ワンピースが卑猥でした
アデリナはグラナートの前に行くと、この上ない優美な仕草で礼をする。
「――グラナート王太子殿下。わたくしアデリナ・ミーゼスは、王太子妃候補を正式に辞退いたします。同時に、王太子妃候補であるエルナ・ノイマン様の教育係となることを希望いたします」
「アデリナ様が、教育係?」
突然のことに、エルナは思わず聞き返す。
アデリナが王太子妃候補の筆頭らしいことも、辞退するのもわかるが、最後が理解不能だ。
「ゆくゆくは王妃になろうという女性にあのような嫌がらせをする人間に、エルナさんを任せられませんわ」
「嫌がらせですか?」
どのことを言っているのだろう。
やはり、ツンデレさんの面倒くさくて長い話だろうか。
それとも、予習は先の先の先までという暗黙のルールを直接は教えなかったことだろうか。
「――足は丸出しで、動けば太腿があらわになるようなワンピースが、嫌がらせでなくて何ですか!」
アデリナが噛みつくような勢いで講師陣を睨む。
どうやら、ワンピースが似合わないから見えないようにしたのではなく、足を隠すために上着を着せられたらしい。
確かにこの世界にしては丈が短いと思いはしたが、そこまで問題だったのか。
日本の記憶からすれば、これでも短い丈とは言えない。
それに、ノイマン領でもワンピースばかり着て、裾をまくって走り回っていたのだ。
……正直、まったく気にしていなかった。
「嫌がらせでないとすれば、講師という立場を利用して王太子妃候補を卑猥な目で見ているということです。どちらにしても、任せられませんわ」
「卑猥……」
いまいちピンとこないので、どうにかエルナの感覚に近い想像をしてみる。
踊りを教わろうとしたら衣装が卑猥だった、となると。
日本舞踊を習おうとしたら、三角ビキニに紐パンツを用意された感じだろうか。
つまり、エルナが着ているワンピースは――そういうことになる。
なんだか急に恥ずかしくなり、上着の前身頃を固く閉じた。
執務室に三角ビキニに紐パンツが来たのだから、グラナートが驚いたのも無理はなかった。
裾を押さえられたのは、紐パンツの紐をエルナが緩めようとしたようなものだろう。
それは、確かに慌てて止める。
「す、すみませんでした……」
無自覚だったとはいえ、恥ずかしい。
「エルナさんが謝ることではありませんわ。わかっていなかったのでしょう? でなければ、あなたがその姿で男性とダンスなどできるはずがありません。もちろん、今後は自重していただきますわ」
アデリナが睨むと、熱血さんが視線を逸らす。
「ダンスも歴史も外交も、わたくしが教えます。わたくしよりも優秀な講師がいると言うのなら、連れてくればよろしいわ。でなければ、エルナさんは渡しません」
「そ、そんなことが」
「――よろしいではありませんか」
ツンデレさんの抗議を遮って、涼やかな声が響く。
濃い目の金髪に真珠の瞳の美しい女性がそこに立っていた。
「ペルレ王女」
「アデリナさん、今のわたくしはザクレス公爵ですわ」
「は、はい。失礼致しました」
ヘルツ王国第一王女であるその人は、アデリナ以上の気品で鷹揚に微笑んだ。
「王太子妃候補の教育は重要です。それを軽んじているようなら、講師に相応しくありませんわ」
「ザクレス公爵。我々は決して、王太子妃候補の教育を軽んじているわけでは」
「では、王太子妃候補その人を軽んじているという事ですか」
ペルレの指摘に、ツンデレさんが言葉に詰まる。
どうやら、講師達はエルナが気に入らないらしい。
うすうす気付いてはいたし、まあ納得である。
グラナートはその様子に深く息を吐いた。
「先ほども言ったが、王太子妃候補を軽んじるという事は、王太子であるわたしを軽んじていることと同義。……詳細は追って沙汰する。王宮からすぐに出なさい」
王太子にそう言われて、従わないわけにはいかない。
講師三人はすごすごと執務室を後にした。
「あ、あの。すみませんでした。私、このワンピースがそんな、ひ、卑猥なものだったとは知らず……」
恥ずかしいし情けない。
曲がりなりにも子爵令嬢で王太子妃候補だったのに、三角ビキニに紐パンツでダンスしていたとは。
エルナの脳内に、日本の南国リゾート施設のダンスが浮かぶ。
椰子の実ビキニに腰蓑のダンサーが、今は何よりも上品な装いに見えた。
そう、せめて腰蓑があれば良かったのかもしれない。
情けない上に何の役にも立たない記憶に、エルナは打ちのめされる。
「……ご迷惑をおかけしました」
うなだれながら礼をすると、扉に向かって歩き出す。
「――待ってください」
グラナートがエルナの二の腕を掴んで引き留める。
「はい?」
「あなたが謝ることはありません。……ただ、今後はそのワンピースは控えてもらえますか」
「はい、それはもちろん。見苦しいものをお見せして、すみませんでした」
アデリナのような完璧ボディだったらともかく、エルナの貧相な体を見せられた方はたまったものではないだろう。
重ね重ね、申し訳ないばかりだ。
「い、いえ。そうではなく」
グラナートは言いにくそうに目を逸らす。
顔が赤いのは気のせいだろうか。
「その。他の人には、見せたくないので……」
エルナの耳元で、そっと囁く。
――その麗しい声音に、エルナの思考がパンクした。
「ぎゃー!」
色気の欠片もない叫びと共に、エルナは執務室を飛び出した。










