微妙な動きがあるらしいです
「レオン兄様。テオ兄様はいつまでアレを続けるんですか? もう必要ありませんよね?」
エルナがそう言うと、レオンハルトは困ったように笑った。
アレというのは、変装と偽名でグラナートの護衛をすることである。
そもそもは、国王に相談されたユリアがテオドールを護衛につけたのが始まりだ。
紅の髪のテオ・ベルクマンとしてグラナートのそばにいたのは、テオドールの素性と虹の聖女ユリアの存在を隠すためだったのだろう。
だが、側妃に狙われることはなくなったのだから、もう必要ないはずである。
学園で『テオさん』に接するのもなかなか面倒だし、変な誤解も受けやすい。
アデリナに安心してほしいし、テオドールの本来の姿を見せてあげたいという気持ちもある。
今までと変わりすぎて恋が冷める可能性はあるが、あのピュアぶりからすれば問題ない気がする。
「うーん、難しいな」
レオンハルトは微妙に言葉を濁す。
「難しいんですか?」
「スマラクト殿下とグラナート殿下の継承権をめぐって、微妙な動きがあるみたいなんだよね」
「またですか? 側妃様はいないのに?」
「表向きは病気静養だが、塔に幽閉されているから今回は関係ないんだけど。それを察した貴族達の一部が、何かしているみたいなんだ」
「何か、というと」
「まあ、簡単に言うと、グラナート殿下の身に危険が及ぶ可能性がある。だから、護衛を解除できない。何せ、呪いの魔法に対応できる護衛なんて、他に見当たらないからね」
呪いの魔法と聞いて、側妃が使った魔法を思い出す。
あの、モヤモヤとしたものは、よくない。
実際にグラナートの母である王妃はあの魔法で命を落としているのだ。
「呪いの魔法って、そんなに簡単に使えるものなんですか」
「まあ、滅多にいないだろう。でも、ゼロじゃない」
「そうなんですね」
可能性があるのなら、対策は必要なのだろう。
「直系王族な上に魔力に優れているグラナート殿下を狙うのなら、どうにかして呪いの魔法を使うのが確実だろう。剣の腕も悪くなかったし、テオドールもついているからね」
どうやら領地での稽古は、グラナートの剣の腕前を確かめる意味もあったらしい。
弟の護衛対象の実力を知りたいというのは、テオドールの身を案じてのことだろう。
なんだかんだで、レオンハルトは弟妹に優しいのだ。
「でも、テオ兄様がいるなら、呪いの魔法を使っても無駄なのでは?」
「四六時中一緒というわけにはいかないから、隙を狙えば可能だろう。だから、今テオドールは騎士見習いの宿舎を出て王宮に住み込んでいるよ」
「そうだったんですか?」
初耳だが、そう言えば以前に『ここ数日は自室に帰れなかった』と言っていた。
あれは、王宮にいたから宿舎の自室に戻れなかったということだったのか。
「そんなに危険なんですか?」
「うーん。それもあるけど、一番はテオドールの聖なる魔力の使い方の問題だな」
「使い方、ですか?」
そう言えば、エルナはテオドールが魔法を使うところを見たことがない。
最近まで聖なる魔力どころか、魔法自体をよく知らなかったのだから、当然と言えば当然だが。
「反撃型だから、攻撃されないと使えないんだよ。しかも、基本的に自分と限られた周囲にだけ発動する。だから、そばにいないと意味がないんだ」
なるほど。それなら、確かに住み込みでそばにいないと護衛にならない。
「ということで、しばらくテオドールの髪は赤いし、テオ・ベルクマンのままだ。がんばれ、エルナ」
「……はい」
レオンハルトに励まされ、エルナは力なく返事を返した。
「ちょっと、話したいんだけど」
登校するなり、エルナはヴィルに呼び出された。
教室にいた令嬢達の視線が痛い。
その中には、よくエルナに色々言っていたリーダーの姿があった。
確か伯爵令嬢だっただろうか。
知った顔が残っているのは何となく嬉しいが、このシチュエーションはあまり好ましくない。
他国の貴族の美少年ヴィルは目立つのだ。
「行かないと駄目ですか?」
思わず正直に聞くと、ヴィルは笑った。
「きゅうこんの話をしたいんだけど」
空いている教室に移動するなり、ヴィルが尋ねてくる。
「きゅうこん? お花ですか? 球根なら、リリーさんがお庭の世話をしているので、詳しいですよ。聞いてみましょうか?」
今日も庭で水を撒いているだろうから、呼んで来ればいい。
教室を出ようと扉に手をかけるエルナを、ヴィルが止める。
「いや、待って。そうじゃなくて」
「でも、私は球根に詳しくないので、教えられることはないのですが」
こういうことは、詳しい人に聞くのが一番だろう。
ヴィルが花に興味があったとは意外だが、せっかくだから他国の花を知りたいという好奇心は理解できる。
多分、旅行先で名物を食べたいのと同じことだろう。
田舎のノイマン領にいたのも、花を見るためだったのかもしれない。
それなら、あの祭りにいたのも納得だ。
「いや、だから。……全然、伝わらないね。これは、王子も大変だ」
何故かヴィルは楽しそうに笑いだした。
「何が大変ですか」
エルナが手をかけていた扉が開いたのでびっくりして下がると、グラナートとテオドールが教室に入ってくる。
「王子様は耳が早いね」
「……どういうつもりですか」
ヴィルはすぐには答えずに、グラナートの背後に回り、扉を閉めた。
「エルナに求婚したんだけどさ、あしらわれた。……というか、まったく伝わらない。王子も苦労するね」
「求婚?」
求婚ってもしかして、領地の祭りでのあれのことか。
「でも、あれはお祭りジョークでしょう?」
よく考えると他国の貴族であるヴィルが、この国の地方の風習を何故知っているのか疑問ではあるが。
「俺は、本気だよ。――君が虹の聖女なんだろう?」
グラナートとテオドールが眉を顰めるのが見える。
何故、虹の聖女を知っているのだろう。王子であるグラナートですら、伝説に近い話と言っていたのに。
ユリアも極秘事項と言っていたから、知っている人など限られているだろうに。
ヴィルの言い方は、虹の聖女の存在を確信しているように見える。
「……違いますよ」
「でも、聖なる魔力は持っているだろう?」
「それは……」
「どういう、つもりですか」
グラナートの問いには答えず、ヴィルは椅子に腰かけた。
「ブルート王国の国王は、重い病気で先は長くない。次代をめぐって、能無し第一王子と勘違い第二王子が争っている。おかげで、国内は混乱中」
急に国の情勢を話し出したヴィルの思惑がわからない。
「その上、近年の魔鉱石の原石値上がりで、国力も低下中だ」
そう言えば、以前レオンハルトが『最近、魔鉱石の原石が値上がりしている』と言っていたが、そんなに深刻な事態だったのか。
ブルート王国は資源がないと言っていたから、相当なダメージになっているはず。
グラナートが静かに聞いているところを見ると、既に知っていたのだろう。
「そんな中、原石が豊富な隣国に戦争を仕掛けるという話まで出てくる始末だ。状況を打開するには、ヘルツ王国と貿易の協定を結ぶなりすればいい。……だが、俺には難しい」
確かに、貴族一人が異を唱えても、なかなか伝わらないだろう。
「王位を奪い取ればいいのかもしれないが、王子達にはそれぞれ有力貴族が背後についている。あいつらを動かせるだけの何かを、俺は欲していた」
ヴィルは物騒なことを言うと、エルナを見据える。
「――だから、俺は聖なる魔力を持つ聖女が欲しい」









