続編ってなんですか
「今日もいい天気ですね」
窓を開けると、視界には緑の森が広がる。
それだけで空気もおいしく感じられるのだから、我ながら単純だと思う。
グラナートの衝撃の告白から数日後。
夏休みに入ったエルナは、ノイマン子爵領の屋敷にいた。
自分が乙女ゲーム『虹色パラダイス』の世界に転生したと気付いたのは、学園の入学式の時。
それからずっと、虹色の髪の美少女リリーがヒロイン、金髪の美少年グラナート王子が攻略対象なのだと思って関わらないように努めた。
だが結局のところ、『虹色パラダイス』のヒロインはエルナの母で、物語はとっくに終わっていたと知ったのだ。
同時にグラナートに告白されたのだが、色々一気に起きて頭がパンクしたのと、聖なる魔力を使って疲労したのが相まって「考えさせてください」と言った後に意識を失い、その後は熱を出して数日寝込んでしまった。
眠っている間、エルナは日本の夢を見ていた。
「聞いて! 『虹パラ』の続編が出るんだって!」
「あの、血まみれヒロインのゲーム?」
「そう。今度は、学園生活だけじゃなくて国を巻き込む事件が起きて、選択肢が国の命運を決めるんだって。結構シリアスな展開もあるのかな」
「大きく出たわね」
「前作であまり登場しなかった魔法も、今回はしっかり取り入れられるって言うから、張り切って魔力上げてバンバン魔法使いたいね!」
「……乙女ゲームだよね?」
「そうよ! でも、まだ攻略対象が公開されてないんだよね。イケメンヘタレ王子並みの格好いいのを期待しちゃうわ」
「またヒロインは物騒な感じなの?」
「うーん、それもまだわからないんだけど。同じキャラじゃつまんないし、今度は王道ヒロインかもね。国を救うなんて、まさに王道でしょ?」
「そう言えば、結局サンマーメン食べたの?」
「まだなの。今日こそ、挑むわ」
「サンマが乗っているの?」
「塩焼きが乗っているって聞いたんだけど、本当かな」
また、半端な情報だ。後半はゲームの話ですらない。
今回はパッケージイラストすらない、ざっくりとした情報だけ。
いっそ知りたくなかったと、エルナは落胆した。
だが『虹色パラダイス』は、ヒロインの髪の毛が虹色という明後日な方向に斬新な設定が受けた乙女ゲームだ。
ここはやはり、続編もヒロインの髪の毛が虹色と考えるべきだろう。
そうでなければ、何が虹色のパラダイスなのかわからない。
そして、虹色の髪の毛に容姿端麗、魔力バッチリと言えばリリーだ。
更に平民で成り上がり要素も持ち合わせており、完璧な設定だ。
あの溢れるヒロインオーラは続編のヒロインだからと言われれば、納得である。
他に虹色の髪の人物を見たことはないし、もしもまた時間軸が違うのなら無関係でいられるのだからそれはそれで問題ない。
今は、念の為に対策を練っておくだけだ。
となると。
この場合、攻略対象は誰になるのだろう。
顔がいいことは乙女ゲームの最低限の条件としても、国を巻き込むというからには王族は外せない気がする。
入学式にリリーとイベント的な出会いもしているし、やはりグラナートだろうか。
いやまて。グラナートの父親である国王は、前作のメイン攻略対象だ。
つまり、正規ルートでは『虹色パラダイス』のヒロインは王妃になっているはず。
これでは前作ヒロインは死んでいるという何とも報われない話になってしまうし、他の攻略対象を選んだ人からすれば納得がいかない展開だろう。
人気作のイメージを悪くするような設定になるとは考えにくい。
スマラクトも同様だ。
前作ヒロインを殺した女の息子と、乙女なロマンスする気持ちにはなれないだろう。
どちらかというと、それは昼のドラマだ。
実際のところ、ヒロインであるエルナの母はノイマン子爵夫人になっているのだから、国王は関係ないと言えば関係ない。
だが、パッケージを独り占めしていたメイン攻略対象を押しのけて、マイナーなルートのその後を描くだろうか。
となると一体誰が。やはり新キャラだろうか。
何にしても乙女ゲームである以上、ロマンスがあるはずだ。
そして、何の障害もない乙女ロマンスはありえない。
そんなものは、カップラーメンができるよりも早く攻略されてしまう。
国を巻き込む事件とやらもロマンスに関わるだろうが、やはり恋のライバルキャラ的な悪役令嬢もいるのではないか。
そのあたりとも関わらないようにしなければ。
国を巻き込む事件など、こちらの身が保たない。
それにグラナートに告白されたが、エルナは自分の気持ちがわからなかった。
乙女ゲームのキャラクターとして見ていたので、まったく意識をせずにいたのだ。
テレビの中のアイドルと同じだ。
それも、特にファンでもなかったイケメンアイドルだ。
いくら格好良くても関心がないし、生きている世界が違う。
『虹色パラダイス』という枷が外れて、一人の人間として見ようとするが、そうなると今度はいろんなことが気になりだす。
グラナートは王子で、エルナは田舎の子爵令嬢。
平民よりはマシとはいえ、身分の差があるのは否めない。
グラナートは一人でパッケージを飾れるほどの美少年の息子。
淡い金髪に柘榴石の瞳が美しい、紛うことなき麗しい王子様だ。
対して、エルナは濃い灰色という地味な髪色に、水宝玉の瞳の立派な平凡顔。
絵面がどうかと思うのだ。
やはり、麗しい王子様には、美しいヒロインが合うのではないか。
エルナだって年頃の女の子なので、美少年に好意を伝えられれば嫌な気持ちはしない。
少なくともグラナートのことが嫌いというわけではないし、律儀なところは評価している。
だが、好きなのかと言われれば、肯定も否定もできない。
いっそ顔にひとめぼれするなり、嫌いになっていればこんなに悩まなくても良かったのに。
あれこれ考えていると、だんだんわからなくなってくるのだ。
それに、何を言われても聞き流していたので大丈夫だったが、枷が外れてしまえば恥ずかしいし緊張する。
よく考えると、グラナートは何だか凄いことを言っていたような、いないような。
正直、許容量を超えているので、ちょっと距離を置きたい。
続編と関わる可能性もあるのだから、なおさら距離を置きたい。
そんなことを悶々と考えていたら、下がる熱も下がらない。
周囲は聖なる魔力を使った疲労だろうと思っているが、ただの考えすぎによる発熱である。
グラナートから見舞いの花は届いていたが、面会は断った。
発熱の原因に会うわけにはいかない。エルナの体力も精神力も限界だった。









