ヒロインと悪役令嬢とお話しします
翌日、エルナは言いつけ通りにゾフィと一緒に登校した。
帰りの時間の確認をして校門近くで別れると、いつもよりも少し早い時間だったので、中庭を通って行くことにする。
すると、花壇で水やりをしている人影が見えてきた。
虹色の髪に朝日を受けながら水を撒く姿は、これぞまさに王道の美少女ヒロインといういでたちだ。
「おはようございます、エルナ様。今日は早いですね」
微笑みながら駆け寄ってくる姿もまた、愛くるしい。
乙女ゲームで攻略対象が皆ヒロインに夢中な描写を、現実にはあり得ないと思っていたのだが。
こんなに可憐な美少女がいたら、そりゃあメロメロにもなるというものだ。
「おはようございます、リリーさん。いつも水やりをしているのですか?」
「はい。庭師さんのお手伝いをしています。とても楽しいですよ」
可愛い上に、心優しいときた。グラナートには頑張ってこの子を幸せにしてもらわないと、バチが当たるというものだ。
「殿下も幸せ者ですねえ」
容姿端麗、魔力もバッチリ、心優しい完璧なヒロインと結ばれるのだから。
まあでも、グラナートも悪い人ではないようなので、一安心である。
「殿下がどうかしましたか?」
「いえ。リリーさんくらい可愛かったら、殿下も放っておかないだろうな、と思いまして」
わざわざエルナに話を聞くくらいだから、グラナートがリリーに興味なり好意なりを持っているのは明らか。
だが、そういえばリリーの方はどうなのだろう。
この間話した時には、王族のことを色々勉強したと頬を染めて話してくれたので、脈はあると思うのだが。
存在は不明だが、他の攻略対象のルートに入っているようなら、グラナートには涙を呑んでもらうしかない。
リリーとグラナートの仲を取り持とうと思っていたが、ここはひとつ、確認をした方がいいのかもしれない。
「それで、リリーさんは殿下のことを、どう思っているんですか?」
ここはひとつ、直球で聞いてみよう。
恥ずかしがったりするのかと思いきや、リリーは不思議そうに首を傾げている。
「殿下ですか? 別に何も」
なんと、あっという間に、グラナートが玉砕した。
文字通り、瞬殺である。
「そ、そうなんですか? じゃあ、他に気になる方がいるとか?」
ということは、他のルートなのか。
エルナの身の安全のためにも、一応確認をしておきたい。
「いいえ。まったく」
……まさかの展開だ。
まだ誰の好感度も上がっていないということか。
何と、ふがいない男共だ。
さっさとリリーと恋に落ちればいいものを。
リリーが近くのベンチに腰掛けたので、エルナも隣に座った。
「エルナ様。私、将来官吏になりたいんです」
「官吏、ですか?」
官吏というと、主に王城に勤める高位の役人だ。
日本で言えば官僚とか国会議員のようなもので、要はヘルツ王国を実際に動かす役人達の上層部である。
男尊女卑とまでは言わないけれど、決して女性の官吏は多くないはず。
リリーのような美貌の少女が目指すというのは、あまり一般的ではない。
「私は平民ですから、すぐにというのは無理だと分かっています。でも、学園で特待生になれれば隣国に留学して学ぶこともできます。その後に、官吏の試験を受けたいんです」
ふんわりお花畑のような可憐な姿から想像できないような、現実的でしっかりとした目標にエルナも驚く。
「将来、この国で働くのに顔を覚えてもらって損はないので、殿下と関わるのは嫌ではないですけれど。個人的に思うところはありません」
エルナの脳裏に『むしろ、ヒロインに惚れるんだけど。男前』という記憶がよぎる。
色恋に浮かれることなく、将来を見据えた、しっかりした良い子ではないか。
本当に、男前だ。
「そうなんですね。素晴らしい目標です。私にできることなら手伝いますから、言ってくださいね」
すると、リリーの表情がぱっと明るくなる。
「ありがとうございます! この話をすると、たいてい馬鹿にされるか、無理だと一蹴されるばかりでした。以前にもエルナ様は、私が外交官になれるって言ってくださったでしょう? あれ、すごく嬉しかったんです」
そう言ってエルナの手を握りかけて、そこに巻かれている包帯に目を留めた。
「この手、どうされたんですか?」
「これは……話すと長いのですが」
「わかりました。先に水やり道具を返してきます」
庭師の私物らしいので、借りっぱなしにはできないのだという。
すぐ戻ります、と言って走るリリーの後ろ姿も、絵になる。
メイン攻略対象を選ばなくても、色恋などなくても、やはり彼女はヒロインだった。
それにしても、リリーに官吏という夢があったとは。
そして、まったく相手にされていないグラナート。
もはや、仲を取り持つのも難しいので、ここは失意のグラナートをテオにでも慰めていただくしかない。
「少しよろしいかしら」
「え?」
突然の声に見てみると、そこには銅の髪の美女の姿があった。
黄玉の瞳が美しく、メリハリがしっかりとついたナイスバディ。
リリーが清楚で可憐な美少女なら、こちらは艶やかな悩殺系美女である。
「ええと」
「わたくし、アデリナ・ミーゼスと申します」
その名前は確か、リーダーが言っていた公爵令嬢。
婚約者候補筆頭と言っていたし、これはいわゆる悪役令嬢ではないか。
エルナはベンチから跳ねるように立ち上がった。
「エルナ・ノイマンです」
「存じていますわ。おかけになって」
「はあ、ありがとうございます」
迫力におされて礼を言うと、再びベンチに腰掛ける。
すると、アデリナもその隣に座ってきた。
「……あの、何の御用でしょうか?」
恐る恐る尋ねてみると、アデリナはエルナを睨む。
美人の眼差しは威力倍増なので、少し微笑んでほしい。
「……昨夜、ノイマン邸からテオ様が出てきたという噂がありますわ」









