はじまりの鐘
「未プレイの乙女ゲームに転生した平凡令嬢は聖なる刺繍の糸を刺す」2巻
6/5 Dノベルfより発売です!
※コミカライズ配信開始しました!
詳細はあとがき、活動報告参照。
キンコンカンコンでお馴染みの、学校のチャイム音。
鐘楼から響き渡るその音を聞いた瞬間に、頭の中に嵐でも来たような衝撃を感じた。
うねるような大きなめまいに、視界が暗転する。
その一瞬で、エルナの脳内に膨大な記憶が溢れた。
ここはヘルツ王国で、エルナはノイマン子爵令嬢として生きている。
脳内に溢れてきたのは、それよりも前に生きていた記憶だ。
しかも、それはヘルツ王国でも隣国でもない、もっとずっと遠くて文明の違う国、日本。
いや、違う世界と言うべきか。
その日本に短大生として暮らしていたというのはわかるのだが、そこで記憶が途切れている。
これは、異世界に転生したということなのだろうか。
ということは、日本でのエルナは既に何らかの理由で死んだのだろうか。
そんなことを考えているうちに、厄介なことに気づいた。
転生自体は正直どうでもいい。
エルナとして生きてきた歳月に変わりはないし、記憶がなくなったりもしていない。日本で死んだ記憶も別に思い出したいとは思わない。
問題はこの世界だ。
「なんで、『虹パラ』なのでしょう? 普通、こういうのってプレイしたゲームに転生するものじゃあありませんか?」
――『虹パラ』。
『虹色パラダイス』という名前のそのゲームは、いわゆる乙女ゲームだ。ヒロインの髪の毛が虹色という、明後日の方向で斬新な設定が話題になったらしい。
友人にパッケージを見せられ、力説された記憶がよみがえる。確かにあのパッケージの建物は、目の前にある真っ白な鐘楼そのものだった。
白く優美な鐘楼をバックに、メイン攻略対象の金髪の王子がひとり。目を細めて眩しいばかりの笑顔で手を伸ばす淡い金髪の美男子が虹パラのパッケージイラストだ。
ヒロインはおろか、他の登場人物も一切描かれていない。潔いなと思っていたが、今はあのイラストが恨めしい。
「情報が少なすぎます」
前世のエルナは虹パラをプレイしたことがない。
別の乙女ゲームならプレイ経験があるが、虹パラに関しては友人から見せられたパッケージと、たまに聞かされたゲームの進行具合が唯一の情報源だ。
何もないなら、それでいい。
でも、もし本当にここが虹パラの世界だったら。
「私は何の役柄なのかすら、わからないじゃないですか」
ヒロインではない。
虹色の髪ではないのだから、そこは確実だろう。
だが、悪役令嬢やその取り巻き、クラスメイトなど、ゲームに関わる可能性はゼロではない。乙女ゲームにありがちな、いじめや断罪などが起こる可能性もある。
「巻き込まれるのはごめんです」
平穏に過ごしたいのに、学園生活が早くもピンチである。
もし本当に虹パラなら、入学式かその前後でヒロインとメイン攻略対象の出会いがあるはず。
「まずは確認です。虹色の髪なら、いればすぐに見つかるはずです」
学園生活に期待に胸膨らませていた気持ちは、鐘の音と共に淡く消え去っていた。
『虹色パラダイス』のヒロインは、そのタイトル通りの髪色をしている……らしい。
未プレイなので勿論見たことはないし、パッケージにも登場していない。
なので、「髪の毛が虹色」ということしか分からない。
「そもそも、虹色とはどういうことでしょう?」
ヘルツ王国は多少カラフルな髪色が存在するものの、そこまで日本の常識を覆すことはない。
淡いピンクやオレンジ色を見たことはあるが、それくらいは日本にもいたはずだ。
ウィッグやエクステでいいなら、もっと凄い色だってあった。
「そう。虹色のウィッグだってあったはずです」
正確には虹色のアフロヘアーのウィッグだが、パーティーグッズ売り場で見たことがある。
正面から見て縦縞状に七色が並んでいて、大変賑やかな色合いだった。
要はあれと同じことだろう。
「……まさか、アフロじゃありませんよね?」
虹色アフロの乙女と王子様の恋愛模様を見せつけられるのかと思うと、複雑だ。
面白そうではあるが、ロマンチックではない気がする。
乙女の名を冠するゲームなのだから、もう少し気遣いが欲しい。
「何にしても、目立つはず。いれば見つかります、きっと」
「マジですか」
令嬢らしからぬ言葉がでてしまい、慌てて手で口を覆う。
ヒロインを探そうと入学式会場に来たエルナの目に、きらめく虹色の髪が飛び込んできた。
――結論から言うと、レインボーアフロではなかった。
縦縞ではなく、横縞だったのだ。
頭頂部から少しずつ色が変化するレインボーグラデーション。メラニン色素が情緒不安定すぎると思うのだが、これが意外と違和感がない。
可愛らしい顔立ち、紅水晶の瞳、華奢な体つき、ふわふわロングヘアー。
これぞヒロインというべき魅力的な容姿からすると、虹色の髪というのもチャームポイントのひとつでしかなかったのだ。
……なるほど、これは恋に落ちる。
落ちない男がおかしい。
妙に納得しながら、エルナは着席した。
日本の記憶がもどってしまったエルナからすれば「普通の入学式」だが、貴族社会で整列して着席する式典というのはあり得るのだろうか。そもそも、貴族の爵位が公候伯子男の五等爵というのが日本っぽい。
「きゃああ!」
「殿下⁉」
会場に響く物音と悲鳴。
見ればヒロインが転んだらしく、巻き込まれて一緒に倒れた生徒がいるようだった。
何をどうすればそんな転び方になったのかわからないが、ヒロインが男子生徒を押し倒す形で倒れていた。
「殿下って、まさか」
嫌な予感に胸を押さえながら人垣を覗きこんでみると、金髪の男子生徒が体を起こすところだった。
淡い金髪の整った容姿には見覚えがある。『虹色パラダイス』のパッケージに描かれていた、金髪王子にそっくりだ。
やはりか。やはりここは『虹色パラダイス』なのか。
……何だかエルナが楽園で浮かれているみたいな表現になるのが、納得いかない。
「すみません、私」
「いや、大丈夫」
「あなた! 殿下に無礼ですわ!」
いつの間にか銅の髪の令嬢がヒロインを叱責している。
絵に描いたようなボンキュッボンのナイスバディの美女だ。
この容姿と言動から察するに、恋敵とか悪役令嬢というやつなのだろう。
きっと。
美男美女は大変だ。
騒ぎをそっと離れると、椅子に腰掛けて大きく息つく。
エルナ自身は濃いめの灰色の髪という地味な色。
水宝玉の瞳が自分では気に入っているが、容姿は十人並みだ。
「地味で良かったです、私」
どうやらここは『虹色パラダイス』の世界で間違いなさそうだが、主要人物は美男美女。
平凡な容姿の子爵令嬢に出番はないだろう。
ヒロイン達に近づかなければ問題はなさそうである。
そう思って安心していたのが悪かったのかもしれない。
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イケメンが顔面の力でぶん殴ってくるので幸せです。
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