腑に落ちません
「入学式で王子と出会うんだけど、やっぱり格好良いわ」
「ファンタジーなのに、入学式はあるんだ」
「そりゃあ、学園生活の始まりだからね。ここで出会っておかないと」
「確かにね」
「学園の入り口で絡まれたヒロインと出会うシーン、その絵がまた素敵でね」
「入学前に何で絡まれているの、そのヒロイン。何をしたの?」
「髪の毛が虹色で目立つからだったと思う。それで、髪色ごときで文句つけるなんて暇ですねって鼻で笑うんだけど」
「……ヒロインだよね?」
「それで、怯んだ女生徒の間から王子が登場して言うのよ。入学式の会場ってどこかな、って!」
「え? 王子が助けてくれるとかじゃなくて?」
「助けないよ。イケメンヘタレ王子だもん」
「いいのそれ? 格好いいの?」
「格好いいよ! 淡い金髪に青玉の瞳が美しくて、さいっこうのヘタレなの!」
「褒めてなくない?」
「誘拐イベントでは、王子の囚われた部屋の扉をヒロインが蹴破るシーンが印象的でね」
「え? 王子が誘拐されるの?」
「誘拐とか、ありがちな展開よね。まあ、記憶喪失とか実は高貴な生まれとか言い出さないからそれぐらいはいいか。いや、言い出してもいいけどね。好きだけどね」
「ヒロインが助けるの? 王子を?」
「そう。蹴破られた扉の向こうから剣を肩に担いだ血塗れのヒロインが現れた絵は、神棚に飾りたい出来栄えだったわ」
「ねえ、その王子に惚れる要素あるの?」
「むしろ、ヒロインに惚れるんだけど。男前」
「だねえ」
「面白そうでしょ? 貸すから一度プレイしてみなよ!」
「……うん。考えとく」
遠い昔、遠いところで確かに交わした言葉。
姿も場所も思い出せないけれど、日本で生きていた証。
ああ、確かに一度くらいプレイしてみれば良かったかもしれない。
ゆらゆらと水面に揺れるような心地よい感覚の中、ぼんやりとそう思う。
目に映る世界は真っ暗で何も見えないけれど、不思議と恐怖はなかった。
ゆっくりと重たい瞼を開くと、見たことのない天井がある。
どうやら寝ていたらしいが、ここはどこだろう。
「エルナさん! 目が覚めましたか」
視界いっぱいに金髪の美少年の顔が映る。
ああ、『虹色パラダイス』のパッケージに描いてあった王子みたいだ。
イケメンヘタレ王子は、淡い金髪に青玉の瞳が美しいのだったか。
でも、このイケメンは瞳の色が青玉じゃない。深い赤の柘榴石の色だ。
「……バグかな」
「エルナさん? 大丈夫ですか?」
「……エルナ」
ぼんやりとその言葉を反芻してみる。
エルナ。
エルナ・ノイマン。
それは、確かに自分の名前だった。
「……グラナート、殿下?」
そうだ、思い出した。
誘拐イベントに巻き込まれて、聖女に間違われて、側妃に呪いの魔法を使われて。
「殿下、ここはどこですか? 私は寝ていたのでしょうか」
上半身を起こして周囲を見てみると、簡素だが上質な調度の並ぶ部屋のベッドの上だった。
先ほどのような豪奢な内装ではないが、ここも王宮なのだろうか。
「……殿下?」
答えがないので見てみると、グラナートは顔を覆うように手を当て俯いていた。
「殿下、どうかしましたか? 大丈夫ですか?」
何だか顔色が赤い気がするが、熱でもあるのだろうか。
「大丈夫……です。すみません。ちょっと、びっくりして」
グラナートはそう言うと、顔を覆っていた手を握りしめて、自分の胸をドンドンと叩いた。
何か、のどに詰まらせていたのかもしれない。
「ここは、アインス宮です。エルナさんは側妃の使った薬の影響で眠ってしまったので、こちらで休んでもらいました」
「そうですか。お手数をおかけしました」
よくわからないが、側妃の宮とは違うところに移動したということだろう。
「こちらこそ、危険な目に遭わせてしまって申し訳ありませんでした」
「殿下が悪いわけではないので、謝らないでください」
そう、誘拐イベントのターゲットを間違えた側妃側が悪いのだ。
「……あれ?」
誘拐イベントは当然ヒロインのリリーが攫われるものとばかり思いこんでいたけれど、さっき思い出した会話では、何と言っていた?
『誘拐イベントでは王子の囚われた部屋の扉をヒロインが蹴破るシーンが印象的でね』
誘拐されるのは王子であって、ヒロインではない。
では、グラナートとエルナを間違えたのか。そんな馬鹿なことはさすがにないだろう。
……何かが、おかしい。
『学園の入り口で絡まれたヒロインと出会うシーン、その絵がまた素敵でね』
違う。
入学式の会場で、リリーは転んでグラナートに突っ込んだのだ。
教室でテオも「どこかで見たと思ったら。入学式で殿下に突っ込んできた子か」と言っていた。
護衛のテオが知らない間に、先に出会っていたのだろうか。
『淡い金髪に青玉の瞳が美しくて、さいっこうのヘタレなの!』
グラナートの瞳は柘榴石だ。
青玉ではない。
何かがずれている。
思い出せ。
『虹色パラダイス』のパッケージは、白い鐘楼を背景に、金髪の男性が微笑んで手を差し伸べているものだった。
淡い金髪と顔立ちは、グラナートそのものと言っていい。
だが、パッケージでは目を細めていたので、瞳の色はハッキリとわからない。
「……もしかして、違うのでしょうか」
王子はもう一人いる。だが、第一王子スマラクトの瞳は、緑玉だった。
リリーから聞いた王族情報でも、他に年頃の王子はいなかったはず。
そう、リリーだ。
『蹴破られた扉の向こうから剣を肩に担いだ血塗れのヒロインが現れた絵は、神棚に飾りたい出来栄えだったわ』
中庭の花に水をあげる心優しい美少女が、血塗れで剣を担いで扉を蹴破るだろうか。
エルナが知らないだけで剣を使える可能性はあるが、リリーの華奢な体格からして剣を振り回すのは難しいのではないか。
考えれば考えるほど、何か腑に落ちない。
「エルナさん? 大丈夫ですか?」
「え? あ、はい。大丈夫です。すみません」
側妃の魔法やら薬やらで疲れて、きっと混乱しているのだろう。
「さきほど、テオにすべて事情を聞きました」
「事情ですか? テオ……さんは、どこに?」
「もうさん付けで呼ばなくても大丈夫ですよ。ここには僕しかいませんから。テオはノイマン家に連絡を入れてくると言っていました」
やはりテオドールがノイマン家の人間だということは知っていたのか。
それとも、すべて聞いたから、知ったのだろうか。
そもそも、すべてとは何だろう。
「私は、テオ兄様が別人のふりをして殿下の護衛をしているという事実だけしか知りません」
「そうらしいですね」
グラナートは労わるように優しく声をかける。
「テオは一年ほど前から、父の指示で僕の護衛に就いてくれました」
「父って、国王陛下ですか? 陛下が何故、テオ兄様を」
グラナートに働きを認められてというのが嘘なのはわかっていたけれど、まさか国王の指示だったとは。
「虹の聖女の紹介です」










