表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
66/182

これもですか

「エルナ様。ディート王国の王族が、ヘルツ王国を訪問しているらしいですね」

 リリーがエルナの髪を梳かしながら、ふとそう言った。


「そうなんですか? リリーさんは詳しいですね」


 官吏を目指すだけあって、リリーは勉強家だ。

 ヴィルヘルムスと一緒にブルート王国に行ったことで外交にも興味が出てきたらしく、最近はその手の話題が多い。


 エルナはあくまで王太子妃候補の一人なので、公の場にグラナートと共に出席したことはない。

 学園と家と王宮を行ったり来たりするだけで忙しいので、そういった情報にも疎かった。


「ディート王国って、軍事力が凄い国ですよね。最近小国を吸収合併したとかなんとか」

 ちょうどツンデレさんに習ったところだったので、エルナにもわかる。

「はい。ポルソ国はもともと財政も傾いて風前の灯火だったとはいえ、歴史ある国です。吸収合併は本意ではなかったのかもしれませんね」



 リリーは再びエルナの髪をいじり始める。

 鼻歌まで歌って、実に楽しそうだ。

「リリーさんは髪の毛をいじるのが好きですよね。自分の髪はいじらないんですか?」

「自分の髪じゃつまらないです。エルナ様に似合う髪型を探すのが楽しいんですよ」


「そういうものなんですか?」

「そういうものなんです」


 もったいないなと思ったが、破格の美少女が髪型まで可愛らしかったら、もう無敵だ。

 リリーは、ただでさえ男性に絡まれるのだから、あまり自由にできないのかもしれない。

 美少女というものは、意外と苦労が多そうだ。



「今日は殿下とダンスのレッスンなんですよね。うんと可愛らしく結いましょうね」

「ええ? 邪魔にならなければ何でもいいんですけど」

「駄目です。エルナ様に希望がないなら、私の好きにさせてくださいね」


 そう言って、髪をいくつかに分けて器用に編み始める。

 何でも、リリーはこうして髪をいじっていると落ち着くらしい。

 エルナとしてもレッスンと移動で疲れている中、こうして話すのは憩いのひと時だった。


「あとは、これで仕上げです」

 そう言って白い花を取り出すと、エルナの髪に差し込んだ。


「はい。とても可愛らしいです」

 にこりと微笑む虹色の髪の美少女が眩しい。

 可愛いという言葉は、彼女のために存在するのだろう。


「えー。もう、可愛くて器用で男前とか、どれだけですか。リリーさんに惚れちゃいます」

「ありがとうございます。でも、そういう言葉は、殿下にかけて差し上げてくださいね」


「殿下は綺麗な顔ですけど、可愛いとは違う気がします。器用かどうかも知りませんし……何を言ったらいいのやら」

 悩むエルナを見て、リリーはくすくすと笑う。


「では、この髪型はどうか聞いてみてください」

 リリー渾身の作品の出来を評価してもらう、ということか。

 余程自信のある編み込みなのだろう。

 それならエルナも聞きやすいし、グラナートも答えやすいだろうから、いいかもしれない。


「わかりました。聞いてみます」

 リリーは微笑んでうなずいた。




「……殿下、遅いですわね」

 アデリナがぽつりと呟く。

 ダンスレッスンの時間はとうに始まっているのに、グラナートの姿はなかった。


「やっぱり、忙しいんですよ。殿下が来なければテオさんも来れませんし、講師を探した方が良いんじゃないでしょうか」

 アデリナに言われたステップを一人で練習しながら、エルナは提案する。


 今日はアデリナが用意してくれたワンピースを着ている。

 袖も丈も長い、上品な白のワンピースだ。

 エルナが回るたびにふわりと裾が広がって、何だか少し上達したような気分にさえなれる。

 リリーが丹念に編み込んでくれたおかげで、髪の毛も邪魔にならず動きやすかった。


 後からワンピースの代金を支払うのだと思って金額を聞いてみると、アデリナに眉を顰められた。

 何でも、妃教育には相応の予算が組まれているので、そちらから出すという。

 それすらも教えられていないなんておかしい、とアデリナは怒り心頭だ。



 基本中の基本から叩き込む必要がありますわね、という言葉通り、アデリナは細部に至るまで事細かくエルナに指導をした。

 歴史に外交にマナーに国内の勢力図まで、もはやアデリナにわからないことはないという知識量だ。

 エルナは寝る間も惜しんで学ぶほどだったが、これが普通の貴族クオリティなのだろうから、仕方がない。

 田舎でのびのび遊んでいたつけが、エルナに降りかかっていた。

 

 ダンスのレッスンは初めてだが、たぶんこれも完璧なのだろう。

 アデリナの完璧な御令嬢ぶりには、頭が下がる。

 下がりすぎて、もはや上げようという気もおこらない。

 地べたに寝転んで、頭上に輝く(アデリナ)を眺めている。

 せめて言われたことは頑張ろうと、エルナは一人でステップを踏み続けていた。



「殿下は律儀な方だから、遅れるなら連絡があるはずですわ。……何かあったのかもしれませんわね」

 アデリナが目を細めると、扉が開かれてグラナートが入って来た。




「遅くなってすみませんでした」

 少し疲れた表情のグラナートは、そう言いながら上着を脱ぐとソファに置いた。

 遅れてテオドールも部屋に入るが、こちらも表情は硬い。

 心配になったエルナは、グラナートの元に駆け寄る。


「大丈夫ですか? 忙しいなら、やっぱり講師を探した方がいいのでは」

 グラナートは公務で忙しいはずなので、無理にエルナに付き合わせるのは忍びない。

 だが、心配するエルナをよそに、グラナートは何も言わずに固まっている。



「……あの、殿下?」

 具合でも悪いのだろうか。

 エルナが覗き込むと、グラナートは首を振った。


「いえ、大丈夫です。今日はちょっと、特殊だったので。……それより、そのワンピースは」

「これはアデリナ様が用意してくれたんです。可愛いですよね」


 裾をつまんで出来るひだも優雅で、卑猥なワンピースとは全く違った。

 さすがはミーゼス公爵家とその令嬢。

 用意するワンピース一つとっても、完璧だ。

 

「そうですね」


「そうだ、この髪型どうですか? リリーさんが編んでくれたんですけど」

 リリー渾身の作品の出来を評価してもらおうとエルナが見上げると、グラナートは優しく微笑んでいる。


「……似合っています。とても」


「――え? いや、そうじゃなくて。リリーさんの腕前が凄いという話で」

 技術の評価の話であって、エルナがどうという事ではないのだが。


「可愛いです」

「――か、かわ!」


 エルナの何倍も麗しいグラナートからの、まさかの言葉。

 夜空に輝く月に「あなたも輝いてますね」と言われて、石ころが本気にするわけがない。

 とても信じられないが、嬉しい気持ちもあるので、どうしたらいいのかわからない。

 動転したエルナは、思わずアデリナの陰に隠れた。


「……いちゃつくなら二人だけで頼みますよ」

「本当ですわ」

 呆れ声のテオドールに、アデリナが同意した。




「ほら、始めますわよ」

「ま、まずはお手本が見たいです!」

 アデリナは一瞬険しい顔をしたが、ドレスにすがりつくエルナの眼差しに負けて、ため息をついた。


「……ちょっとだけですわよ」

 そう言って、アデリナがちらりとテオドールを見る。

「いや、俺そんなに踊ることもないから、手本にはならないと思いますよ」

 アデリナは少しほっとしたような、残念そうな表情を浮かべると、またため息をつく。


「では、殿下。わたくしが相手で申し訳ありませんが」

「こちらこそ」


 そう言ってアデリナが差し伸べた手を取ると、二人は踊り始める。

 グラナートの淡い金髪が揺れ、アデリナの銅の髪が翻る。

 無駄のない優雅な動きは美しく、氷上を滑っているかのよう。

 それは、まるで一幅の絵のような光景だった。



「……もう、あの二人が王太子夫妻で良くないですか?」

「……ああ」


「凡人がどう頑張っても、あの気品は出ませんよ。なんか神々しくて、このまま見ていたいです」

「本当にな」

 兄妹は王太子と公爵令嬢のダンスを見ながら、しみじみと語る。


「大体、あの距離感で足を踏まずにいられる奇跡」

「――おまえ、そのレベルなのか。大丈夫か」

 妹のダンスが思った以上に低レベルなのかと、心配の声をあげる。


「まだ踏んだことはありませんよ。踏みそうだから離れたくなるんです」

「まだ、って。離れるから踊りにくいんじゃないのか?」


「接近したら、本格的に踏むじゃないですか。致命傷じゃないですか」

「いや、どんな勢いで踏むつもりだよ」


「だから、踏んでいませんよ。まだ」

「おまえなあ……」



 テオドールはため息をつくと、エルナの手を引いて引き寄せる。

「それなりに密着しないと、腰が引けてかえって踊りにくい。この状態なら、動きやすいだろう?」

 そう言って基本的なステップを踏むが、確かに踊りやすいかった。


「これはテオさんだから、このくらいなんですか。このくらいなら平気です」

「……何の話だ?」


「先生はもっとくっついてくるので、動きにくくて。距離感がわからなくて足を踏みそうになるんです。だから嫌になって離れたくなるんですよね」

 体が離れていると踊りにくいと言われても、ダンス自体に慣れていないエルナには難しかった。



「……もっと、ってどれくらいだ?」

「これくらい、ですかね」


 胸に顔をうずめるくらいに接近すると、テオドールが小さく舌打ちをした。

「あの野郎……」

「どうかしたんですか?」


「これじゃ、ダンスじゃなくて抱擁だ。……おまえ、ダンスレッスンにかこつけて、嫌がらせされてたんじゃないか?」

「ええ! これもですか!」


 こだわりダンスさんは卑猥なワンピースで、熱血ダンスさんは無駄に密着。

 どれだけエルナが気に入らなかったのだろう。

 そして、気付いてない自分が何だか恥ずかしい。



「――どうしたんですか?」


 エルナの叫びに、グラナートとアデリナが寄ってくる。

 事の次第をテオドールが告げると、二人も表情が険しくなった。


「解雇だけでは手ぬるいですわ、殿下」

「そうですね。しかるべき対応を取りましょう」

「俺からもお願いします」


 三人の妙な連帯感に、エルナは口をはさむことができなかった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ