表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
57/182

番外編 アデリナ・ミーゼス

それは、偶然だった。


国でも一二を争う名家ミーゼス家に生まれたのだから、自由な恋愛や結婚などとうに諦めていた。

第二王子であるグラナートとは顔見知りであり、互いに将来結婚するのかもしれないとぼんやり思っていたが、そこにあるのは王族と貴族の義務感だけだった。


たまたま参加した夜会で、たまたまグラナートに会ったので、挨拶をした。

ただ、それだけだった。




「――殿下!」

鋭い言葉と共に、アデリナの視界を紅の色が横切る。

金属音、何かがぶつかる音、弾かれる音。

アデリナが理解するより先に、グラナートの前に立つその人が振り返った。

「殿下、ご無事ですか?」

燃えるような紅の髪のその人は、黒曜石(オブシディアン)の瞳に虹色の光が浮かんでいた。

アデリナの鼓動が大きく跳ねた。



「僕は大丈夫です。それよりも、テオ。目が……」

グラナートに指摘され、彼は慌てて顔をそむける。

せっかくの綺麗な瞳を、もっと見たいとアデリナは思った。

その次の瞬間、思わず口を開いていた。



「――あの、ひとめぼれって、信じてくださる?」



突然の言葉に、テオと呼ばれた少年もグラナートも固まる。

アデリナだって、何故そんなことを言ったのかわからない。

だが、何か心がざわめいて落ち着かなくて、どうしたらいいのかわからない。


「ご、ごめんなさい。失礼いたしますわ!」

慌てて礼をするとその場から離れる。

何が何だかわからないが、胸が苦しくて仕方ない。

庭まで出ると、アデリナは何度も深呼吸をした。

さっきの人は誰だろう。

グラナートの新しい護衛だろうか。


「テオ、様」

その名をそっと呼ぶと、アデリナの胸は何かに満たされたような気がした。



********



「テオ……さんに、報告してくれたんですね」



エルナ・ノイマン子爵令嬢が不審な動きの女生徒と一緒にいたのを、アデリナは見ていた。

彼女が行方不明だと探すグラナートとテオに、それを伝えたのだ。



「ち、違いますわ。たまたまテオ様がいらしたから、それで」



一年前の夜会で出会って以来、アデリナはテオのことがずっと気になっている。

だが、初対面で紹介もされていないのに、あんなことを口走ったのだ。

顔から火が出るというものを、アデリナは身をもって体験した。


幸か不幸か、テオはあのことについて触れてこない。

アデリナも何かの気の迷いだろうと思っていたのだが、想いはつのるばかり。

エルナの家からテオが出てきたという噂を聞いた時には、心臓が止まりそうだった。

だが、彼女はテオと親密な関係ではないと否定した。


半信半疑ではあった。

だが、エルナが行方不明だと探すグラナートとテオを見て、彼女が言っていたことは本当なのではないかと感じ始めた。

どちらもエルナを心配していたのだが、質が違うとでも言うのだろうか。

何となく、そんな気がした。


それに、最近はグラナートの様子が変わった。

明らかに、エルナのことを意識している。

アデリナは、グラナートが誰とも必要以上に関わらずにいたことを知っている。

それは、驚きの変化だった。



「アデリナ様がテオさんに報告してくれたおかげで助かりました。もう平気です。ありがとうございます」



テオという名を聞くだけでも、顔が赤くなる。

自分でも重症だと思うが、どうしようもない。



「……エルナさんは、噂は知っていますの?」

「噂? 何の噂ですか?」



やはり、知らないのか。

グラナートが伝えていないのなら、アデリナが先に言うのはおかしい。

アデリナとグラナートの婚約の話など昔からずっとあるが、二人の問題に口を出すべきではない。



「……なら、よろしいですわ。ごきげんよう」



グラナートは幼馴染のようなものだから、応援してあげたい気持ちはある。

だが、彼は王子だ。

その身に背負う責務がある。

心だけを優先にすることはできないと、アデリナは知っている

そして、それは公爵令嬢のアデリナも同じだった。



********



「また、あなたとの婚約の話が出ていますね」

グラナートに呼ばれて教室に向かうと、そこには金髪の美少年が一人で待っていた。

何の話かは予想がついていたので、この場にテオがいないことに安堵した。


「ええ。スマラクト殿下を廃する動きが強まっておりますから、それに乗じて殿下を王にしようとしているのでしょう」

スマラクト王子の母である側妃の実家は、大貴族であるザクレス公爵。

それに対抗できるだけの家となれば、ミーゼス公爵家が真っ先にあげられるからだ。



「ですが、僕はあなたと婚約はしません。王位を継ぐ気もない。次期国王は、兄上です」

きっぱりと淀みない答えに、アデリナは息を吐いた。

「以前の殿下でしたら、曖昧に濁して波風立たぬようにしたと思いますわ。やはり、エルナさんのためですの?」

「……いえ。僕のためですね。婚約の話を、彼女に聞かせたくないだけです」

「変わりましたわね、殿下」

命を狙われ続けて、誰からも距離を置いて。

優秀過ぎぬように、愚か過ぎぬように、目立たぬようにと調整していたのに。



「大切な人ができると、自ずと人は変わります。……アデリナさんと一緒ですよ」

テオのことを言われているのだとわかり、アデリナの頬が赤くなる。

ひとめぼれ発言をした時にいたのだから、グラナートはアデリナの気持ちを知っているのだ

「確かに。わたくしも変わったかもしれませんわ」

以前のアデリナなら、男爵家の四男などに見向きもしなかっただろう。

もしも何らかの想いを持っても、決して叶わないと知っていたからだ。

アデリナは、公爵家を捨てることはできない。

だが、この気持ちを捨てることもできなかった。


「お互い、頑張りましょうか」

グラナートにつられて、アデリナも微笑む。

そうか。

頑張ってみてから諦めても、遅くはないのかもしれない。



「わたくし、忍耐力には自信がありますの。公爵家のレッスンは、地獄と呼ばれておりますのよ?」

上手くいってもいかなくても、きっと乗り越えられる。

だから、あの人のそばにいるために少しだけ頑張ってみよう。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ