教室がカラフルです
「……うわあ」
エルナの視線の先には、虹色の髪のヒロイン、金髪の王子、銅の髪の美女。
入学式の後にクラスごとに分かれたものの、見事にヒロイン達と同じクラスではないか。
これは運が悪い。
いじめとか派閥とか、本当に面倒くさいので勘弁していただきたいのだが。
「あの虹色の髪の子でしょう? 殿下に失礼をはたらいたというのは」
「平民の出だと聞きましたわ」
「ミーゼス公爵令嬢が黙っていませんわよ」
ひそひそと話す生徒たちの声が聞こえる。
銅の髪の美女はどうやら公爵令嬢らしい。
よくあるパターンだ。
平民のヒロインを引き立てるためには、真逆の立場が分かりやすい。
地位や美貌に頭脳や財産など、少なくとも一つはヒロインに勝っていなければライバルにはなり得ないのだ。
まあ、すべて勝っていたとしても、天下無敵のヒロインパワーの前にひれ伏すことになるのだろうが。
これはいけない。
絶対にもめ事が起こる。
はたしてイベントの強制力のようなものが存在するのか不明ではあるが、無いという保証はない。
入学式早々、王子に突っ込んで転ぶという凶悪なハプニングが起きているところを見ると、むしろあると考えるのが自然だろう。
「もめますね。もう、絶対にもめるに決まっていますよね」
そこでなんやかんやで恋が芽生えたり嫉妬の炎が燃え上がったりするのだろう。
何故なら、『虹色パラダイス』はロマンス輝く乙女ゲーム。
出会って恋をして祝福されて終わったら、三分でクリアできてしまう。
「当事者だけで進行してくれるでしょうか。やはり周囲も巻き込まれるのでしょうか?」
貴族のはしくれとして貴族令嬢側につけば、ヒロインと攻略された取り巻き達に目をつけられ。
同情してヒロイン側につけば、貴族社会的によろしくないことが起こりかねない。
そういえば、他にも攻略対象はいるのだろうか。
パッケージを飾っていたのだからメインは金髪王子だとしても、他に何人かいるのかもしれない。
普通は、いる。
隠しキャラクターが存在する可能性だってゼロじゃない。
それはつまり、その分だけ関わる人間がいてイベントがあるわけで。
当事者には恋を育む甘い出来事も、他人にとってはただのもらい事故。
巻き込まれるのは、御免である。
これは、どうにか傍観者。
いや、風景の一部となって、関わらずに過ごさねばならない。
「私は空気。私は空気」
学生生活の抱負を呟きながら、静かに教室の端を移動する。
それにしても、虹色のヒロイン、金色の王子、銅の公爵令嬢と華々しい色合いである。
若干目に痛いと感じるのは、日本の記憶がよみがえったからなのだろうか。
ヒロインは平民らしいので一人だが、公爵令嬢には取り巻きとおぼしき令嬢が、王子には護衛だか侍従だかがついている。
王子についている男性も鮮やかな紅の髪だ。
身分が上がると髪の色が派手になる決まりでもあるのだろうか。
確かに、髪の色が他と違えば視認性は格段に高くなる。だとすれば虹色の髪の美少女は、この上ない武器を持ったヒロインなのかもしれない。
そんなことを思いながら紅の髪を見ていると、ふと王子のそばにいる男性と目が合った。
「……え? テオに」
「やあ! ひさしぶりだな」
エルナが喋り終えるよりも早くこちらに近づくと、正面に立つ男性。
見慣れた黒曜石の瞳のその人は、確かにエルナの兄だった。
エルナ・ノイマンはノイマン子爵家の令嬢だ。
ノイマン子爵は、田舎の領地をこよなく愛する穏やかな人物。
子爵夫人はそんな夫と共に、決して大きくも豊かというわけでもない領地を支えている。
子爵家には子供が三人。
長男は王都の屋敷と領地を行ったり来たりで、父を支え。
次男は王都で騎士になるべく励み。
末の娘であるエルナは、この度学園に通うべく王都にやってきた。
……はずである。
目の前の黒曜石の瞳は、確かに次兄テオドールのもの。
しかし、髪は燃えるように鮮やかな紅。
見慣れた黒髪ではない。
「……遅い反抗期ですか?」
「何がだ?」
エルナなりに兄の変化の理由を考えてみたのだが、どうも違うらしい。
これだけカラフルな髪が溢れた世界では、ちょっと気分転換くらいの軽いノリで髪は紅になるのかもしれない。
「……だめですね。あっちとこっちの常識が混ざってきました」
「何の話をしているんだ、エルナ」
「いえ、こちらの話です。お気になさらず」
とりあえず、兄のテオドール本人で合っているようだった。
髪の色は黒から紅になっているし、そもそも学園に入学する年齢ではないし、騎士になるために励んでいるのではなかったのか。
「色々気にはなりますけれど。とりあえず、レオン兄様はご存知なのですよね?」
質問というよりは確認の言葉に、テオドールはうなずいた。
「勿論だ。俺、テオ・ベルクマンはグラナート殿下の護衛の任に就いている」
テオドール・ノイマンという子爵令息ではない。
エルナの兄ではない。
そういうことにしていると、暗に告げられた。
「そうですか。頑張ってください。それでは失礼します」
軽く礼をするとテオから素早く離れて、自分の席に座る。
何が何だかさっぱりわからないが、どうやらテオドールとして接するのは困るらしい。
エルナだって、王子の護衛なんてこっちとしても関わりたくない。
少しテオと話しただけで、周囲の令嬢の視線が痛いのだ。
ヒロインも一瞬こちらを見たし、公爵令嬢にも睨まれた気さえする。
美人の視線は殺傷力が高いので、本当にやめてほしい。
――目立つの、ダメ、ゼッタイ。
何としても平穏な学園生活を送るのだ。
空気、空気になるのだ。
心に空気の二文字を刻んだエルナは、当たり障りのない笑みを浮かべながらその場をやり過ごした。