どうしたらいいですか
「――それは、違う! ありえません!」
グラナートが間髪入れずに叫んだ。
「でも、国としてお断りする理由がありませんよね? 私はあくまで候補の一人ですし、田舎の子爵令嬢にすぎません」
エルナを妃にしても、グラナートのメリットはほとんどない。
唯一のメリットとして聖なる魔力を持っているものの、それは公にはできないので無いに等しい。
対してディートの王女ならば、外交面でこの上ない強みになる。
比較する必要すらないほど明確な差があるのは、エルナにだってわかった。
「僕は、その話を受けるつもりはありません。王太子妃の候補は既にいる、と王女に断りました。ただ……」
グラナートが苦虫を噛みつぶしたような顔で、言葉を切る。
「……陛下が、この話を保留にしてしまいました。ディートは軍事力で周辺国を脅かしていて、つい最近もポルソ国を吸収合併しています。きっと、友好を保ちたいのでしょうね。父は小心者ですから」
さらりと国王への不満を言うと、グラナートは拳を固く握りしめる。
「公式に打診されたわけではないので、どうやら王女が勝手に言い出したようなのです。学園に通う以上、僕も完全に関わらないのは難しいでしょう。エルナさんにも接触してくる可能性が高い。だから、先に話をしておこうと思いまして」
「王女と会ったことはないんですか?」
「正直、記憶にありません。ただ、久しぶりと挨拶されたので、どこかで会っているのでしょう。ヘルツ王国に来た記録はないですから、アレーヌ共和国で開催された芸術祭あたりで見かけたのかもしれません」
では、王女は少し会っただけのグラナートに恋をしたのだろうか。
それとも、他に理由があるのだろうか。
「……私は、どうしたらいいですか?」
「何もしなくて大丈夫です。ただ、王女の目的がハッキリしない以上、あなたに何を言って、何をしてくるのかわからない。何かあれば、すぐに僕に言ってください」
「……わかりました」
エルナはうつむいて、うなずく。
グラナートはエルナの手を取ると、そっと握った。
「僕が妃にと望んでいるのは、エルナさんだけです。それは、信じてください」
「はい」
悲痛な声の訴えに、エルナは苦笑した。
「話が終わったなら、俺もエルナに聞きたいことがある」
テオドールの表情はいつになく硬い。
「何ですか?」
「おまえ、聖なる魔力を最近使ったか?」
「いいえ。多分使っていないと思います」
「今、使えるか?」
「わかりません。私が自分の意思で聖なる魔力を使ったと言えるのは、数えるほどしかありませんから」
テオドールはエルナの答えを聞くと、ため息をついた。
「エルナ。おまえの聖なる魔力が、弱まっているかもしれない」
「弱まっている……?」
「この間の魔鉱石爆弾の件で、辺り一帯まるごと浄化しただろう? あの後、自分がおかしかったのに気付いていたか?」
「あの後って?」
「王宮で目が覚めて、殿下を倒れさせてから。やたらめそめそと泣いていただろう」
「めそめそなんて」
「してた。それは、殿下も見ている。ですよね、殿下」
グラナートはうなずくと、心配そうにエルナを見つめる。
確かに、何だか悲しくて情けなくて涙が出ていた気もするが、それが何なのだろう。
「聖なる魔力を使うと、周囲の異性の気分が高揚するのは知っているな? その逆だと俺は思っている」
「逆、ですか?」
「気分が高揚する魔力を放出しすぎたから悲観的になってしまった、と考えていいだろう」
「テオ兄様は経験があるんですか?」
「いや。俺は反撃型だから、俺の意思で使うことはできない。魔力が切れるほど聖なる魔力を使う事態が起きれば、多分その前に死んでいる。母さんは常時発動という感じだし、とても魔力切れを起こす人じゃない。だから、想像ではあるが」
虹の聖女である母ユリアはここでも規格外らしく、あまり参考にならないらしい。
「それだけ魔力を使いすぎたということだ。普通なら少し休めば回復するが……今のエルナの聖なる魔力は弱い」
「何故わかるんですか?」
「講師の嫌がらせを受けてる」
よくわからず、エルナは首を傾げる。
「悪意が中和される、と以前リリーは言っていた。本気でおまえを害そうという場合は除いて、嫌がらせくらいならある程度中和されるはずなんだ」
確かに、教科書の並びが変わっていたり、突然目の前で令嬢が転んだりと嫌がらせっぽいものを体験したことはある。
明確に嫌がらせとわかったのは、嫌味くらいだ。
側妃にさらわれた時も、閉じ込めているはずの部屋の鍵が開いていたのだから、相応の威力があったのだろう。
「なのに、卑猥なワンピースは着せられるし、露骨な密着もされ続けた。おまえが不快に思っているのに、だ。これは、聖なる魔力が今までのようには機能していないということだ」
確かに、魔鉱石爆弾に聖なる魔力を使った時、エルナの体から何かが滝のように流れ出て行ったのを覚えている。
あれが魔力だというのなら、しばらく回復できなくても仕方ないのかもしれない。
「でも、そうそう嫌がらせばかりされるわけじゃありませんし。自然に回復するなら問題ないのでは」
「自然に回復するなら、それでいい。いずれ機能し始めるだろう。だが、使わないようにしているのなら、何かあった時にも発動しない可能性がある。……自覚はあるか?」
テオドールが鋭い瞳でエルナを見つめる。
「どういうことですか?」
「回復が遅すぎる。多分、エルナは聖なる魔力を抑制している」










