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ハンカチは万能です

 馬に乗って王都を駆け抜けると、広い草原が見えてきた。

 ノイマン領のような緑の畑ではなく、ただ何もない草原が広がるばかり。

 その中に、いくつもの黒い煙が立ち上っている。


 すでに、何かが起きているのだろう。


「この先で交戦しているな。最短距離で行くぞ」

 レオンハルトはそう言うと、速度を上げて走り出す。


「了解いたしました。エルナ様、揺れますのでしっかり掴まってください」


 ゾフィが支えてくれるとはいえ、慣れない乗馬に必死のエルナは返事もできなかった。

 正確には、返事をしようとしたら舌を噛んだ。

 何でこんなに揺れるのに普通に喋れるのかと尊敬しているうちに、幾人もが剣を交える音が聞こえてくる。


 最短距離って、まさか、この真ん中を通るということなのか。

 スピードを緩めることなく近付くと、レオンハルトは剣に手をかけた。


 鈍い音と共に、ブルート兵とおぼしき男性が地面に倒れる。

 剣って意外と鈍器で殴ったみたいな低い音がするんだなと思いながら、恐る恐る覗いて、目を疑った。


 ……抜剣していない。



 優雅ともいえる素早い動きでブルート兵を倒していくレオンハルト。

 その剣は、鞘に入ったまま。鞘ごと、もはやただの金属の棒を振り回している状況だ。


 レオンハルトの一振りで何人もの兵が吹っ飛ぶさまは、現実味がなさ過ぎて滑稽に見えてきた。

 あんな使い方があるのか。

 だったら、剣である必要がない気がする。


「ゾ、ひ」

 ゾフィに尋ねようとして、再び舌を噛む。


「無理をしないでくださいね。どうかなさいましたか?」


 ゾフィに問われたが、喋れないし、揺れるので手も離せない。

 仕方ないので、視線と顔の動きで伝えようと試みる。


「ああ! ……大丈夫ですよ。ちゃんと急所を狙っているので、二日は起き上がれません」


 眩しい笑顔でゾフィが説明する。

 違う。

 誰も、とどめを刺していないけど大丈夫かなんて聞いていない。


 けれど伝える術はなく、エルナを乗せた馬はレオンハルトと共にその場を駆け抜けて行った。

 交戦する人の塊を抜けると、少し速度を緩める。

 おかげで、何とかエルナでも喋ることができそうだった。



「エルナ、大丈夫かい?」


 剣を鞘ごと振り回しているとは思えない軽やかな動きで、ブルート兵を倒したレオンハルト。

 テオドールの言っていたことは、どうやら本当らしいと実感する。


「何故、剣を抜かないのですか?」


 別に抜いてほしいわけではない。

 だが、単純に気になって聞いてみると、レオンハルトは首を傾げた。


「ん? そりゃあ、汚れるからだよ」


 よくわからない。

 汚れるというのは血のことだろうが、それを言ったら剣を使えないのではないだろうか。


「剣を抜くまでもないし、エルナに血生臭いものを見せるつもりもないしね」

「はあ。ありがとうございます」


 結局よくわからなかったが、レオンハルトにとってさっきのブルート兵は取るに足らない相手ということらしい。



 少し進むと、今度は近衛兵と思われる格好の集団に出くわした。

 近衛兵がいるのなら、グラナート達もここにいる可能性が高い。


「――まさか剣豪?」

 こちらに気付いた一人が何かを呟くと、近衛兵が一斉に沸き立った。


「本当だ! 瑠璃(ラピスラズリ)! 剣豪・瑠璃(ラピスラズリ)が来てくれたぞ!」


 ……何だ、それ。

 エルナが首を傾げている間に、近衛兵達が馬を取り囲む。


「……どういうことでしょうか」

「レオンハルト様は、学園在学中に国の剣術大会で優勝しています。並み居る現役騎士をも軽く押し退けた圧倒的強さに、瞳の色と剣の飾りから剣豪瑠璃(ラピスラズリ)と呼ぶ者もおります。夏休みで学園をやめた際には、騎士や貴族がこぞって勧誘にいらっしゃいました。それらをすべて蹴って子爵代理をしているので、その筋では伝説の人でございます」


 そんなことをしていたのか。

 あと、夏休みでやめているのか。

 羨ましいなと見つめるエルナに、レオンハルトはばつが悪そうにする。


「あれは、母さんが『最近、騎士がたるんでいるから、叩きのめしてこい』って言ったから。優勝しなきゃ、こっちの身が危ないからね」


 ……ユリアは本当に、どこまで物騒なんだろう。


 近衛兵の後方に、グラナート達はいた。

 既に交戦したらしい衣服の汚れに、エルナも緊張して制服の端を握りしめた。




「――エルナさん? 何故来たんですか!」


 エルナ達を見つけ、グラナートが険しい表情で叫ぶ。

 邪魔なのはわかるが、ちょっと怖いし、やっぱり傷つく。


「そんなことよりも、現状を説明してくれるか」

 レオンハルトの有無を言わせない圧力に、テオドールがため息をついた。


「……ブルート兵は五十名いないと思う。剣を使う兵は警備兵と近衛でほぼ無力化できたが、残りは魔鉱石爆弾を矢じりにつけて射るから、なかなか近付けなくて厳しい」


「それは」

「――ヴィル様! しっかりしてください!」


 聞き覚えのある声に見てみれば、リリーが横たわるヴィルのそばで必死に呼びかけていた。

 どうやらヴィルは負傷しているらしく、両腕には血がついており、目を閉じて呻いている。


「リリーさんは、珍しい治癒の魔力を持っているので同行してもらったのですが、ちょっと面倒なことになっていまして」


 グラナートが言葉尻を濁す。

 魔力確認の授業でグラナートはリリーと組んだらしいので、魔力の質を知っていたはず。

 だから、希少な能力を持ったリリーの同行を許可したのか。



 近付いてみると、ヴィルの怪我は腕の部分だけらしい。

 それも剣で切られたようには見えない、小さな傷のようだった。

 血こそ滲んでいるが、横たわって苦しんでいるヴィルとは様子が合わない。


「あの傷は、何ですか?」

「魔鉱石爆弾を付けた矢がかすめたんだ。ヴィルは爆発に近くで巻き込まれたらしくて」

「草原に黒い煙がいくつも立ち上っているでしょう。あれが、魔鉱石爆弾の跡です」


「……聞いていたものよりも威力が小さい」

 ヴィルが目を開けるが、痛いのか苦しいのか、呼吸が荒い。


「多分、開発途中で無理に持ってきたんだ。よほど功績が欲しくて、焦っているのか……」

「君が止められないのか」

 レオンハルトに尋ねられ、ヴィルは荒い呼吸の中で微かに笑う。


「ここにいる兵は、俺の顔を知らなかった。知っていれば、好都合と殺されるだろうが。……正規兵を使っていないんだろう。何かあれば、関係ないと切り捨てるつもりだろうな」


「ヴィル様、無理に喋らないでください」

 リリーがヴィルの腕に触れて、一生懸命に何かをしている。

 多分、治癒の魔力を使っているのだろう。



「そんなに深い傷なんですか?」

 エルナの問いに、リリーは首を振る。


「傷はそこまで深くありません。擦りむいたくらいに見えるのに、いくら魔力を使っても傷が塞がらないんです」

 リリーは泣きそうになりながら、ヴィルの治療を続けている。


「しかも、何か毒のようなものが呼吸を妨げているようなんです」


 魔力に優れたグラナートがそう言うのなら、ヴィルを苦しめているのは傷自体というよりも、その毒なのかもしれない。


「治癒の魔力は一気にすべてを治すようなものではありません。傷を塞いで血を止めて、それから回復を早めるんです。でも、どうしても傷が塞がらないんです。……何かに邪魔されているみたいで、上手く魔力が使えなくて」



『少なくとも、爆弾としての破壊力がある。その上で、魔力のひずみが生じる。毒のようなものだ』



「……ダンナー先生が言っていました。魔鉱石を爆弾に加工すれば、魔力がひずむって。それは、毒のようなもので、もはや呪いだって」


 これが、そうなのかもしれない。

 擦り傷でもこれだけ苦しんで、希少な治癒の魔力も効かない。

 これが本格的に使われれば、想像以上に惨い被害が出るのだろう。


「呪い……」


 リリーはエルナの言葉を反芻すると、はっとしたようにハンカチを取り出し、傷に当てた。

 エルナが刺繍した虹色の花のハンカチは、ゆっくりと黒ずんでいく。

 同時に、ヴィルの傷が少しだけ塞がった。


 エルナとリリーは顔を見合わせると、うなずく。

 そうか。呪いならば、聖なる魔力の効果があるかもしれない。


 エルナはポケットから厚紙状態のハンカチを取り出して、ヴィルの傷に押し当てた。

 湿った厚紙のごときハンカチは、ヴィルに触れたところから黒く変色していく。

 エルナの隣でリリーが魔力を込めると、傷が綺麗に塞がった。

 ヴィルの表情と呼吸が、明らかに和らいだものになる。


「……ありがとう。助かった」

「私だけじゃ駄目でした。エルナ様のおかげです」


 リリーは涙ぐんでヴィルに微笑んだ。


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― 新着の感想 ―
剣は鈍器ww レオンハルトの活躍を見てみたかったので楽しかった 一番見たい、母上のバトルシーンはあるだろうか…?
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