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話を、しましょう

 ふと目が覚めて、あたりを見回す。

 誰もいないのは、テオドールが去ってから間もないからだろうか。


 体はまだだるいが、ようやくすっきりと目が覚めた気がする。

 エルナはベッドから下りると、ゆっくりと伸びをした。


 風にあたりたくてバルコニーに出ると、揺れる灰色の髪をかき上げる。

 随分と風が暖かくなってきた。


「そろそろ夏休みですね」


 日本と同じく、春に入学して夏休みがある。

 早く落第すれば一年生の夏休みで学園が終わると聞いたが、エルナはどうなるのだろう。

 自覚して使えないとはいえ、聖なる魔力があるとなれば、やはり進級するのだろうか。


「早く領地に帰りたいですね……」

「エルナさん、起きて大丈夫ですか?」

 しみじみと故郷を想っていると、心配そうに金髪の美少年が駆け寄ってくる。


「はい、殿下。ようやく目が覚めました。ご迷惑をおかけしました」

「少し話をしたいのですが。……とりあえず、中に入りましょう。暖かくなったとはいえ、風にあたりすぎるのは体に良くない」


 グラナートに手を引かれ、室内に戻る。

 そういえばグラナートが手に触れてくることが多い気がする。


 一国の王子たるもの女性にスマートに触れて当然なのかもしれないが、これも乙女ゲームの世界ゆえの一種の呪いなのかもしれない。

 促されるままソファーに腰をおろすと、何故かグラナートも隣に座った。



「……名前を」

「はい?」

 横に座っているので、話をするには自然と体と顔をグラナートの方へ向けることになる。


「名前を呼んでくれないのかと言ったのを、覚えていますか?」


 学園でのことなら、もちろん覚えている。

 死刑宣告に等しいので回避していたが、それでも令嬢達に絡まれたのだ。

 あの時は『虹色パラダイス』の王子に関わりたくなくて、まともに会話もせず避けていたけれど。


「そういえば、何故あんなことを言ったのですか?」


 その後、グラナートの名前を呼んだ令嬢が不敬だと叱られたと言っていたから、悪質な罠なのかと思っていたが。

 話をしてみると律儀だし、グラナートはそんな質の悪い遊びをするようには思えなかった。


「テオが遠い親戚だと言っていたので、もしかしたらあなたも虹の聖女の関係者なのかと思いまして」



 何でも、グラナートは名前を呼ばれれば大体の魔力の質がわかるのだという。

 魔力確認の講義では、二人一組で特別な魔鉱石を使って名前を呼ぶことで、魔力の強弱や系統がわかると言っていたが。


 グラナートは魔鉱石なし、一人でも大丈夫というのだから、さすがは王族というところか。

 テオドールが王族の中でもグラナートはずば抜けていると言っていたから、それもあるのかもしれない。


「けれど、あなたは殿下としか呼んでくれないので、いつまで経ってもよくわからないままだったんです」


「そうだったんですか。でも、王子を突然名前で呼ぶのは無理です」

「でしょうね。でも、僕も意地になってお願いしましたが……今となっては、あの時にエルナさんが僕の名前を呼ばなくて良かったと思います」


「はあ、そうですか」

 どういう意味か分からないが、悪意があったわけではないようで安心する。


「……わかっていないようですね」

「すみません」

 とりあえず謝るエルナに、グラナートは苦笑した。



「最初は、テオに付き合って挨拶していただけです。それが、意地で名前を呼ばせたくて、次第に話がしたくなった。気付き始めたのは、あなたが王都で襲われていたのを見た時。心配だったし、怒りが湧いてきました。テオが止めてくれなければ、僕の魔力は暴走したかもしれない」


 何の話かいまいち分からなかったが、真剣なグラナートの様子におとなしく耳を傾ける。


「あなたが攫われたと聞いた時は、血の気が引く思いでした。ようやくあなたを見つけて、心から安心しました。……それでも、僕はまだわかっていなかった」

 グラナートはそう言ってエルナの方を向いたので、顔を見合わせる形になる。


「あなたに名前を呼ばれて、ようやく気が付きました」

 柘榴石(ガーネット)の瞳が輝いて、美しいなとエルナは思った。

 三十九番の刺繍糸の、『グラナートの赤』の異名は間違っていない。


「――あなたが、好きです」



「え?」

 突然の言葉に、エルナは言葉を失って固まる。


「あなたに名前を呼ばれた時の僕の衝撃がわかりますか? 胸が張り裂けそうで、苦しくて、愛しかった」

 グラナートは呆然とするエルナの手を、そっと包みこむように握る。


「ちょ、ちょっと待ってください。す、好きって。リリーさんは?」

『虹色パラダイス』のヒロインではなかったけれど、二人はいい感じだったのではなかったか。


「リリーさんは僕よりも先に、僕の気持ちに気付いていました。あなたが攫われた時に『大切なエルナ様を守ってください』と言われました。あれは、僕にとって大切なひと、という意味だったようですね」


「だ、だってアデリナ様が婚約者候補だって……」

「ミーゼス公爵令嬢は顔見知りですが、彼女には想う人がいます。ご存知では?」


「そ、それは……」

 確かに、アデリナはテオが気になっている様子だったが、何故グラナートが知っているのか。



「私が虹の聖女の娘で聖なる魔力を持っているみたいだからといって、何もそんな形で保護しなくてもいいでしょう。将来の殿下のお妃様に失礼だと思います」


「それなら心配いりません。僕が妃にと望むのは、あなただけですから」

「妃って…!」


 エルナは混乱した。

 ヒロインでもないエルナに何を言い出すのだろう、この王子。


 ……いや、『虹色パラダイス』は母の物語なのだから、グラナートは関係ない。


 ここにヒロインはいないし、攻略対象の王子もいない。

 いつの間にか、自分が『虹色パラダイス』ありきで物事を考えていたことに気付く。


 リリーとグラナートは結ばれるのだという大前提があって、二人を見ていた。

 何を言っても、何をしても、それはゲームのシナリオなのだろうと。


 だが、違った。

 グラナートは、自分自身の意思で言葉を紡いでいるのだ。


 そう気付いた瞬間に、エルナの中で彼の言った言葉がどんどん膨らんでいく。

 これまではゲームのキャラクターとして見ていたグラナートを、初めて一人の人間として認識し始めた。



 この世界は、ゲームじゃない。

 『虹色パラダイス』の世界だとしても、その中の人々はちゃんと生きている。

 そんな当たり前のことに、今になってようやく気付くことができたのだ。


 でも。だとしたら。

 ……グラナートは今、何と言った?


 エルナは急速に頬が赤らんでいくのが分かった。



「それに、聖なる魔力が無いならその方がいい。虹の光が浮かんだあなたの瞳は、とても美しい。誰にも見せたくありません」

 赤くなる顔を見せたくなくて手を振りほどこうとするが、グラナートは離さない。


「聖なる魔力なんてなくても、僕にとってはあなたが虹の聖女です」

「や、やめて」


「ずっと僕のそばにいてほしい。あなたの瞳を見ていたい。あなたを誰にも渡したくない」


 理解が追い付かず、どうしようもなく胸が苦しくなって、エルナは首を振る。

 グラナートは『虹色パラダイス』のパッケージの王子のように、目を細めて極上の笑顔を浮かべた。


「――あなたが、好きです」



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