので、その時にはちゃんと応援してあげますよ」
「……それは、頼もしいな」
ヴィルヘルムスは楽しそうに笑った。










