悪役令嬢を避けたいです
「先生、この魔鉱石はブルート王国製なんですよね。魔鉱石を爆弾にするって、可能なんですか?」
ヴィルが言っていた魔鉱石爆弾が作れないというのなら、話はだいぶ穏便になりそうなのだが。
だがダンナーは「技術的には可能だと思うよ」と、あっさり肯定した。
「ただ、どんな方法であれ、魔力が宿った石を改造して魔力を捻じ曲げることになる。それは、ひずみを生む。ろくな結果にはならないね」
忌々しいと言わんばかりに、ダンナーは眉をひそめた。
「どういうことですか?」
「少なくとも、爆発物としての破壊力がある。その上で、魔力のひずみが生じる。毒のようなものだ。程度にもよるだろうが、植物の成長に影響を与えたり……最悪、人の命にも関わるだろう。もはや呪いだね」
ブルート王国が攻めてくれば、それがこの国に使われる。そう考えるとぞっとした。
『そう。今度は、学園生活だけじゃなくて国を巻き込む事件が起きて、選択肢が国の命運を決めるんだって。結構シリアスな展開もあるのかな』
あれは、ブルート王国侵攻のことを言っているのだろうか。
だとすると、リリーの選択次第でこの国はかなり危険なことになるかもしれない。
『ブルート王国とヘルツ王国のために、協力してほしい。――俺と結婚してくれ』
エルナとヴィルが結婚すれば、本当に侵攻や戦争を回避できるのだろうか。
だが、隣国の王子であるヴィルの婚約者というのは、ヒロインのリリーから見ればライバルのポジションになる。
リリーとヴィルが普通に恋仲になればそれでいいのだが、それでは乙女ゲームは立ち行かない。
リリーは優秀だが、今のところ聖なる魔力を持っているわけではなさそうだから、切り札にはならないのかもしれない。
あるいは、仮の婚約者のエルナからヴィルを真実の愛で奪い返すという形が、ロマンス的には良いのだろうか。
聖なる魔力と結婚したいだけのヴィルとエルナでは、奪い返す愛情が元々ないので盛り上がりに欠けるとは思うのだが。
そう言えば、エルナ以外の生徒は魔力確認を終えているということになる。
リリーと約束をしていたが、誰が彼女のパートナーになったのだろう。
ダンナーに聞いてみると、「確か、第二王子だったよ」と言って書類仕事に戻って行く。
やはり、グラナートも攻略対象なのかもしれない。
だとしたら、エルナはただの邪魔者だ。
攻略対象がヴィルであろうとグラナートであろうと、今のエルナは悪役令嬢になりかけているのかもしれない。
「……どうにかして、悪役令嬢を避けなければいけませんね」
ぽつりと呟くと、エルナは屋敷への帰路についた。
「エルナ様。ブルート王国では平民の職人の中にも、議会の発言権を持つ人がいるんだそうですよ! 素晴らしいですよね」
登校したエルナのそばに来るなり、リリーはブルート王国についてあれこれ話をしてきた。
「リリーさん、詳しいですね」
「ヴィル様に教えてもらったんです。色んなことに詳しいので、私驚きました。今度エルナ様も一緒にお話を聞きましょうね」
弾ける笑顔でそう言うと、当番なのでと教室から出ていくリリー。
どうやら、ヴィルに少しは好意がありそうだ。
もともと「官吏になりたい」というしっかりとした夢を持った子だから、国の状況を把握して語れるヴィルに惹かれたのかもしれない。
非の打ちどころのない美少女リリーに好意を向けられれば、当然ヴィルだって気になってくるだろう。
隣国王子ルートなのだとしたら、悪役令嬢を避けるためにはまず、ヴィルの求婚を速やかに断わることが必須だ。
エルナはヴィルを探しに教室を後にした。
ヴィルは中庭にいた。
栗色の髪の美少年は、どうやら庭の花を見ているようだった。
「ヴィル……様。少しお話をしたいのですが」
エルナが声をかけると、何だか気まずそうに視線を逸らす。
「ヴィルでいいのに。……それじゃ、座ろうか」
ベンチに座ると、ヴィルの視界とほぼ同じになる。
そこに広がっているのは、綺麗に手入れされた花壇だった。
ヴィルは一人で、この花を見ていたのだ。
「……この庭のお花は、リリーさんがお世話しているんですよ」
エルナがそう言うと、ヴィルの肩がぴくりと揺れる。
「へえ。そうなんだ」
「はい。庭師さんとも仲が良くて、お手伝いしていると言っていました」
仲が良くてという言葉に、露骨に顔が曇る。
ちなみに、庭師はリリーのお祖父さんと同じ年らしいが、言わないでおく。
実にわかりやすい好意に、エルナは思わず笑った。
ヴィルが不思議そうにエルナを見るので、深く息を吐いた。
「求婚はお断りします。心のない求婚だとしても、もう少し言いようがあると思いますよ。……リリーさんの時には、ちゃんと伝えてくださいね」
ヴィルは目をしばたたかせ、そして苦笑した。
「エルナは、人のことなら敏いんだな」
「そうですか?」
敏いも何も、ヒロインのリリーに惹かれてしまうのはこの世界の自然の摂理である。
それに、ヴィルの態度はわかりやすい。
エルナでなくとも、リリーに好意を持っていることくらい想像がつくと思う。
「君の領地で俺が声をかけた時のことを覚えている? 王子が俺の素性を見抜いて、護衛を使って君に関わらないよう釘を刺してきた。あの時には聖なる魔力の持ち主が実在して遭遇できた喜びが大きかったんだけどな」
「その割には、だいぶ失礼な求婚でしたよ」
エルナというより、聖なる魔力と結婚したいという言い方だった。
実際、ヴィルにとってはその通りなのだろうが。
「すまない」
多分、ヴィルは馬鹿正直なのだろう。
だがあの求婚は、言われて嬉しい女性はあまりいない。
王位を狙うというのなら、もう少し人の心の機微を察した方が良いと思う。
ヴィルが言う『あの時』は、領地の祭りのことだろう。
ということは、テオドールは飲み物を買いに行ったのではなく、ヴィルに接触していたのか。
「好意ってのは、ままならないものだね。国のためには、今は必要ない感情なんだが」
「リリーさんには話してあるんですか?」
「言ってない。身分も、この国に来た目的も。俺の気持ちも」
「伝えないんですか?」
「伝えたところでどうしようもない。国のために、戦争を止められる力を手に入れるのが俺の役目だ。そこに俺の個人の感情を挟む余地はない」
そう言いながらも庭の花を見つめるヴィルの姿からは、リリーを想っているのが伝わってくる。
「王族に生まれた義務だ。グラナート王子も同じだ。……ままならないものさ」
国に必要となれば、グラナートもしかるべき相手と婚約するのだろう。
アデリナかもしれないし、他国の姫かもしれない。
そう考えると、エルナの胸がチクリと痛んだ。
「やっぱり、ここにいたんですね。エルナ様もご一緒ですか」
駆け寄ってくるリリーに続いて、グラナートとテオドールも走ってくる。
リリーはともかく、二人が学園内を走るところなど初めて見た。
何か嫌な予感がする。
「殿下がヴィル様を探しているというので、ここかと思ってご案内したんです。良かった、当たりましたね」
笑顔のリリーに対して、グラナートの表情は硬い。
「ブルート王国の兵がヘルツ王国に入りました」
ヴィルがベンチから跳ねるように立ち上がった。










