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ツンデレって、こういうことでしょうか

「……そんなこともわからないとは」

 本日通算三十九回目のため息を盛大につくと、講師の女性は本を閉じた。



「農業国であるオッソの隣は、ディート王国。近年その軍事力で小国を吸収合併して領土を広げている国です」

「はあ」

 エルナはとりあえず、相槌を打つ。


「はあ、ではありません。予習するようにと言ったのに、これでは先が思いやられます」

 そうは言っても、昨日エルナは農業国オッソの予習をするように言い渡されていた。

 オッソの地名や主な領主に特産物まで覚えてきたのだが、いつディート王国の話に変わったのだろう。


「やる気はあるのですか? ノイマン様は身分のこともありますし、ただでさえ他の何倍も努力が必要なのですよ」

「はあ」

 エルナはとりあえず、相槌を打つ。



 エルナは次期国王――王太子となったグラナートの妃候補として、王宮で妃教育を受け始めた。

 学園に通いつつなので忙しいと言えば忙しいが、もとより勉強や試験は嫌いではないのでそれほど苦痛ではない。


 こちらは日本の受験生活を乗り越えて、一人暮らしの短大生だった記憶があるのだ。

 家事もバイトもなく、至れり尽くせりで勉強だけすればいいのだから、寧ろありがたいくらいだ。

 それに、知らなかったことを教わるのは、興味深いし面白い。

 予習や復習のおかげで刺繍をする時間が取れないのは寂しかったが、そこは仕方がないので我慢する。


 だが、子爵令嬢は王太子妃の候補にしては身分が低すぎる。

 更に、取り立てて美しいわけでもなく田舎育ちのエルナは、あまり歓迎されていないようだった。

 虹の聖女の娘だと言えば一発で解決するのかもしれないが、虹の聖女である母ユリアの存在は機密事項だ。

 それに、それはエルナ自身の力ではないので、あまり使いたくなかった。



 くどくどとエルナに身分違いやら努力不足やら話している講師を見て、エルナは気付いた。

 そうか、上流貴族の予習というものは、言われたものの先までやれという事なのか。

 ならば、指定されたオッソだけを覚えてきたエルナが悪いということになる。

 それならそうと言ってくれればいいのに。


 ノイマン子爵領の田舎ぶりについて語りだした講師を見ながら、面倒くさい人だなあと思う。

「……聞いていますか? ノイマン様は貴族令嬢としての社交力も不足しておりますから……」


 なるほど。

 言われなくても察するなり調べるなりして、正解を導けという事か。


 直接の言葉だけではない貴族の社交の一端を、体現しているのか。

 口うるさくて面倒くさい人なのかと思ったら、意外と深く考えているものだ。

 何だか色々絡まれている気はしていたが、教科書と違うことを教えたりはしてこないし、こういう授業の進め方なのだろう。


 上流貴族の勉強というのは、方法一つとっても田舎とは全く違うものだと感心する。

 次は先の先の先まで予習しておこう。



「わかりました。ご指導ありがとうございます。次回もよろしくお願いします」

 感謝を込めて笑顔でお礼を言うと、講師は眉をひそめた。

 疲労が顔に出ているが、これもこうなるなという教えなのだろう。


 大変に面倒くさいが、ツンデレ熟女教師だと思えば何だか可愛く思えてくるのだから、人間って不思議なものだ。




「エルナ様! おはようございます」

 教室の扉を開くと、虹色の髪の美少女が満面の笑みで出迎えてくれた。


「リリーさん?」

 ヴィルヘルムス王子にプロポーズされ、ブルート王国に一緒に行ったと聞いていたのだが。

 どうしてここにいるのだろう。


「やっぱり、学園はいいですね。エルナ様に会えないと寂しいですから」

 ご機嫌な様子でエルナの髪をいじりだしたのは良いが、事態が呑み込めない。

「そうだ。もし良かったら、また刺繍ハンカチをいただけますか? あの虹色の花のデザイン、お気に入りだったので……」


 以前にリリーにあげたハンカチは、ヴィルヘルムスの治療時に真っ黒になってしまったから、使い物にならないだろう。

「いいですよ。今度持ってきますね」

 エルナの刺繍を気に入ってくれたというのは、とても嬉しい。

 妃教育で時間はあまりないが、リリーのために今日は刺繍を頑張ろう。


「それは良いとして……」

「どうしました?」


「ヴィル……殿下は、どうしたんですか」

「ヴィル様ですか? 無事に王太子になりましたよ。作戦通りです」

 勝ち誇ったように報告されるが、やっぱりよくわからない。



「プロポーズされたと聞きましたが」

「はい。されましたね」

 軽い受け答えに、どうやら自分の思っていた展開と違うらしいとエルナも気付く。


「それで、どうなったんですか?」

 恐る恐る尋ねるエルナを、リリーが不思議そうに見る。

「どうって……。あ! もしかして、誰もエルナ様に伝えていないんですか?」

「プロポーズされてヴィル殿下とブルート王国に行ったとしか聞いていません」


「それはまた、ずいぶんな端折り方ですねえ。……まあ、エルナ様は弱っていた時ですから、詳しく言う必要もなかったという事ですね、きっと」

 弱っていたというのは、聖なる魔力大放出で倒れたことを言っているのだろう。



「ヴィル様は、あの侵攻と公爵家との癒着を武器にして次期国王の座をもぎ取ろうとしまして。有力貴族を味方につけるのに、聖なる魔力を持つ者が味方にいるとアピールに使いたかったらしいんですね」

 そのあたりは、ヴィルヘルムス自身から聞いた内容と大体一緒だ。


「でも、エルナ様は倒れてしまいましたし、本物を連れて行って悪用されてもいけないじゃないですか。だから、身代わりとして、私が行ってきました。聖なる魔力を持ってそうな雰囲気を、頑張って出しました!」

 だから褒めて、と言わんばかりのリリーの様子に、エルナはむしろ混乱する。



「……プロポーズはどうなったんですか?」

「ですから、聖なる魔力を持っていそうな婚約者役を演じてきましたよ。ヴィル様にも褒められました」


「……それは、良かったですね」

「はい!」


 詳しくはわからない。

 わからないけれど、これは何だかヴィルヘルムスが不憫になってきた。



「ついでに少し国を案内してくれたんですけど、楽しかったです。あんな風に男の人と国について話したことなんてなかったので」


 そうか、とエルナは納得した。

 リリーはその破格の美貌から、どうしても男性から好意を持たれてしまう。

 官吏になりたいという夢を話しても、たいてい馬鹿にされるか、無理だと一蹴されるばかりと言っていた。

 対等に国について語り合えるというのは、リリーにとって新鮮な体験だったのだろう。



 ヴィルヘルムスは少なくとも、人としての信頼を勝ち得たようだ。

 ……彼が望んでいるものが信頼かどうかは、さておいて。


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