ハンカチと外出を禁止されました
エルナ達が帰った後、一旦町の警備兵に男達を預けてグラナートを送ったテオドールは、今度は近衛兵に男達をお願いして急いで屋敷に帰ってきたという。
「町のならず者をわざわざ近衛兵に引き渡したのですか?」
テオドールが近衛兵と知り合いなのも驚きだったが、第二王子の護衛をしているのだから当然と言えば当然か。
「ただのならず者なら、問題ないがな」
「違うのですか?」
テオドールは答えずに、テーブルにあった紅茶を一気に飲み干す。
「エルナ、俺がグラナート殿下の護衛についている理由を知っているか?」
「いいえ」
首を振るエルナの隣に腰を下ろすと、テオドールはゆっくりとカップを置いた。
「レオン兄さんが伝えていないのなら、詳しくは話せないが。殿下に護衛が必要な理由は教えておこう」
グラナートは狙われている。
王妃の子である第二王子グラナートと側妃の子である第一王子スマラクト。
この継承権をめぐって水面下で動いている者がいるのだという。
テオドールが護衛に就いたのは一年ほど前からだが、それ以前は命の危険も何度もあったらしい。
しばらくは落ち着いていたのだが、また最近キナ臭い動きが出てきた。
そこに、今回の騒動。何か関わりがあるかもしれないというのだ。
「でも、王都の路地でならず者に絡まれただけですよ? それも、殿下ではなくて私です」
「だが、結果的に殿下はあの場所にいた」
王都の路地裏にならず者。
一歩間違えば、グラナートが怪我を負ったかもしれないのだ。
「わ、私のせい、ですか?」
「そうじゃない。まだわからないが、無関係だとは思えない。これは、俺の単なる勘でしかないが」
勘という言葉に、フランツがぴくりと反応する。
「エルナ様が関わるということなら、ハンカチのことでしょうか」
何故ここでハンカチが出てくるのか分からない。
だが、テオドールはフランツに視線をやると、渋い表情になる。
「やはり、『グリュック』の清めのハンカチはエルナが作ったものか?」
「はい」
テオドールは深い溜息をつく。
「レオン兄さんとは最低限のやり取りだし、ここ数日は自室に帰れなかったから手紙を確認できなかった。……失敗したな」
くしゃくしゃと頭をかきながら、悔しさを滲ませている。
だが、その理由がよくわからない。
「フランツ、レオン兄さんが戻るのはいつ頃だ」
「昨日、領地を発っている予定です」
ならば、早ければ二日後には王都に到着するだろう。
「エルナ、レオン兄さんが戻るまでハンカチは作るな。もちろん、外出もなしだ。登下校は必ずゾフィかフランツをつけるように」
先日のレオンハルトの言いつけよりも厳しい内容に、エルナは驚く。
「な、何故ですか?」
ハンカチを作ることが、そんなに悪いことなのだろうか。
だとしても、外出してはいけないというのがわからない。
「説明をしてやりたいが、まだ確認できていないことがある。とにかく、おまえの身を守るためにも、従ってくれ」
説明できないというからには、グラナートに関わることなのかもしれない。
テオドールが真剣にエルナを案じているのは伝わってきたので、無下にはできなかった。
「……わかりました」
ほっと胸を撫でおろすと、テオドールは立ち上がる。
「もう行くのですか?」
「殿下のそばに戻らないといけない。フランツ、ゾフィ、エルナを頼んだぞ」
「はい、テオドール様」
「承知いたしました」
「……ところで、エルナ」
思い出したように、テオドールが足を止める。
「殿下と話はできたか?」
何のことだろうと考え、グラナートに呼び出されてベンチで話したことだろうと思い至る。
そういえば、あの場にはテオドールがいなかった。
この言い方からすると、わざとそばを離れたようだ。
「はい。リリーさんについて、お話しました」
「リリー?」
「リリーさんのような優秀な魔力の方が伴侶なら安心だ、というようなことを仰っていました。リリーさんに失礼な物言いだったので、文句を言ってしまったのですが。殿下が謝罪を受け入れてくださって良かったです」
「はあ?」
「わざわざ屋敷にまでそれを言いに来たのでしょう? 律儀な方ですね」
「ま、待て」
「はい。何でしょう」
何故かテオドールは混乱した様子で、額に手を当てている。
「リリーの魔力の話だろう?」
どうやら、テオドールは内容を知っていたらしい。
もしかすると、テオドールは攻略のお助けキャラとかなのかもしれない。
「はい。でも、私は噂以上のことは知らなくて。後は……清めのハンカチの話をしていました。悪いものをはねのける力があると安心とか、伴侶なら安心とか、楽とか…なんか、そんな感じのことを」
「それで?」
「リリーさんは確かに優秀な上に美少女なので気持ちはわかりますけど、そんな楽だからとか言う人には預けられません」
そもそもリリーはエルナのものではないが、ここは心意気の問題である。
「ああ……」
「まあ、でもゾフィを手伝ったり、意外と律儀ないい方だったので。リリーさんとの仲を取り持ってあげようと思っていたところです」
「……ああ」
何だか凄く疲れた表情のテオドールは、力なくうなずいている。
「……あの馬鹿」
「え?」
「いや、何でもない。とにかく、ゾフィかフランツと一緒にいるんだぞ」
「は、はい」
後は頼む、と弱々しく言い残して扉の向こうに消える兄の姿に、エルナは首を傾げる。
「あんなに疲れた様子なのに、大丈夫でしょうか」
「テオドール様は大丈夫ですよ。寧ろ、不憫なのは……」
「え?」
「いえいえ。それよりもエルナ様、お食事の支度が出来ていますよ。こちらへどうぞ」
フランツに促され、笑顔のゾフィと共に部屋を出る。
そういえば、お腹が空いた。
腹が減っては戦はできぬというではないか。
まずは食事をしてから考えよう。
エルナはそう決めると食卓へと向かった。









