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心配をかけました

 グラナートは無言のまま校舎に入ると、普段見たことのない扉の奥へと進んでいく。

 調度類の質からして、王族専用のスペースなのかもしれない。

 深紅の扉を開けると、そこには数名の使用人らしき女性が控えていた。


「着替えをお願いします。終わったら、僕の部屋へ」

 グラナートはそれだけ言うと、エルナを置いて部屋を出て行く。


「エルナ・ノイマン様でございますね。こちらへどうぞ」

 ずぶ濡れのエルナは、微笑む女性に促されて部屋の奥へと歩を進めた。




 抵抗する間もなく制服を脱がされると、数人の女性に丹念にタオルで拭かれる。

 おかげで、エルナの髪はすっかり乾いたし、体もタオルマッサージのおかげで温かくなってくる。

 どうしようもないのでされるがままに任せていると、どこからか女性用の制服が用意されてきた。

 制服がある時点でおかしいと思うのだが、それがエルナのサイズにぴったりなのだから更におかしい。


「……あの。この制服、誰の何用なのでしょうか。お借りして大丈夫ですか?」

 気になりすぎて聞いてみると、女性はにこりと微笑む。

「こちらはエルナ様の着替え用ですので、問題ございません」

「……私の、着替え用? 何でそんな」

 こんな隠し部屋みたいな場所の存在すら知らないのに、そこにエルナの着替えがある意味がわからない。


「殿下の命でございます。エルナ様に何があっても大丈夫なように、と仰せつかっております」

 当然のように説明されるが、やっぱりおかしい。

 大体、何でサイズがわかるのかと思ったが、テオドールがゾフィに聞けばすぐにわかると気付く。


 そもそも何故グラナートは、着替えが必要な何かが起こると思っているのだろう。

 まあ、実際にずぶ濡れになって着替えているので、読みは正しいと言えば正しいのだが。


 エルナが考え込んでいる間にも、女性達は手際よく身なりを整えていく。

 何故か綺麗に髪まで結われて、あっという間に着替えが終わってしまった。




 そのまま別の部屋に案内されると、そこにはソファに座ったグラナートが待っていた。

 女性に促されて向かいのソファに腰かけるが、グラナートは無言のままだ。

 女性は紅茶を用意すると素早く退室してしまったので、二人きりになってしまった。


「……あの、殿下」

 沈黙に耐えられずに声をかけると、グラナートが眉間に皺を寄せたままエルナを見る。

「怒って、いますか?」

「怒っていますね」


 即答されてしまい、エルナは萎縮する。

 こんな風に怒るグラナートに接するのは、初めてかもしれない。

 いつもの穏やかで律儀な王子様はどこへやら。

 エルナの前に座っているのは、不機嫌を隠そうとしない美少年だった。



「……何かあれば言うように、と言いましたよね?」

「は、はい」

「アデリナさんによれば、色々とあったようですが。……何故、僕に言わなかったのですか」

「あの。普通の嫌がらせが、ちょっと面白くなりまして。……つい」

 自分で言っていてもこの理由はどうかと思うが、事実なので仕方がない。

 恐る恐る答えると、グラナートは大きなため息をついた。


「普通に嫌がらせを受けるということは、聖なる魔力が回復していないということです。万が一、何かあったらどうするのですか。僕が常にそばにいられるとは限らないのに」

「アンジェラ様も、今のところはそこまで危険なことはしないと思うんですよね」

「やはり、アンジェラ王女の仕業ですか。……念のために着替えを用意させましたが、役に立ちましたね」


「それは、ありがたいのですが。でも、何故着替えを?」

「ああいう手合いのすることは、大体決まっています」

「そ、そうなんですか」


 ああいう手合いというのは、どこまでを示すのだろう。

 嫌がらせ全般のことなのか、王女という意味なのか。

 どちらにしても、用意周到なグラナートに頭が下がる。



「……先日、アンジェラ王女にエルナさんを側妃にしてやっても良い、と言われました」

「あら。随分と譲歩してきましたね」

 大国の王女からすれば、田舎貴族のエルナが側妃として肩を並べるなんて、厭わしいかと思ったのだが。


「冗談ではありません。僕は側妃を持つつもりはないし、妃はエルナさんただ一人です。王女にもそう言いました」

 そう言うグラナートの表情は険しい。

 グラナートにとって『側妃』は、母である王妃を死に至らしめた存在だ。

 エルナが思う以上に、その響きは彼を苛むのだろう。


「今度の舞踏会には、アンジェラ王女も参加します。僕はエスコートを依頼されましたが、断っています。その腹いせの意味もあるのかもしれません」

 そう言うと、エルナをじっと見つめる。

 先程までの不機嫌はなりを潜め、いつもの律儀な王子様の顔に戻っている。


「エルナさんがそんな目に遭ったのは、僕のせいでもあります。……すぐに助けてあげられなくて、すみませんでした」

 頭を下げるグラナートに、エルナは慌てて首を振る。

「そ、そんなことないです。私こそ、普通の嫌がらせを楽しんでいて、すみませんでした」

 エルナの謝罪が面白かったのか、グラナートは苦笑する。



「リリーさんが、心配していましたよ」

「心配、ですか?」

「さっきリリーさんに会ったのですが、エルナさんにもらったハンカチから魔力を感じない、と」


 そう言えば、リリーは最初にハンカチをあげた時点で浄化の力に気付いていた、とテオドールから聞いたことがある。

 そのリリーが魔力を感じないというのならば。


「……聖なる魔力はしっかりと抑制されている、ということでしょうか」

「おそらくは」

 グラナートはゆっくりとうなずいた。


「本来は、悪意を中和できるんですよね? でも、瞳が虹色になるわけではない。きっと、余力で中和しているということでしょう。……エルナさんの聖なる魔力は、かなり強いのでしょうね」

「テオ兄様は、自分よりも強く継いでいるかもしれないと言っていましたが。よくわからないです」

「それを抑制し続けるというのは、かなりの負担になるでしょう。……どうにか、抑制が解けると良いのですが」

 グラナートの切なげな表情に、段々と罪悪感が湧いてきた。



「あの、殿下」

「どうしました?」


「心配を、おかけしました……か?」

 窺うように尋ねると、グラナートは困ったように笑った。


「そうですね。ずぶ濡れのあなたを見たら、怒りが湧きます。僕の見えないところで、あなたに何かあったらと思うと、心配になります」

「……すみませんでした」


 何となく面白かったし、大きな被害もないし、無用な心配をかけたくないので何も言わないでいた。

 だが、言わないことでグラナートに更なる心配をかけてしまっている。

 本末転倒だ。

 浅はかな自分の考えが恥ずかしい。



「これからは、ちゃんと殿下に報告するようにします」

 意気消沈するエルナを見ると、グラナートはソファーから立ち上がる。


「殿下?」

 エルナもつられて立ち上がると、グラナートが目の前に立って微笑む。


「では、ちゃんと報告しなかった分です」

 グラナートは笑顔でそう言うなり、エルナを抱きしめた。

「で、殿下?」



「……あまり、心配をさせないでくださいね」

 突然のことに慌てるエルナの頭を、グラナートは優しく撫でた。

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