頑張ってくださいね
「聞いて! この新作の乙女ゲーム、すっごい良いから!」
「あれ、血まみれヒロインの続編じゃないの?」
「ああ、『虹色パラダイス』? あれはね、買うのをやめたの」
「そうなの? あんなに楽しみにしていたのに」
「だってね。メインが隣国の王子様なんだけど、国の未来のために戦争を止めようと画策するんだよ」
「いいんじゃないの?」
「駄目よ! ヘタレ要素が皆無じゃないの! 私はイケメンのヘタレを、ビシバシ叩きあげて育てたいのよ!」
「……そう」
「ヒロインも治癒魔法なのよ! 虹色の髪の美少女が攻撃魔法でドッカンドッカン暴れまわる予定だったのに!」
「……そう」
「それでね、このゲームは和風でね。……あれ、忘れてきちゃった。また今度紹介するね」
「……うん」
「そう言えば、サンマーメン! 衝撃だったんだけど」
「あ、ようやく食べたんだ」
「それがね、サンマが乗ってなかったのよ!」
遠い昔の記憶に、エルナはため息をついた。
……なんだ。結局続編の詳しい内容はわからないまま。
がっかり半分、安心半分。
けれど、何故か晴れやかな気持ちだった。
エルナはずっと続編のシナリオに関わることを警戒していた。
グラナートの告白も続編に関わるのではと心配していた。
悪役令嬢になるかもしれないし、その末路が怖かった。
……そう、思っていた。
でも、違った。
多分、エルナは自信がなかったのだ。
最初は実感がなかった。
グラナートを『虹色パラダイス』のキャラクターとして見ていたから、ヒロインでもない自分が関わるとは思えなかった。
だからこそ、何を言われても気にならなかった。
挨拶されてもリリーのついでだろうと思っていたし、ろくに話もしていない。
名前を呼んでくれと言われた時は何を考えているのかわからずに怖かったが、それだって王子の戯れなのだろうと回避した。
告白されても、本当は聖なる魔力が欲しいだけなのではという思いは、なくならなかった。
それでも、グラナートが大切にしたいのはあなたですと言ってくれたから。
どうやら、本当にエルナを見てくれているらしいと感じ始めた。
もしかしたら、本当にグラナートはエルナのことを好いているのかもしれない。
そう考えると、何とも言えないむず痒い気持ちになったが、嫌ではなかった。
だが、それと同時に怖くなった。
グラナートは容姿端麗で魔力も優れた王子だ。
誰もが納得の、麗しい王子様だ。
対して、エルナは十人並みの容姿の田舎貴族。
聖なる魔力こそ持っていたが、逆にそれがエルナを不安にさせた。
この魔力が欲しいだけなのではないか。聖なる魔力が無ければ、エルナに興味などないのではないか。
グラナートは、聖なる魔力なんて関係ないと何度も言ってくれていたのに。
自分が傷つかぬように、芽生えた気持ちに蓋をした。
エルナはただ、自信がなかったのだ。
なんて情けない話だろう。
目を開くと、そこには視界いっぱいの金髪の美少年。以前にもこんな光景を見た気がする。
「エルナさん、目が覚めたんですね」
グラナートはその美貌を遺憾なく発揮した微笑みを、エルナに向ける。
慣れたと思っていたけれど、やはり眩しい。
ゆっくりと体を起こすが、まだふらつきが残っていた。
「ここは……王宮ですか?」
以前に聖なる魔力を使って倒れた時と同じような部屋なので、何となくわかる。
「ここはアインス宮。僕の宮です」
「何で、王宮に?」
王都の外れから移動したのだろうから、王都のノイマン邸に戻す方が効率がいいし、それが普通だと思うのだが。
「あちらの兵が残っていないとも限りませんから、用心を重ねました」
なるほど。確かに、あの場の兵以外にも行動を起こしている者がいてもおかしくない。
直接グラナートを狙ってくる可能性だってあるだろう。
だが、エルナが王宮にいる意味がわからない。
聖なる魔力を使った、とばれたら狙われるということだろうか。
「……というのは、建前です」
「へ?」
素っ頓狂な声というのは多分これだ、という声が漏れる。
「ノイマン邸に戻して、またそのまま領地に帰られたら、僕が寂しいですから」
突然の言葉に、エルナは酸欠の金魚のように口をパクパクさせる。
「冗談ですよ。……半分はね。テオもいますし、安全の為に一時的にここにいてもらうことになりました」
エルナの反応が面白かったのか、グラナートは満足そうに微笑んだ。
「……あの後、ブルート兵は撤退しました。ヴィルヘルムス王子はこの勝手な侵攻と敗退、ザクレス公爵との癒着を武器に、王位をもぎ取りに帰りました。リリーさんも同行しています。あの場で王子がリリーさんにプロポーズしたんです」
『メインが隣国の王子様なんだけど、国の未来のために戦争を止めようと画策するんだよ』
『ヒロインも治癒魔法なのよ! 虹色の髪の美少女が攻撃魔法でドッカンドッカン暴れまわる予定だったのに』
ああ、どうやら『虹色パラダイス』の続編は順調に進行中らしい。
虹色の髪の友人と離れることになってしまうかもしれないけど、彼女には彼女の選んだ道がある。
リリーなら、大丈夫。
可憐な見た目に反して中身はしっかりした子だから、きっと幸せになってくれる。
そう思うだけで、エルナも幸せな気持ちになれた。
「ザクレス公爵は爵位剥奪の上、側妃と共に幽閉。スマラクト王子はこれを機に王位継承権を返上して、ペルレ王女と共にザクレス公爵を継ぐことになりました」
淀みなく一気にそう言うと、グラナートは一呼吸間を置く。
「……なので、僕が次期国王――王太子になります」
『グラナート王子は、スマラクト殿下から継承権を返上したいと言われたらしい。だが、断ったと言っていた』
以前、レオンハルトはそう言っていた。
スマラクトは今回のことがなくても、王位を継ぐ気がなかったのだろう。
そして、これでグラナートが断れる理由がなくなってしまった。
ザクレス公爵はスマラクトを王にしようとして、皮肉にも彼が王位を譲る手助けをしたのだ。
「……そうですか」
これが、因果応報というやつなのかもしれない。
「……何故、あの場に来たんですか。危険だとわかっていたはずです」
「邪魔なのは承知していましたが、行きたかったからです」
小さく息を吐くと、グラナートは目を伏せる。
「あなたを危険な目に遭わせたくなかったのに。また、あなたに助けられました。……情けないですね」
後悔しているのが伝わってきて、エルナは首を振った。
「いいえ。殿下は私をかばってくれました」
魔鉱石の爆弾が降り注ぐ時も、躊躇なくエルナの盾となろうとした。
家に帰れと言ったのもエルナを守るためなのだと、今なら何となくわかる。
「虹色の光が煌めいたあなたの瞳は、美しかった。あんな時なのに、独占したいと思った僕は、心が狭いのでしょうね」
グラナートはエルナの手を取ると、まっすぐに見つめる。
「――僕の妃に、なってくれますか」
エルナの鼓動が跳ねる。
「あなたが考えて出した答えを、待つつもりでした。でも、王となることが決まった以上、のんびりと待つ時間はなくなってしまった。……僕は、あなた以外はいらない。どうか、僕のそばにいてください」
以前に告白された時のように、顔が赤くなっていくのがわかる。
でも、今回は驚いて混乱しているからだけじゃない。
嬉しいからだ。
グラナートが死ぬかもしれないというときに感じた恐怖。
それまでどうやっても『虹色パラダイス』のことを考えたエルナが、それを忘れて願ったのはグラナートの無事だった。
それがきっと、本当の気持ち。
でも。
「グラナート殿下」
その名前に、グラナートの手がぴくりと反応する。
「知っていますか? 聖なる魔力を使うと、魔力に浮かされる男性がいるらしいんです」
「浮かされる?」
「気分が高揚して、うっかり大きなことを言ってしまうそうです」
「それは……」
身に覚えがあるらしく、グラナートは言葉に詰まる。
もしかすると、ヴィルがリリーに突然プロポーズしたのも聖なる魔力の影響があるのかもしれない。
「そもそも好意がなければプロポーズするようなこともないらしいので、そこは殿下を信じます。でも、聖なる魔力の影響が全くないとは言えないでしょう? だから、私、待ちます」
「待つ?」
「聖なる魔力の影響がなくなる頃、浮かされた熱が冷めて。それでも田舎貴族で聖なる魔力しか取り柄のない私がいいというのなら、その時にまた、お話を聞くことにします」
「……わかりました」
「聖なる魔力に浮かされないよう、頑張ってくださいね」
「は、はい」
すっかり大人しいグラナートを見て、何故かエルナは以前散々名前を呼んでくれと言っていたことを思い出す。
事情はもう知っているし、謝罪もされたが、そう言えばまだ清算をしていない。
テオドールだけ渾身の一発を食らわせるというのも、何だか不公平だ。
ここはひとつ、グラナートの要望通りに名前を呼んでみようと思い立つ。
名前を呼ぶだけでも魔力の性質がわかるというグラナートに、エルナの渾身の魔力を込めてフルネームを。
今なら魔力を込めることができるような気がするので、せっかくだからやってみよう。
聖なる魔力の影響がなくなっても、変わらずエルナが必要だと言うのなら。
その時は。
「グラナート・ヘルツ殿下。――あなたが、好きです」
グラナートの目がこれ以上ないというくらい見開かれる。
微笑むエルナの瞳には、虹色の光が煌めいていた。










