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呼び出されたのは、事情聴取です

「話は後です。とりあえず、怪我の確認をさせていただきます」


 屋敷に着くなりフランツを押しのけて部屋に戻ると、ゾフィはそう言ってエルナの制服を脱がせ始めた。


 普通の貴族なら着替えは使用人が手伝うものだが、エルナは元々大抵のことを自分でできるようにしつけられている。

 その上、日本の記憶を取り戻してしまったのだ、他人に着替えを手伝われるのは、どうしても違和感と羞恥心を伴ってしまう。


「自分で脱げますから」

「駄目です。無理な姿勢で怪我が悪化したらどうします」


 あっさり却下されれば、約束を守らなかった負い目から、それ以上強くは言えなかった。

 腕に負担がかからないように脱がせてくれたのでよくわからなかったが、ゾフィの眉間に皺が寄ったところを見ると無傷とはいかないようだった。


 結局、最初に掴まれた左の二の腕は掴まれた痕が残り、捻り上げられた右腕は手首が腫れて肩の関節も痛めていた。


「痕はじきに消えるでしょうし、見えないからいいとして。右手が使いづらいのは面倒ですね」

 正直な感想を漏らすと、手当てをしながらゾフィがじろりと睨んでくる。


「そういう問題ではありません」

「……はい」

「それで、何故一人で行かれたのですか?」



 学園でグラナートに呼び出され。なんやかんやで失礼な物言いをしてしまい。

 そのやり取りで時間が遅くなり、屋敷に帰ると間に合いそうになく。

 グラナートに不敬だとお叱りを受ければ、明日以降の外出は厳しそうで。

 でも、ハンカチを納品できないと伝えたかったのと。


「……今まで一人でも何もなかったので、油断していました。すみませんでした」

 ゾフィは説明を聞いてため息をつくと、首を振った。


「レオンハルト様から、エルナ様の身をお守りするよう仰せつかったのは私とフランツです。不測の事態であろうと、対応できなかった私にも非があります」

 ゾフィは頭を垂れる。


「そんなことはありません。ゾフィもフランツも悪くありません。私が言いつけを守らなかったせいですから」

「かくなる上は、登下校もご一緒させていただきます」


「え? でも、それじゃゾフィの仕事ができなくなりますよ」

 使用人が少ないこの屋敷では、掃除一つとってもゾフィの仕事は山積みのはずである。


「ご心配には及びません。この程度の時間調整ができなくて、何が侍女でしょう」

 にっこりと笑うゾフィが怖い。


「よろしいですね?」

 目が笑っていない。もう、エルナに逆らうという選択肢はなかった。


「よ、よろしくお願いします……」



「ところで、殿下に呼び出されたというのは、逢引きですか?」

 ゾフィが何気なく聞いてきた言葉の意味が、よくわからない。


「あいびき?」


 脳裏にプラスチックトレイに入った挽肉が浮かんでくる。

 もちろん、表示は『牛・豚合い挽き』だ。

 どうでもいいことだけは簡単に思い出せる自分に、感心してしまう。


「殿下に呼び出されたのでしょう?」

 何となく嬉しそうなゾフィを見て、ようやく何のことか理解できた。


「そ、そんなものじゃないです。あれは……そう、事情聴取です」


 慌てて訂正する。

 いずれリリーとグラナートが結ばれる以上、ほんのわずかでも邪魔をしたくない。

 邪魔をすればどうなるかなんて、考えるだけで恐ろしい。


「事情聴取?」

「前に話をしましたよね。平民だけど優秀な美少女のリリーさんのことを聞かれていたんです」


「はあ。それで何故、喧嘩に?」

「喧嘩じゃありません。何と言ったらいいのか……日頃のストレスで八つ当たりしてしまったので、謝罪しただけです」

 言葉にしてみると、なかなか酷い。寛大なグラナートに感謝しきりである。



「それなら、その場で話が終わりますよね? 何故、殿下がお屋敷までいらしたのでしょう」


「本当ですね。謝罪を受け入れましたというためだけに、わざわざ来るのですから、相当律儀な方ですね」

 ゾフィの言う通り、グラナートがノイマン邸に来る必要なんてまったくないのだ。


「その上、私を探すゾフィに付き合ってくれたわけでしょう? 王子って暇なのでしょうか」

 おかげで助けられたので、ありがたいが。


「……殿下と恋仲というわけではないのですか?」

「誰の話ですか?」


「エルナ様です」

「そんなわけありません。冗談でも怖いことを言わないでくださいよ」

 心底嫌そうな顔のエルナに、ゾフィは首を傾げる。


「でも、また話をしようと声をかけられていましたよね」

「ああ。リリーさんのことを聞きたいということでしょう。殿下も、自分で話しかければいいのに。意外と照れ屋ですね」


 毎日挨拶は欠かさないくせに、もう一歩は踏み出せないのか。

 挨拶が彼の精一杯のアピールというのは可愛らしい気もするが、さっさとしてもらわないと一向にシナリオが進まないではないか。


「仕方ないから、応援してあげないといけませんね」

『虹色パラダイス』を穏便に終わらせるためにも、リリーとの仲を進展させてもらわなければ。


「……殿下がお気の毒になってきました」

 明日からの応援作戦を考えるエルナには、ゾフィの呟きは届かなかった。




 着替えを済ませ、手当てを終えると、フランツに報告するためにゾフィと共に部屋を出る。

 フランツもゾフィと同じように謝罪をしてきたが、エルナとしては申し訳ないばかりだった。


「よくわかりました。レオンハルト様にもご報告しなければいけませんので、私はこれで失礼いたします」


 領地まで手紙を書くか、早馬を飛ばすのかもしれないが、それはエルナが決めることではないのでお任せする。


「それで、エルナ様。大変不躾とは思いますが、お聞きしたいことがあるのですが」

「はい」

 神妙な顔つきのフランツに、エルナも緊張する。何か、重大な話だろうか。


「エルナ様とグラナート殿下とは、どういったご関係なのでしょうか」

「関係って……クラスメイトですね」


 リリーとグラナートの恋の応援団長になったつもりだが、『虹色パラダイス』ありきの話なのでそれはさすがに言わないでおく。


「……それだけですか」

「それ以外ですか?」


 ……何だろう。

 挨拶は、クラスメイトだからだし。

 他にグラナートと関わったことと言えば。


「リリーさんのことをお伝えする係、ですかねえ」

「リリーさん?」


 リリーを知らないフランツのために、ゾフィが簡単に説明をしてくれる。

 その間に用意された紅茶を飲もうとカップに手を伸ばす。

 利き手は手首が腫れているので左手を使うが、こちらも動かせば痛みがあるのでちょっとつらかった。


 すると、扉の方が騒がしくなる。

 視線を移した瞬間に扉は力強く開かれ、そこにはよく知った顔があった。



「テオ兄様!」

「エルナ、怪我はどうだ? 大丈夫か?」

 テオドールはエルナのそばまで来ると、包帯の巻かれた手を見て眉を顰める。


「大丈夫ですよ。怪我をしていなければテオ兄様に平手打ちくらいはできたのに、残念ですけれど」

「治ったら、いくらでも好きにするといい」

 ということは、どうやら身に覚えはあるらしい。


「それでは、また手を痛めてしまいます。渾身の一発で結構です」

 拳をかかげるエルナを見て、テオドールは苦笑した。


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