次兄の謎を聞いてみます
「入学おめでとう、エルナ。初日から寄り道したそうだね」
母親譲りの焦げ茶色の髪と、父親譲りの瑠璃の瞳。
きっちり両親の色を受け継いだノイマン子爵の長男は、やることなすこときっちりしていた。
だがそれは堅苦しいという意味ではない。
なので、エルナは兄が寄り道自体を咎めているとは思っていなかった。
「どうせなら、魔鉱石の相場を調べてくれるといいな。原石が最近値上がりしているからね」
やはり、まったく咎めていない。
むしろ、他にも寄ってこいと言っている気がする。
きっちりと抜け目ないのが、長兄レオンハルト・ノイマンそのひとである。
「レオンハルト様」
「わかっているよ。冗談だ」
フランツにたしなめられると、レオンハルトは手にしていた書類をひらひらと振る。
そのままフランツに押し付ける形で書類を渡すと、エルナを手招きする。
「美味しいクッキーを頂いたよ。ちょうどいいから、食べながら話そう」
エルナはうなずくと、ソファーにゆっくりと腰を下ろした。
「……では、テオ兄様が王子の護衛をしているのは間違いないのですね?」
「ああ」
「変装して偽名まで使っているのは何故ですか?」
「それは、任務内容と関わるので教えられない」
ということは、レオンハルトは知っているらしい。
子爵代理としての仕事もこなしているレオンハルトがそう言うのならば、エルナが口を出すことではない。
「レオン兄様がご存知なら、いいです。それでどんな設定ですか?」
上手く関わらないようにするためにも、テオドールの任務のためにも、設定の齟齬があってはならない。
「名前は、テオ・ベルクマン。ベルクマン男爵家の四男で、騎士見習いながら勤勉で誠実なところを見込まれて、殿下の護衛に抜擢されたことになっている」
「レオン兄様、どこから突っ込んだらいいのかわかりません」
「まあ、そうだろうね」
レオンハルトは苦笑した。
素性を明かしたくない割に名前がそのままだ。
大体、ベルクマン男爵というのは誰だろう。
それに、騎士見習いがいきなり第二王子の護衛に抜擢されるなんて、いくらなんでも非現実的である。
「あとは、髪の色が派手です。目立ちたいのでしょうか?」
「エルナは厳しいな」
フランツに紅茶のお代わりを指示しながら、クッキーをかじるレオンハルトは楽しげだ。
「名前はね。どうせ覚え……いや、緊急時に反応が遅れるといけないから、なじみのある名前にした方がいいということになってね」
どうせ覚えられないと聞こえたが、気のせいではあるまい。
「ベルクマン男爵は数代前から傾いている地方の貴族だから、王都の上流貴族は興味がない。さらに子沢山で有名な人だったらしくて、だれも正確な家族構成がわからないから、ちょうどいい」
何だろう。
その絵に描いたような、貧乏子沢山家族は。
「騎士見習いが抜擢されるのも、確かに普通はありえない。だが、殿下自らが仕事ぶりを気に入って指名したことになっているから、国王陛下でもない限りはテオに手出しはできない」
国王自ら王子の護衛に口を出すとも思えないし、誰も表立って文句は言えないわけだ。
色々気にはなるが、一応の体裁は整っているらしい。
「髪の色は……俺は止めたけどね。一応、目立つ意義はあるから仕方ない」
「護衛の存在をアピールするためですか? それとも、標的となるようにですか」
「エルナは鋭いね。でも、任務内容に関わってくるからその辺は答えないでおくよ」
エルナの予想は、ほぼ肯定された。どうやら、本当に第二王子は何か危険に晒されているようだ。
「でも、何故テオ兄様……?」
確かに騎士になるべく訓練はしていたはずだし、剣も使える。
だが、田舎貴族の次男坊の騎士見習いが、王子の護衛という重要な仕事を任せられる理由がよくわからない。
「それも言えないな。……まあ、何にしてもエルナは無関係を貫けばいいよ」
「でも、久しぶりって挨拶されました。私がテオ兄様の名前を言いそうになったからだと思いますけど。クラスメイトに知り合いかと聞かれたので、父とベルクマン様が知人で少し挨拶をしたことがあることにして誤魔化したのですが。テオ兄様の言い分と噛み合わないと、おかしなことになりますよね」
うなずくと、レオンハルトはティーカップを置いた。
所作の美しさはエルナも見習うべきところだ。
以前、母から地獄の特訓を受けたと聞いたことがあるが、穏やかな肝っ玉母さんという感じの母が地獄の特訓というのはあまりピンとこない。
やはり、嫡男となると教育にも熱が入るのかもしれない。
「では、テオドールに伝えておこう。何の知人かはわからないと言えばいい。ベルクマン男爵は四方八方に借金があるらしいから、勝手にその話だろうと周りは思ってくれるさ」
随分と嫌な方向に信頼が篤い、ベルクマン男爵家である。
話は終わりとばかりにレオンハルトが腰を上げたので、慌ててエルナも立ち上がる。
「あ、あのレオン兄様」
「うん?」
「魔法の適性がなければ、学園に通う意味はないですよね。私は進級できないでしょうから、早めに領地に帰りたいのですが」
むしろ、いますぐ帰ってもいい。
『虹色パラダイス』に関わらずに領地に帰るのが、ベストなのだが。
「エルナ。今日入学したばかりだろう。まずは学園でしっかりと学びなさい」
もっともな意見に、はいと答えるしかなかった。
さすがにすぐ帰っていいよというわけにはいかないかと、トボトボと部屋を出る。
「……まあ、進級できないということは、ないだろうけどね」
領地に帰りたいという思いでいっぱいだったエルナには、去り際のレオンハルトの言葉は耳に届かなかった。