強く願うから
そこに、離れて交戦していた近衛兵と警備兵が撤退してきた。
やはり魔鉱石爆弾付きの矢が相手ではなかなか近付けず、体勢を立て直すという。
魔鉱石爆弾による連続攻撃のせいで、辺りは黒い煙と魔力のひずみに囲まれていた。
このままでは、この草原は毒と呪いで立ち入れなくなってしまう。
もしもこれが国中に広がれば、この国は人の住めない土地になり果てるだろう。
領地の緑の畑が黒くなる様を想像して、エルナはぞっとした。
黒い煙の向こうから、何かがうず高く積まれた台車とブルート兵が近付いてくる。
少しの距離を取って止まると、一人だけ鎧の色が違う人が前に出てきた。
「ヘルツ兵に告ぐ。諦めて降伏しろ」
どうやら指揮官らしい男はそう言うと、背後の台車にかけられた布を剥ぎ取る。
そこには、台車いっぱいに載せられた黒光りする石があった。
多分、あれが魔鉱石の爆弾なのだろう。
それにしても、ここであの量が爆発したら自分も味方も巻き込まれるのだが、どうする気だろう。
エルナにはわからない感覚だが、命令には命も惜しくないのかもしれない。
様子を見ていたエルナ達の横を通り抜けて、グラナートが前に出る。
「これ以上王都に近付くのは許さない。撤退を要求する」
「坊主、俺の話を聞いていたか? こっちは降伏しろと言っているんだよ」
指揮官の男はグラナートを嘲笑うと、これみよがしに魔鉱石爆弾を手に取った。
「……切ろうか?」
レオンハルトの呟きに、テオドールがぎょっとする。
「それじゃ、揉め事を起こして殿下に擦り付けたい、あっちの思う壺だろうが」
「全員切れば発覚しないから、問題ないだろう」
「レオンハルト様なら可能です。問題ありません」
レオンハルトがしれっと答えると、ゾフィがうなずいて肯定する。
「大問題だ! それじゃあ、戦争の口実になるだろう。……なんでウチは剣術馬鹿ばっかりなんだ」
五十人程いるブルート兵を全員切るとか言うレオンハルトも大概だが、問題ないと太鼓判を押すゾフィもどうかと思う。
ノイマン家はエルナが気付いていないだけで、どうやら結構物騒な家だったようだ。
こうなると、一番物騒なのはきっと母ユリアなのだろう。
そう察しがつくあたり、エルナも少しは成長しているのかもしれない。
「殿下? ……おまえ、金髪にその瞳。おまえが、公爵の言っていた第二王子か?」
テオドールが口を押えた時には、すでに遅い。
グラナートをじっと見ていた指揮官が、にやりと口角を上げた。
「おまえが第二王子なら話は早い。わざわざこんな騒ぎを起こさずとも、王子を殺せば済む話だ。ザクレス公も喜ぶだろう」
指揮官が手を上げると、魔鉱石爆弾付きの矢が放たれる。
グラナートは手を正面に掲げ、飛んでくる矢を見つめる。
その瞬間に、空中の矢が炎に包まれ小さな爆発がいくつも起こった。
側妃の一件の時に見た以来の、魔法だ。
今回も特に何も言わずとも炎が出てきているし、リリーも何も言わずに魔力を使っていた。
この世界の魔法は、いわゆる呪文がないのかもしれない。
日本のゲームを思い出し、ちょっと寂しいなとも思う。
だが、よく考えると魔法使用時に呪文が必須だとしたら、聖なる魔法はなかなか恥ずかしい内容になるのではないか。
危なかった。呪文なしで良かった。
エルナがいらぬ思考を巡らせている間にも、弓矢は放たれ、それらはすべて炎と共に爆発して消えていく。
一見するとグラナートが圧倒的に強いのだが、気になることがある。
矢は燃やされ、爆弾は爆発するのでなくなる。
だが、その跡には黒く淀んだ魔力のひずみが溜まっているのだ。
何度も繰り返すうちに、グラナートに疲労の色が見え始めてきた。
「殿下、大丈夫ですか?」
テオドールが異変を察してそばに寄ると、グラナートは額の汗を拭う。
「あなたが苦戦する相手には見えませんが」
「魔力が上手く使えないから、消耗が激しいんです。……あの、魔力のひずみのせいでしょうね」
テオドールは眉間に皺を寄せると、剣に手をかけた。
「そろそろ限界か? なら、楽にしてやるよ、王子様!」
指揮官の言葉に従うように、大量の魔鉱石爆弾と矢が雨のように降り注ぐ。
グラナートはエルナの前に盾になるかのように立つと、魔法を使おうと手を掲げる。
その前には、舌打ちしたテオドールが剣を構えて立った。
まるでコマ送りのようにゆっくりと景色が流れる中、エルナは恐怖した。
このままでは、みんな巻き込まれる。
グラナートは魔力を消耗しているし、テオドール一人でこの数をすべて処理できるのか。
彼の聖なる魔力は反撃型だというから、聖なる魔力は使えるかもしれないが、範囲が広すぎる。
自分と限られた周囲にだけ発動すると言っていたから、ここにいる全員を守るのは、きっと難しい。
誰かが怪我をしてしまう。
いや、爆発の擦過傷でもヴィルはあれだけ苦しんだのだ。
直撃したらどうなる。
しかも、一つや二つという数ではない。
怪我では済まないかもしれない。
グラナートも、死ぬかもしれない。
――そんなの、駄目。
エルナは震えた。
何かの糸がぷつりと切れた気がした。
途端に、体の奥から何かがとめどなく溢れてくる。
瞳が、熱い。
息が、苦しい。
本当にエルナに聖なる魔力があるというのなら、今使えなくて、いつ使うのだ。
ユリアは言った。聖なる魔力は、無効化だと。
強く願う。
願うから、お願いだから力に変わって。
危険なものを無効化して。
大切な人達を傷つけるのは、許さない――。
「――消えて!」
その瞬間、辺りを眩い光が包み込んだ。
光が消えた次の瞬間、空中の魔鉱石爆弾と矢がぼとぼとと落ちていく。
まるで椿の花のようだとエルナが思う間に、地面に落ちたそれらは砂になり、散っていく。
「な、なんだ? どうなっている?」
「大変です! 予備もすべて、砂になっています!」
「そんな馬鹿なことが……」
指揮官の男は、言葉を失う。
先程まで周囲を包んでいた、黒い煙と魔力のひずみが無い。
遠くに見えていたものもすべて、綺麗さっぱりなくなっていた。
まるで滝のように、エルナの中から何かが溢れだした。
一気に失ったそれに、体の力が抜けていく。
「……聖なる魔力の、浄化……」
誰かがそう呟いたところで、エルナの意識は途絶えた。









