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浄化の魔力があるらしいです

「さすが、清めのハンカチと言われるだけのことはありますわね」


 側妃の言葉に、エルナは我に返った。

 今のモヤモヤは多分、呪いの魔法というやつなのだろうが、何故グラナートはハンカチを掲げたのか。

 ただのハンカチに効果があると、何故思ったのだろう。


 もしかしたら、側妃のように『グリュック』が聖なる魔力を持っていると思っているのか。

 グラナートはエルナが『グリュック』だと知らないだろうから、その可能性はある。


 確かにハンカチを掲げた途端にモヤモヤは消えたのだから、多少の意味があるのかもしれないけれど。



「でも、ただの刺繍なのに」

 思わずこぼれた疑問に、側妃が呆れ顔で笑う。


「あなた、本当にわかっていないのですね。それだけの浄化の魔力を編み込んでおいて、気付いていないとは」

「浄化の魔力?」


「でも、制御どころか認知すらできていないようですわね。わたくしが、しっかりと教えて差し上げますわ。……その前に」

 側妃はグラナートを見据えると、扇を開いて振りかざす。


「邪魔者には消えていただきましょう!」


 扇によって巻き起こされた風が、どす黒い塊となって直進してくる。

 呪いの魔法だ。

 それも、さっきとは比べ物にならない強い力。


「エルナさん!」


 グラナートはエルナを右腕で抱え込むと、ハンカチを持った左手を前に突き出す。

 そのハンカチでは、駄目だ。



 ――足りない。



 何故かそう直感すると、咄嗟に手にしていた厚手のハンカチを迫りくる黒い塊に投げつけた。


 真っ赤に燃える炭に水をかけたような音が派手に響くと、黒い塊は弾け飛んで消え去る。

 少しの間を置いて床にひらりと落ちたハンカチは、見るも無残に焼け焦げていた。


「……消えた」


 ハンカチを投げたのはエルナ自身だが、咄嗟のことで何故そうしたのか自分でもわからない。

 だが、実際に呪いの魔法は跡形もなく消えた。

 この事態に驚いているのはエルナだけではなかった。


「エルナさん、それは……」

 グラナートは驚くエルナの瞳を凝視する。


「わ、わたくしの渾身の魔法を、一瞬で……」


 わなわなと身を震わせる側妃の顔色は、明らかに悪い。

 渾身のというだけあって相当の魔力なり体力なりを消費したようだったが、側妃の目の光は失われていなかった。


「かくなるうえは……!」

「――そこまでだ」

 第三者の声に振り返れば、そこには金髪の美青年の姿があった。



「スマラクト!」

「兄上!」


 側妃とグラナートの驚く声から青年が第一王子スマラクトだと分かるが、何故ここにいるのか。

 スマラクトが側妃と同じ考えなら、これは更なるピンチなのでは。

 エルナの不安を肯定するように、側妃はスマラクトに駆け寄り抱きついた。


「ああ、よく来てくれました。虹の聖女を保護したのだけれど、グラナート殿下がわたくしのもとから無理矢理連れ去ろうとするのです。あなたからも言ってくださるかしら」


 スマラクトと側妃が共謀していなかったとしても、これではグラナートが悪いことになってしまう。

 説明しようと口を開きかけたエルナを、グラナートが手で制する。


「殿下?」

「大丈夫です」

 穏やかにそう言われれば、黙らざるを得ない。


「いつかは改心してくれるかもしれないと願っていたが、どうやら無駄のようだ」

「スマラクト……?」

 側妃の声には答えず、スマラクトは側妃を置いてグラナートに歩み寄ってきた。


「大丈夫か?」

「兄上と姉上がくださったハンカチに助けられました。それに、エルナさんにも」


「それは良かった。ペルレも心配している。後で会いに行ってやれ」

「はい」


 兄弟の親し気な会話に、どうやらスマラクトは敵ではないらしいと安心する。

 と同時に、気になることを言っていた。兄上と姉上がくださった、って。



「リリーさんに貰ったのでは……?」

「このハンカチは、僕の兄と姉が自ら王都で手に入れてくれたものですが?」

 兄と姉とは、つまり。


「王子と王女が王都の『ファーデン』までわざわざ行ったのですか?」

 貴族も来る店と言われていたが、まさかの王族まで来ていたとは。


「あれ、でも虹色の花のハンカチですよね?」


 グラナートの手にしたハンカチを見せてもらうと、確かに虹色の花の刺繍が施されている。

 だが、初めに作ってリリーに渡したものとは若干色味が違う。


「これは確か、貴族の女性にあげたはずの……」


 そうだ。道に迷っていた貴族の女性が、『グリュック』の清めのハンカチをどうしても欲しいと言っていたからあげたのだ。


 女性は金髪の美女で、迎えに来た兄という男性も金髪の美青年で。

 そう、グラナートやスマラクトのような金髪の容姿端麗な……。

 凝視するエルナに気付いたスマラクトは、あれ、と声を上げる。



「君は、あの時のハンカチをくれた子じゃないか」

「……ということは、あれは王子と王女ですか!」

「エルナさん、兄と知り合いだったんですか?」

「そんなことは、どうでもよろしい!」

 側妃の叫びが辺りに響き渡る。


「スマラクト。あなたが清めのハンカチをグラナートに渡したというのですか」

「ペルレがどうしてもグラナートに持っていてほしい、と懇願してきましたので」


「どういうつもりですか!」

「それはこちらのセリフだ」

 激昂する側妃に対して、スマラクトは静かに、けれど怒気をはらんだ声で答える。


「グラナートにちょっかいを出しているのに、気づいていないと思ったか? 証拠こそつかめずにいたが、ずっと警戒していたんだ。俺も、父上も」

 側妃の血の気がすっと引くのが分かった。


「ザフィーア様が、何故」


「ローゼ様の亡くなり方が病気じゃないのは明らかだった。王宮にいる王妃に、呪いの魔法を使える者なんて限られてくる。まして、あなたは日頃からローゼ様とグラナートを疎んじていた。疑わない方がおかしい」

「そんな」


「それでも、証拠がなかった。杞憂であってほしいとも思っていたが……残念だ」

「わたくしは」

「父上が待っている。一緒に来てもらおう」


 側妃は張り詰めた何かが切れたように、その場にへたり込んだ。

 スマラクトの合図でどこからともなく近衛兵と思われる男性が現れ、側妃を抱えるようにして連れて行く。


「俺は父上の所へ行ってくる。お前は残れ、グラナート」

「ですが」


「もう父上と話はついている。あれでも一応、俺の母だ。これ以上見苦しい様を見せたくはない。……お前は、お嬢さんの傷の手当でもしてやれ」

 苦笑するスマラクトに、グラナートはうなずく。


「そうだ、お前の護衛を褒めてやれ。あいつが俺に知らせてくれた」

「テオが。そうですか」



 これで、終わったのだろうか。

 もう、大丈夫なのか。


 そう思った途端に、急に泥に沈められたような重い眠気に襲われる。

 そういえば、側妃に睡眠薬を盛られていた。

 でも、何故。今まで大丈夫だったのに、急に。


「エルナさん?」

 体の力が抜けて、立っていられない。


「エルナさん⁉」

 グラナートの声が遠くに聞こえたのを最後に、エルナの視界は暗転した。

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