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補習をしたら、虹色に光りました

 エルナは側妃に誘拐された一件で、魔力確認の授業を受けることなく夏休みを迎えていた。

 そのまま落第することができなかったので、補習を受けることになった。

 放課後に指定された教室に向かうと、一人の男性教師が机に向かって何やら書き物をしている。


「魔力確認の補習に来ました。エルナ・ノイマンです。……ダンナー先生ですか?」


 エルナが声をかけると、ボサボサ頭の教師が手招きをする。

 入口にうず高く積まれている本に圧倒されながら、エルナは教室の奥に入った。


「ああ、やはりテオドールと雰囲気が似ているね。兄妹なだけある」


 ダンナーはエルナをちらりと見るとそう言って、箱の山から何かを探し始めた。

 この教師はテオドールの在学中にも担当していた人で、虹の聖女であるユリアのことも知っている希少な人物だと教えられた。


 ……というか、前作『虹色パラダイス』の攻略対象の一人なのではないかとエルナは考えている。


 ボサボサ頭ではあるが、不潔な身なりというわけでもなく。

 寧ろ、分厚い眼鏡の奥には整った顔が見え隠れしているし。

 年代的にも、ユリアと同世代。

 更に、ユリアを虹の聖女と知っているということからも、その疑いが濃厚である。


 優秀な研究者だけど人と関わりを持たないところを、ヒロインの魅力で心の扉を開いていく……とか、そんな感じじゃないかと思う。



 エルナが勝手な予想をしている間に目当ての箱を見つけたダンナーは、机の上に黒い石を置いた。

 つるつるに磨かれていること以外は普通の石に見えるそれに左手で触れると、右の手のひらをエルナの前に差し出す。


「これは、ブルート王国の特別製だよ。右手を石に乗せて、左手を僕の手の上に乗せてくれるかい」


 言われるままに手を乗せながら、そう言えばと思い出す。

 この授業でパートナーになってくれと、グラナートに言われたのだ。


 何の死刑宣告かと思っていたが、あれはエルナが虹の聖女と関係があるのかを調べたかったのだろう。

 というか、グラナートは魔鉱石も手をつなぐパートナーもいらなくて、名前を呼ばれれば大体わかると言っていた。


 ならば、エルナがさっさと名前を呼んでいたら、あの悲劇は生まれなかったことになるが。

 ……いや、やっぱりあの衆人環視の状況で名前を呼ぶのは無理だ。


「それじゃ、僕の名前を言ってくれる? 先生とかそういうのつけないでね、判定の邪魔になるから」

「はい」


 では、もしも授業に出ていてうっかりグラナートと組んだ日には、衆人環視の中手をつないで呼び捨てという、世にも恐ろしい事態になっていたのか。


 乙女ゲームのイベントって、恋するヒロイン以外にはえげつない。

 エルナは側妃にちょっとだけ感謝したくなった。



「……ゲラルト・ダンナー」


 エルナがその名前を口にした途端に、真っ黒だった魔鉱石が眩い虹色に輝く。

 シャボン玉のように色を変えながら虹色に光ると、やがて光は落ち着き、もとの真っ黒な石に戻っていた。


 不思議な光景にエルナは言葉を失って、魔鉱石をじっと見つめた。


「うん。やっぱり、テオドールと同じく聖なる魔力を持っているね。しかも、この輝き方からすると、君の方が強い魔力を持っている」

 この不思議な光景にも慣れているらしく、ダンナーは淡々とエルナに説明する。


「そうなんですか?」

「補習で良かったよ。授業でこんな光り方をしたら、大騒ぎになるところだ」

 それは確かに、そうかもしれない。


「ああ、懐かしい輝きだな。……ユリアは魔鉱石を爆発させていたものだよ」

 ダンナーは目を細めながら、何やら物騒なことを言い出した。


「爆発ですか?」

「ああ。研究に明け暮れて、学園の研究室に閉じこもりきりだった僕は、この光と共に扉を弾き飛ばされて外の世界に出たんだ」

 ユリアは心の扉を開くどころか、物理的な扉すら吹き飛ばしていたようだ。


「虹色に光る魔鉱石が僕の頬を叩いてくれたんだよ。おかげで目が覚めた。……聖なる魔力って本当か試してみたと言っていたな」


 頬に見える古傷を撫でながら、しみじみと語っているが、それは単に爆発に巻き込まれて扉ごと吹っ飛ばされた上に怪我をしただけなのではないのか。

 しかし、何やら幸せそうなので言わないでおこう。


 もしかしてダンナーは『聖なる魔力に浮かされた』ことでユリアに『説得』された人物の一人なのかもしれない。



「それにしても。ユリアは魔力がほとばしっていたし、テオドールも魔力の才があるのはわかったけど、君は普段はほとんどわからないね」

 魔鉱石を箱にしまいながら、ダンナーが呟く。


「魔力自体はテオドールよりもありそうだから、制御が上手いのかな」

「制御も何も。……よくわからないです」


 聖なる魔力があると言われたのも最近だし、それだってエルナはよくわからずに使用していたのだ。


「なら、抑制しているんだろうな」

「抑制、ですか」

 そうさ、とダンナーは魔鉱石の箱を机の横に置き、椅子に座りなおした。


「人はね、普段は数割程度の筋力しか使わないと言われている。全力を出すことで、筋が切れたり骨が折れたりするのを防ぐためだ」

 机の上の書類に何やら書き込みながら、ダンナーは続ける。


「それと同じだよ。聖なる魔力を使うのは負担だろうから、無意識に抑制をかけているんだろう。それに、魔力があるはずないと思っているのなら、それも抑制がかかる原因だろうね」


 どうやら、補習の内容を記入しているらしい。

 手元を覗けば、『魔力素養・あり。程度・並。系統・防御系』と書いてある。

 どうやら聖なる魔力のことは内密にしてくれるらしい。


 防御系って何だろうと思ったが、攻撃とか炎なんて書かれてそれができないと困るだろうから、無難なかわし方だと感心する。


 そう言えば、ユリアは強く願ってそれを力に変えると言っていた。

 ヒロインでもないのに聖なる魔力を持っているはずがないし、使えるはずがないという思いも影響しているのかもしれない。


「まあ、ユリアは普段から全力で、有事には更に割増で力を出せる人外の規格だったけどね」


 補習記録を書き終えたダンナーはそう言って笑う。

 あの母、本当にどれだけ物騒なんだろう。


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