表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
54/182

強く願うから

 そこに、離れて交戦していた近衛兵と警備兵が撤退してきた。

 やはり魔鉱石爆弾付きの矢が相手ではなかなか近付けず、体勢を立て直すという。


 魔鉱石爆弾による連続攻撃のせいで、辺りは黒い煙と魔力のひずみに囲まれていた。

 このままでは、この草原は毒と呪いで立ち入れなくなってしまう。


 もしもこれが国中に広がれば、この国は人の住めない土地になり果てるだろう。

 領地の緑の畑が黒くなる様を想像して、エルナはぞっとした。


 黒い煙の向こうから、何かがうず高く積まれた台車とブルート兵が近付いてくる。

 少しの距離を取って止まると、一人だけ鎧の色が違う人が前に出てきた。



「ヘルツ兵に告ぐ。諦めて降伏しろ」


 どうやら指揮官らしい男はそう言うと、背後の台車にかけられた布を剥ぎ取る。

 そこには、台車いっぱいに載せられた黒光りする石があった。

 多分、あれが魔鉱石の爆弾なのだろう。


 それにしても、ここであの量が爆発したら自分も味方も巻き込まれるのだが、どうする気だろう。

 エルナにはわからない感覚だが、命令には命も惜しくないのかもしれない。

 様子を見ていたエルナ達の横を通り抜けて、グラナートが前に出る。


「これ以上王都に近付くのは許さない。撤退を要求する」

「坊主、俺の話を聞いていたか? こっちは降伏しろと言っているんだよ」

 指揮官の男はグラナートを嘲笑うと、これみよがしに魔鉱石爆弾を手に取った。



「……切ろうか?」

 レオンハルトの呟きに、テオドールがぎょっとする。


「それじゃ、揉め事を起こして殿下に擦り付けたい、あっちの思う壺だろうが」

「全員切れば発覚しないから、問題ないだろう」

「レオンハルト様なら可能です。問題ありません」

 レオンハルトがしれっと答えると、ゾフィがうなずいて肯定する。


「大問題だ! それじゃあ、戦争の口実になるだろう。……なんでウチは剣術馬鹿ばっかりなんだ」


 五十人程いるブルート兵を全員切るとか言うレオンハルトも大概だが、問題ないと太鼓判を押すゾフィもどうかと思う。

 ノイマン家はエルナが気付いていないだけで、どうやら結構物騒な家だったようだ。


 こうなると、一番物騒なのはきっと母ユリアなのだろう。

 そう察しがつくあたり、エルナも少しは成長しているのかもしれない。



「殿下? ……おまえ、金髪にその瞳。おまえが、公爵の言っていた第二王子か?」


 テオドールが口を押えた時には、すでに遅い。

 グラナートをじっと見ていた指揮官が、にやりと口角を上げた。


「おまえが第二王子なら話は早い。わざわざこんな騒ぎを起こさずとも、王子を殺せば済む話だ。ザクレス公も喜ぶだろう」


 指揮官が手を上げると、魔鉱石爆弾付きの矢が放たれる。

 グラナートは手を正面に掲げ、飛んでくる矢を見つめる。

 その瞬間に、空中の矢が炎に包まれ小さな爆発がいくつも起こった。


 側妃の一件の時に見た以来の、魔法だ。

 今回も特に何も言わずとも炎が出てきているし、リリーも何も言わずに魔力を使っていた。

 この世界の魔法は、いわゆる呪文がないのかもしれない。


 日本のゲームを思い出し、ちょっと寂しいなとも思う。

 だが、よく考えると魔法使用時に呪文が必須だとしたら、聖なる魔法はなかなか恥ずかしい内容になるのではないか。

 危なかった。呪文なしで良かった。


 エルナがいらぬ思考を巡らせている間にも、弓矢は放たれ、それらはすべて炎と共に爆発して消えていく。

 一見するとグラナートが圧倒的に強いのだが、気になることがある。


 矢は燃やされ、爆弾は爆発するのでなくなる。

 だが、その跡には黒く淀んだ魔力のひずみが溜まっているのだ。

 何度も繰り返すうちに、グラナートに疲労の色が見え始めてきた。


「殿下、大丈夫ですか?」

 テオドールが異変を察してそばに寄ると、グラナートは額の汗を拭う。


「あなたが苦戦する相手には見えませんが」

「魔力が上手く使えないから、消耗が激しいんです。……あの、魔力のひずみのせいでしょうね」

 テオドールは眉間に皺を寄せると、剣に手をかけた。



「そろそろ限界か? なら、楽にしてやるよ、王子様!」

 指揮官の言葉に従うように、大量の魔鉱石爆弾と矢が雨のように降り注ぐ。


 グラナートはエルナの前に盾になるかのように立つと、魔法を使おうと手を掲げる。

 その前には、舌打ちしたテオドールが剣を構えて立った。

 まるでコマ送りのようにゆっくりと景色が流れる中、エルナは恐怖した。


 このままでは、みんな巻き込まれる。


 グラナートは魔力を消耗しているし、テオドール一人でこの数をすべて処理できるのか。

 彼の聖なる魔力は反撃(カウンター)型だというから、聖なる魔力は使えるかもしれないが、範囲が広すぎる。


 自分と限られた周囲にだけ発動すると言っていたから、ここにいる全員を守るのは、きっと難しい。

 誰かが怪我をしてしまう。


 いや、爆発の擦過傷でもヴィルはあれだけ苦しんだのだ。

 直撃したらどうなる。


 しかも、一つや二つという数ではない。

 怪我では済まないかもしれない。


 グラナートも、死ぬかもしれない。



 ――そんなの、駄目。



 エルナは震えた。


 何かの糸がぷつりと切れた気がした。

 途端に、体の奥から何かがとめどなく溢れてくる。


 瞳が、熱い。

 息が、苦しい。


 本当にエルナに聖なる魔力があるというのなら、今使えなくて、いつ使うのだ。

 ユリアは言った。聖なる魔力は、無効化だと。


 強く願う。

 願うから、お願いだから力に変わって。

 危険なものを無効化して。


 大切な人達を傷つけるのは、許さない――。



「――消えて!」



 その瞬間、辺りを眩い光が包み込んだ。




 光が消えた次の瞬間、空中の魔鉱石爆弾と矢がぼとぼとと落ちていく。

 まるで椿の花のようだとエルナが思う間に、地面に落ちたそれらは砂になり、散っていく。


「な、なんだ? どうなっている?」

「大変です! 予備もすべて、砂になっています!」

「そんな馬鹿なことが……」


 指揮官の男は、言葉を失う。

 先程まで周囲を包んでいた、黒い煙と魔力のひずみが無い。

 遠くに見えていたものもすべて、綺麗さっぱりなくなっていた。


 まるで滝のように、エルナの中から何かが溢れだした。

 一気に失ったそれに、体の力が抜けていく。


「……聖なる魔力の、浄化……」


 誰かがそう呟いたところで、エルナの意識は途絶えた。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ