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番外編 グラナート・ヘルツ 1

 エルナ・ノイマン子爵令嬢が虹の聖女の関係者かどうかは、グラナートの名前を呼んでもらえばすぐにわかる。

 それだけのはずだった。


「王子が一人の女生徒に名前で呼ぶことを請うなんて、ありえませんよ。特別ですと言っているようなものです」


 テオドールの忠告を無視して、何度かエルナに名前を呼んでくれるよう言ってみるが、なかなか上手くいかない。

 半ば意地となって続けていたのだが、王子である自分に全く媚びないどころか、一目散に退散していく姿に興味を持ち始めた。

 少し話をしてみたいと思った。


 それが、始まりだったと思う。



 ********



「楽だからと手に入れて、それで悪い事が起きなかったらいいのでしょうか。悪い事や嫌な事なんて、生きていれば沢山あります。何の危険もないものなんて存在しません。大切なものなら、自分も守る努力をしたらいかがですか」


 それまで挨拶くらいしかまともに会話したことのなかったエルナの言葉に、衝撃を受けた。

 母が呪いの魔法で亡くなって、グラナート自身も命を狙われ続けて。

 確かに災いを避けようという気持ちが強かったことに気付かされた。

 大切なのは、何もないように避けることだけじゃない。

 災いが起きたとしても立ち向かえることが、大事なのではないか。


 今考えればその通りなのだが、この時のグラナートにはそう考える余裕がなかった。

 目から鱗というのは、このことだと思った。


 もっと話をしてみたかったが、エルナは一目散に退散してしまった。

 ふがいないことを言った自分の言葉を謝りたい。

 もっと、色んな話をしてみたい。

 だから、彼女の後を追ったのだ。



 ********



「――その手を離せ」


 自分でも驚くほど低い声が出た。

 体の奥で、何かのたがが外れそうになっているのがわかる。

 男がエルナの腕をひねり上げ、彼女が苦痛に声を漏らした。

 その光景に、グラナートの中に怒りがこみあげてくる。

 視界が赤く染まりかけたその時。


「あなたも、落ち着いてくださいよ」


 テオの言葉で我に返る。

 エルナは、無事だ。

 大丈夫、生きている。

 息を吐くと同時に、ざわついた魔力が落ち着いていくのがわかる。


 ああ、そうか。

 どうやら、彼女を失いたくないらしい。

 グラナートは、ぼんやりとそう思った。



 ********



 側妃の呪いの魔法が、エルナの投げたハンカチで霧散する。

 嘘のような光景に、グラナートはエルナの方へ振り返った。

 そして、見てしまった。


 そこにあったのは、澄んだ水宝玉(アクアマリン)の瞳。

 そして、その中に夢のように浮かぶ、煌めく虹色の光。


 なんて、美しいのだろう。

 きらきらと光を反射して輝く様は、泉に七色の宝石を散りばめたかのようだった。

 この美しい瞳を、ずっと見ていたい。


 それがどういう意味なのか、グラナートにも何となくわかりかけていた。

 だが、本当の意味でわかるのは、もう少し先の話だった。



 ********



「……グラナート、殿下?」

 エルナが呟いた言葉に、鼓動が跳ねた。


 心臓が張り裂けそうだった。

 苦しくて……それでいて、温かい気持ち。


 ――好きだ。


 急激に熱を持つ顔を、手で覆うようにしてうつむく。

 鼓動は早くなるばかりで、エルナに聞こえてしまうのではないかと心配になった。


 かつて名前を呼んでくれと言っていた自分を、たしなめてやりたい。

 公衆の面前で名前を呼ばれていたら、大変なことになっただろう。

 わかっていなかったのだ、彼女の魔力を。

 テオドールに呼ばれても平気なのだから、虹の聖女の子供だからというのは関係ない。



 エルナの言葉だけが、グラナートの鼓動を跳ねさせる。

 エルナの瞳だけが、グラナートを魅了する。



 気付いてしまったら、もう戻れない。

 彼女はきっと、グラナートの気持ちを知らない。

 だが、のんきに待ってなどいられなかった。


「ずっと僕のそばにいてほしい。あなたの瞳を見ていたい。あなたを誰にも渡したくない」


 エルナの頬が赤らんでいるのがわかる。

 少しは期待をしても、いいですか。

 あなたを誰にも渡すつもりはありませんから、覚悟してくださいね。


 グラナートは逸る心を抑えきれず、笑みをこぼした。



「――あなたが、好きです」



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