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必要なものは何でしょう

「抑制ですか?」


 思いがけない言葉に、エルナは驚いた。

「そんなつもりはありませんが。……でも、使えなくなっても、別に問題ないのでは?」


 学園に入学するまで、自分に聖なる魔力があるなんて知らなかったし、特に不便もなかった。

 以前の状態に戻るだけではないか。

 エルナの唯一の取り柄である、聖なる魔力がなくなるというだけの話だ。


「弱まったり使えないとしても、魔力自体が消えていくわけじゃない。正しく流れない魔力は、おまえの体に溜まっていく。水でも風でも、流れがなければ澱む。あまり、好ましくないだろうな」


 グラナートの表情が硬い。

 黙って聞いているという事は、事前にテオドールから話を聞いていたのだろう。


「でも、どうしたらいいのか、わからないです」

「それは、俺にもわからない。何せ、俺は自分の意思で使えないからな。それでも、勝手に発動した時と狙って発動させた時では威力が違うことが多い。結局は、気持ちの問題が大きいんだろう」



『魔法って、思っている以上に精神状態に左右されるのよ』



 ふと、母ユリアの言葉が脳裏に浮かんだ。

「だから、聖なる魔力を否定するな。受け入れてやれ。あとは、ゆっくり休むこと。……それくらいしか、俺にはわからない」


「妃教育で忙しいのも関係あるのかもしれません。少し量を減らしましょう。僕はしばらく完全にやめても良いと思うのですが」

「それは、かえって気になります」


 ただでさえ学ぶことは山ほどあるのだ。

 急にやめろと言われても、気になって休めない。


「……そう言うと思ったので、とりあえず半分に減らすよう手配しています。エルナさんのペースで進めれば十分です。無理だけは、しないでくださいね」

「……はい」




「あなたが、エルナ・ノイマン?」

 栗色の髪に翡翠(ジェイド)の瞳の美しい少女が、エルナに尋ねる。


「はい、そうです」

「私は、アンジェラ・ディート。ディート王国の第三王女よ」

「そうですか。はじめまして、アンジェラ王女」

 エルナが礼をすると、アンジェラは上機嫌でうなずいた。


「……あなたなら、大丈夫ね」

 そう言うと、アンジェラはエルナの横をちらりと見る。


 エルナはリリーとアデリナの二人に、髪を結われているところだった。

 清楚系美少女のリリーと、妖艶系美少女のアデリナは、いずれ劣らぬ麗しさ。


 アンジェラがグラナートの妃になろうとしているのなら、この美少女達が『王太子妃候補のエルナ・ノイマン』でないことに、安堵したのだろう。

 二人の間に入ると、ただでさえ凡人のエルナは三割増しで平凡になるので、かなりの安心感だと自分でも思う。



「何か、御用でしょうか?」

「ええ。単刀直入に言うわ。グラナート様の妃候補を降りてほしいの」


 ある意味予想通りの言葉だったので、エルナは特に動じない。

 代わりに、リリーは眉を顰め、アデリナはアンジェラに強い眼差しを向ける。


「その件については、私の一存では決めかねます。殿下や陛下とご相談ください」


 エルナとしては角が立たないように言ったつもりだったが、アンジェラの表情が曇った。

「たかが子爵令嬢が、私に命令するつもり? あなたが辞退すればいいだけの話でしょう」


 命令したつもりはないが、この様子ではそう言っても火に油なのだろう。

 さすがは軍事大国の王女。

 押しも強いし、気位も高そうだった。

 これはなかなか面倒くさい。



「……私が辞退すると言っても、殿下が許可しなければ同じことです」

「まあ! グラナート様があなたごときにこだわるとでも言うの? 大層な自信ね」

 エルナに絡んでも時間の無駄だぞと伝えたかったのだが、アンジェラには違う意味に聞こえたらしい。


「これは、自信ではなく、物事の順序の問題だと思っています。殿下とご相談ください、アンジェラ王女」

「――そんなに落ち着いていられるのも、今のうちよ!」


 アンジェラは吐き捨てるようにそう叫ぶと、ずんずんと歩いて行ってしまった。

 なんてわかりやすい、自信家の王女様だろう。

 キャラとしては嫌いじゃないが、絡まれるのは体力を消耗しそうだ。




「よく言いましたわ、エルナさん。何なら、もっときつく言ってもよろしかったのに」

 アデリナが頬を膨らませながら、エルナの髪に櫛を通す。


「殿下の寵愛を一心に受けていますので、あなたの入る余地はありません。……とかですか?」

「悪くないですわ、リリーさん」


 リリーの提案に、アデリナも乗り気だ。

 そんなこと言うわけもないのだから、二人共アンジェラの物言いにカチンときたという事なのだろう。


「……挑発は良くないですよ。あと、嘘も良くないです」

「嘘じゃないと思いますけど」

 編み込みを続けながら、リリーが呟く。

 この友人達は、なんだかんだでエルナに甘いのだ。


「そういうことにしましょうか。……そうだ。リリーさん、これ約束のハンカチです」

「ありがとうございます。……あれ?」


 笑顔で虹色の花を刺繍したハンカチを受け取ると、リリーは首を傾げる。

 どこか刺繍が変だったのだろうか。

 エルナが尋ねようとするより先に、髪を梳かしていたアデリナの手が止まった。



「……エルナさんは、殿下の気持ちが離れると思っていらっしゃるの?」

「そういうわけではありませんけど」

「なら、アンジェラ王女にもっと毅然とした態度で接してもよろしいと思いますわ。あちらは、正式に申し込んできているわけではありません。いわば横恋慕ですのよ」

 さすがは公爵令嬢、既にアンジェラの情報は知っているらしい。


「殿下は最初からお断りしているそうです。殿下の気持ちがどうこうは、そんなに心配していません。心配したところで、私に何かできるわけでもありませんし」

 グラナートが心変わりすれば、それで終わりというだけだ。

 エルナが何をしようと、事態は変わらないだろう。


「でも、国の問題はあるでしょうから、私が側妃になったり、妃候補から外される可能性はあると思っています」

「――そんな!」

「……エルナさん。あなた、王太子妃に必要なものは何だと思いますの?」


 悲痛な声をあげるリリーとは対照的に、アデリナが静かに尋ねてきた。

「必要なもの、ですか?」

 思い当たることが多すぎて、エルナは首を傾げる。



「後ろ盾のとしての権力、跡継ぎを産むこと、由緒ある血筋、見栄えの美貌、教養。どれも、あれば良いのかもしれませんが、一番大切なものはきっとそれではありませんわ。――王太子を支えるのが、妃の役目です」


「支える、ですか」

「ええ。だから、わたくしでは無理なのです」

 長年、グラナートの婚約者候補筆頭だった公爵令嬢は、そう言ってため息をついた。


「エルナさんが田舎貴族でも、美貌も教養も足りなかったとしても、そんなものはどうにでもなります。そばにいるだけで殿下を支えられるのですから、エルナさんの代わりはいないし、間違いなく立派な妃になりますわ」

 きっぱりと言い放つアデリナに、エルナとリリーは目を丸くする。


「……どうしよう。アデリナ様に惚れそうです」

「な、何を仰るの! 殿下に恨まれるのは御免ですわ。あの方、魔力が半端じゃありませんのよ?」

 エルナの言葉に照れているのか、アデリナは顔を赤らめながら怒っている。



「……気持ちとしては賛成ですけれど。でも、本当にそれが一番重要なんですか?」

 リリーに問われたアデリナは、頬を押さえながらうなずく。


「国王陛下はローゼ王妃を亡くした後、ビアンカ側妃を王妃にすることはありませんでした。側妃の実家は国でも有数の名家ザクレス公爵家で、側妃自身も優秀だったと聞いています。でも、彼女は側妃のままでした。周囲の貴族からすれば理解できないとしても……つまりは、そういう事なのだと思いますわ」


「そう、ですか」

 編み込みを続けるリリーは、うつむいて何か考えているようだった。


「――ですが、すべてあるに越したことはありません。レッスンは必要ですわよ」

「……はい」

 鬼教官の顔で見つめてくるアデリナに、エルナは苦笑した。

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