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戦争回避のため、結婚を申し込まれました

「そんな。だって、聖なる魔力があったとしても、王位を奪うなんて不可能です。それに、結婚する必要があるとは思えません」

 どう考えても、一貴族の謀反として討伐されるのが関の山だ。


「いや。可能性はあります」

 グラナートはそう言うと、腕を組む。


「ブルート王国の第一王子の能無しぶりと、第二王子の勘違いぶりは国外にも知られています。ここで聖なる魔力を持つ者が伴侶となれば、有力貴族が動くでしょう」

「貴族が味方になってくれても、王位を奪うなんて」


「――できる。……ですよね? ヴィルヘルムス・ブルート第三王子」

 グラナートの言葉に、ヴィルがため息をつく。


「……さすがに、詳しいな」

「ですが、エルナさんは渡しません」

「それを決めるのは、エルナ本人だ」


 二人は静かに視線を交わす。事態を飲み込めないのは、エルナだ。


 ヴィルが王子ということは、続編のヒロインであるリリーの攻略対象の可能性がある。

 留学予定の国の王子なんて、実に乙女ゲーム向きの設定ではないか。


 ということは、ヴィルに関わるのは危険だ。

 ヒロインの恋路を邪魔するもの、それ即ち、悪。

 末路はゲームにもよるだろうが、穏やかに幸せに暮らすことは稀な気がする。



「だ、駄目です! 私は邪魔をするつもりはありませんから、冗談でも求婚とか言ったら駄目です」

「邪魔……? 冗談ではない。国のためにも、君の力が必要なんだ」

 首を振るエルナに、ヴィルは説明を続ける。


「ヘルツ王国は国を挙げて魔力を使える者を育成している。その分、同じ条件ならブルート王国よりも兵力が上になる。そこで、魔鉱石を兵器に……爆弾に加工する話が持ち上がった」


「そんなものがあれば、確かに魔法を使える兵士と同等か、それ以上の攻撃力になり得ますね。育成の手間がなくて、誰にでも使えるんでしょう?」

 テオドールの言葉に、ヴィルはうなずく。


「魔鉱石の爆弾を使うとなれば、被害は甚大だ。製作にかなりの時間と財力を要して国が貧しくなるし、使われた方は人的にも物理的にも被害が大きい。……大体、仮にヘルツ王国に勝ったとしても、その疲弊で他の国に簡単に潰されるだろう」


「では何故、そんな兵器を?」

 グラナートのもっともな問いに、ヴィルは苦虫を噛みつぶしたような表情になる。


「第一王子はそれを継承権争いに絡めて、自分の手柄にしようとしているんだろう。第二王子は、本当にヘルツ王国に勝てると思っているらしい」

 ヴィルは兄王子の思惑を、馬鹿らしい、と言い放つ。


「何か強みがあれば、有力貴族たちをひきつけられる。そうすれば、俺が王位を奪える。馬鹿げた兵器を止められるし、万が一にも戦争を起こさずに済む。……虹の聖女の噂を聞いて、藁にもすがる思いでヘルツ王国に来たが、聖なる魔力の持ち主に会えたのは僥倖だった」

 そう言うと、ヴィルはまっすぐにエルナを見つめる。


「ブルート王国とヘルツ王国のために、協力してほしい。――俺と結婚してくれ」


「勝手なことを」

「グラナート王子の周囲もごたついているだろう。有力貴族令嬢との婚約話が出ているそうじゃないか」

「話は存在する。だが、ありえない」


 グラナートが一蹴すると同時に始業の鐘が鳴った。




 教室で授業を受けながら、エルナはヴィルの言っていたことを考えていた。


 国同士の戦争なんて、避けられるものなら避けたいに決まっている。

 家族に友人に領地も、危険に晒されるのは御免だ。


 もともと跡取りでもない貴族令嬢なんて、家のために嫁に行くのが普通の世界だ。

 戦争回避のため、国のため、グラナートのためにも、ヴィルと結婚するというのもありなのかもしれない。


 聖なる魔力が必要だとヴィルは言った。

 だからこそ、エルナを蔑ろにすることはないかもしれない。

 それだけで戦争が防げるのなら、安いものではないか。


 ……なのに、エルナは結婚しますとは言えなかった。


 悩むということは、少なからずグラナートに気持ちがあるということだろうか。

 そして、グラナートに婚約話というのは、やはりあの人のことか。

 だから、エルナに噂を知っているかと聞いたのだろう。


 いや、グラナートがエルナに告白したなんて誰も知らないはずだから、あれは偶然聞いてみただけなのかもしれない。

 大体、あの告白が今も有効なのかはわからない。


 人の気持ちはうつろうもの。

 まして、王族ともなれば一時の感情に流されてはいけないのだから。



 モヤモヤとした気持ちを抱えたまま、屋敷に帰ろうと廊下を歩いている時だった。

 通りかかった教室の中から、馴染みのある声が聞こえる。

 何だろうと覗いてみると、グラナートとアデリナが二人で話していた。


 淡い金髪の王子と銅の髪の公爵令嬢は、はたから見ても絵のように美しい。

 お似合いだ、とエルナは思った。


 グラナートが何か言うとアデリナの頬が赤く染まり、二人は微笑を交わす。

 何故か心がざわついて、エルナはその場を足早に立ち去った。




「レオン兄様。殿下と有力貴族令嬢の婚約話があると聞いたのですが、本当でしょうか?」

 屋敷へ帰るなり自分の部屋にやってきた妹に、レオンハルトは肩をすくめる。


「……まずは座りなさい、エルナ。お茶を用意しよう」

「側妃の悪行が枷となって、反スマラクト王子派の有力貴族内でグラナート王子を推す流れがあるらしい。その方面から、ミーゼス公爵令嬢を伴侶にしろという圧力があるのは事実だよ」


 ああ、やはりアデリナがそうなのだ。

 先程の二人は、婚約のことを話していたのかもしれない。


 エルナは紅茶から立ち上る湯気をぼんやりと見ている。

 温かい紅茶を口にすると、レオンハルトは説明を続けた。


 ヘルツ王国王都のある王領の隣は、ミーゼス公爵領とザクレス公爵領。

 この二家が、ヘルツ王国の最有力貴族と言っていい。


 王妃の子であるグラナートがミーゼス公爵をバックにつければ、継承権見直しの可能性も高い。

 おかげで、スマラクト派の勢力に狙われているという。


 スマラクト派の筆頭が、側妃の実家であるザクレス公爵家。

 なので、対抗できるのはミーゼス公爵家くらいしかいないらしい。



「殿下はありえないと言っていましたが。……本当でしょうか」

「本当じゃないかな」


 エルナの呟きを、あっさりと肯定した。

 今の話の流れではアデリナと婚約するのが一番安全で正しいという感じだったのに、何故だろうと首を傾げる。


「グラナート王子は、スマラクト王子から継承権を返上したいと言われたらしい。だが、断ったと言っていた」


 何故そんなことを知っているのかと考えてみれば、領地での剣の稽古の時くらいしか二人に接点はない。

 あれは稽古という名の情報交換の面もあったのか。

 グラナートの話はつまり、スマラクトは次期国王にならないと言っているのか。


「王位が欲しければ、ミーゼス公爵令嬢と婚約して、スマラクト王子の申し出にうなずくだけで良い。でも、グラナート王子は王位を欲していない。……だから、心配ないよ」


 優しくなだめるような言葉に、エルナもほっとする。

 でも、何故ほっとしたのだろう。


 アデリナはテオのことを想っているから、政略結婚でその恋路が絶たれないのは良かった。

 本当に、それだけだろうか。


 心がざわついて上手く考えがまとまらないので、エルナは早めに眠ることにした。


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