麗しすぎて胸焼けします
「エルナ様、おはようございます。体はもう大丈夫ですか?」
教室に着くや否や、虹色の髪の美少女が駆け寄って来る。
相変わらず、溢れ出るヒロインオーラが眩しい。
だからこそ『虹色パラダイス』のヒロインではない事実が信じられなかったが、結局のところ続編でヒロインのようなので納得である。
「おはようございますリリーさん。思う存分眠りましたので、もう大丈夫です」
返される笑顔も可愛らしい。
ああ、どうせ乙女ゲームに転生するのなら、ヒロインに恋するモブ男で良かったのに。
「何となく、生徒が減っています?」
登校してからすれ違う人の数が、今までよりも少ない気がする。
「そうですね。入学時の人数から、二年に進級するのは三割。三年生になるのは一割と言われていますから」
それはまた、思っていた以上に生徒数を絞るものだ。
「二年生になれた時点で、平民でも職には困りません。三年生になれれば、文官でも武官でも上の方に食い込めますし、貴族としても箔がつきます。ついでに、嫁や婿としても人気です」
「そういうリリーさんは勿論」
「三年生での特待生獲得と留学が目標です!」
嬉々として語るリリーだが、彼女の能力的に十分可能だ。
というか、それこそ留学先に続編のロマンスが転がっているのかもしれない。
「留学って、どの国に行くか決まっているんですか?」
リリーの行く先に、ロマンスは訪れる。
言い換えれば、その国では何らかの事件が起こる可能性が高いのだ。
事前にわかるものなら、知っておいて損はない。
「友好国三国から選べるみたいです。農業の国オッソ、技術の国ブルート王国、芸術の国アレーヌ共和国。……どこも気になりますよね。迷います」
苺のケーキか葡萄のタルトか悩んでいますとでも言いたげな、幸せそうな話し方。
リリーは留学して官吏になりたいという夢に向かってまっしぐらである。
モヤモヤと悩んでいるエルナには、その眩しさが羨ましかった。
三国の特徴を熱く語るリリーの後ろから、銅の髪の美しい令嬢がやってくるとエルナの前に立ち止まった。
黄玉の瞳が美しい、アデリナ・ミーゼス公爵令嬢だ。
相変わらずメリハリの効いたナイスバディで、女のエルナも見惚れてしまう。
「あなた、もう大丈夫ですの?」
何を食べたら、そんな羨ましくもけしからん体になるのだろうと思っていると、アデリナに声をかけられた。
「アデリナ様も、エルナ様が学園に来ないのを心配していたんですよね」
「キールさん、それは」
「あ、リリーって呼んでくださいと言ったじゃないですか」
いつの間にか、リリーとアデリナが仲良くなっている。
悪役令嬢だろうというのもエルナの思い込みだったわけだが、この分では続編でも違うようだ。
美人の公爵令嬢なんて、格好の悪役令嬢ではあるが……これを超える配役は難しそうだ。
「エルナ様がいないのを殿下に報告した後に、皆で探していたんですけど。アデリナ様が不審な女生徒と歩くエルナ様を見たって、テオ様に教えてくれたんですよ。おかげで、足取りがつかめたって殿下も仰っていました」
「テオ……さんに、報告してくれたんですね」
危うくテオ兄様と口にしそうになる。
テオドールは、テオ・ベルクマンとして護衛を続行中なので、それは言ってはいけない。
夏休みは終わったのだから、気を引き締めなければ。
「ち、違いますわ。たまたまテオ様がいらしたから、それで」
どうやら、アデリナはエルナが言い淀んだのを、違う意味で解釈したらしい。
そう言えばこの公爵令嬢は、テオのことが好きなピュア令嬢だった。
「アデリナ様がテオさんに報告してくれたおかげで助かりました。もう平気です。ありがとうございます」
お礼を言いつつ、『テオさんに報告』を強調してみる。
アデリナは赤くなって、何やら呟いている。
こんなにピュアな令嬢を、悪役令嬢かもしれないと言っていた自分に反省だ。
「ところで、あなた」
「エルナでいいです」
「エ、エルナ、さん」
ぎこちなくそう呼ぶと、アデリナは何か言いにくそうに重い口を開く。
「……エルナさんは、噂は知っていますの?」
「噂? 何の噂ですか?」
何のことかわからずに首を傾げる。
「……なら、よろしいですわ。ごきげんよう」
エルナの質問には答えず、アデリナはそのまま去って行った。
テオドールでからかったから、気分を害したのだろうか。
ちょっと調子に乗りすぎたのかもしれない。今度、アデリナには謝ろう。
ざわざわと教室が騒がしくなったので見てみると、見たことのある栗色の髪の美少年が教室に入ってきたところだった。
「……ヴィル?」
エルナの呟きに気付いたのか、ヴィルはこちらに駆け寄ってくる。
「エルナ、久しぶりだね」
栗色の髪に赤鉄鉱の瞳。間違いなく、ノイマン領の祭りで会ったヴィルだった。
何故、田舎の領民が王都の学園にいるのだろう。
もちろん優秀な平民なら、問題なく入学できる。
だが、平民が入ればリリーの時のように噂になるので、知らないとは考えにくい。
ということは。
「ヴィル、あなた貴族だったんですか?」
「ブルート王国の方ですよ」
聞き慣れた声に振り向けば、淡い金髪と柘榴石の瞳の美少年。
今日は朝から美男美女祭りだ。
もう、お腹いっぱいだ。麗しすぎると胸焼けするということを、エルナは知った。
領地の平凡にして平和な風景が懐かしくなる。
海外に行って和食が恋しいというのは、こういうことかもしれない。
「ブルート王国って、友好国の一つですよね」
エルナが確認すると、ヴィルがうなずく。
王族のグラナートが知っているのだから、ヴィルはかなり上流の貴族なのかもしれない。
でも、だったらなんでノイマン領の祭りなんかにいたのだろう。
上流貴族って、よくわからない。
「ブルート王国ですか! 技術大国で、特に魔鉱石の加工は他の追随を許さないんですよね」
ブルート王国の名前に、リリーが食いついた。
留学先の候補として挙がっている国なので、興味があるのだろう。
「そうだね。だけど、資源は乏しいから、原料が入らなければ一気に厳しくなるよ」
「なるほど、技術大国にも悩みはあるんですね」
一瞬、ヴィルの表情に影が差したように見えたが、見間違いだろうか。
確認しようにも、ヴィルは笑顔でリリーに国の説明を始めたので、よくわからなかった。
 









