番外編 ゲラルト・ダンナー
「未プレイの乙女ゲームに転生した平凡令嬢は聖なる刺繍の糸を刺す」2巻
6/5 Dノベルfより発売しました!
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※特典はあとがきでご紹介します。
こちらは書籍2巻発売感謝リクエスト短編。
「ユリア」「ダンナー先生」のリクエストで用意しました。
第2章読了後にお楽しみください。
学園始まって以来の天才。
魔法研究の申し子。
生まれてこの方、勉学に関して褒められる経験しかしていない。
だからこそ、ゲラルト・ダンナーは自身が学園の入学試験で次席だったことを未だに受け入れられていなかった。
決して猛勉強して挑んだわけではない。
何故なら、そんなことをしなくても何の問題も無いからだ。
入学にあたって試験で問われたのは、ごく基本的な国の歴史や周辺の地理、そして魔法に関する初歩中の初歩だけ。
ゲラルトにとっては半分眠っていても全問正解で当然という、簡単すぎる内容だった。
だから特に勉強もせずに挑んだわけだが、それでも首席以外になるとは考えもしなかった。
その時点で衝撃だったのに、首席をとったのは女生徒だった。
それも平民出身だという。
これは、おかしい。
平民という身分で区別するつもりはあまりないが、その生まれのせいで受けられる教育に歴然とした差があるのは事実。
ゲラルトは解答欄を間違えたのだとしても、他の貴族達も全員同じ間違いをするなんてさすがにあり得ない。
納得がいかないゲラルトは講師に掛け合い、粘りに粘って問題の解答用紙を確認することができた。
ゲラルトは全問正解していた。
その論理的な記述に我ながらほれぼれするほどである。
これはもしかして、何らかの不正が行われたのだろうか。
そんな不穏な推測も、首席の女生徒の解答用紙を見た瞬間に見事に吹き飛んだ。
――完璧だ。
解答自体も、それに至る思考の記述も、すべてが合理的でありながら読む者を惹きつける。
筆跡すらも美しいその解答用紙を、ゲラルトは呆然と眺めることしかできなかった。
どうやら件の平民女生徒は、とんでもない頭脳の持ち主らしい。
揺るぎない証拠を見せつけられたので、その点においては疑いようがない。
だがしかし、事実と感情は必ずしも一致するものではなかった。
首席を取れないという人生初の悔しさと、完璧な解答に対する畏怖。
両方がかみ合った結果、入学式を欠席した上に、授業にもほとんど顔を出さない状態が続いていた。
女生徒の名前は、ユリア・エーデル。
何でも大層な美少女らしく、男子生徒どころか女生徒までもが熱心に噂するのをよく耳にした。
同級生の王子も気にかけているらしく、そのせいで女生徒の一部は蛇蝎のごとく忌み嫌っていたが。
一度だけちらりと後ろ姿を見たことがあるけれど、何の冗談だと言いたい虹色の髪だった。
メラニン色素が大暴走したにしても、ああなる仕組みがわからない。
「まあ、何にしても俺とは関係のない人ですね」
優秀な人間が多いのは、世の中にとって良いことだ。
王子に見初められるのならばいずれは王妃。
着飾ることしか能のない女性が着任するよりも、よほど好ましい。
自分の中で折り合いがついて、学園の一室にこもって研究を続けていたあの日――それはやって来た。
どおん、という鈍い衝突音……いや、爆発と言うべきか。
音に気が付いた瞬間、虹色の何かがゲラルトの頬に衝突し、同時に目の前に飛んできた扉と共に床に倒れ込んだ。
全身に走る痛みに耐えながら自身の上に乗っている扉をどうにかどかすと、室内にはもうもうと埃だか煙だかよくわからないものが立ち込めている。
その靄の向こう、光を背にして一人の女性が立っていた。
光が透けて見える髪は、輝くような虹色。
まるで髪自体が発光しているかのようにきらきらときらめいて、その美しさに目が奪われる。
「いやだ、もろい扉。……ねえ、ちょっと、生きている? 聞きたいことがあるの」
「え、は、はい……」
よくわからないままに立ち上がると、虹色の髪を揺らしながら少女がゲラルトの目の前に立った。
「あなた、魔法や魔鉱石に詳しいんでしょう? これって聖なる魔力なの?」
ずい、と近付いた顔に、ゲラルトは思わず息をのむ。
闇を閉じ込めたかのような深い黒の瞳。
その中に、七色の光が楽しそうに舞い踊っている。
人の好みを超越した美しい顔立ちとその瞳の輝きに、ゲラルトは呼吸すら忘れてただ魅入ることしかできない。
「あれ? どこに……ああ、あった。これこれ!」
少女は足元に落ちていたものを拾うと、ゲラルトの前に突き出した。
特徴的な加工をされたその魔鉱石には見覚えがある。
確か隣国で作られたもので、魔力の性質に応じて淡く色を放つものだ。
本来なら赤や黄色などのほのかな明かりを内包するはずのそれは、現在眩しいほどの七色の光を放っている。
性質によって色を変えると同時に、魔力量によって光量も変わるはずだが……太陽をもぎ取ったようなこの輝きはどういうことなのだろう。
驚きと困惑で見つめていると、ぱきんという高い音が鳴り、そのまま真っ二つに割れた石は床に落ち、ほどなくして光を失った。
「割れちゃった。……まあ、くれるって言っていたし、弁償しなくても大丈夫よね」
面倒くさそうに少女は呟いているが、この魔鉱石は特殊な加工なので相応の値段だ。
それをホイホイ他人にプレゼントするなんて、どれだけの財力と権力をもっているのだろう。
……ああ、いや、そういえば思い当たる人物がいた。
「あなたはユリア・エーデルさん、で間違いありませんか?」
「ええ、そうよ。よく知っているわね」
虹色の髪の美少女という唯一無二の特徴なのでそうだろうとは思ったが、彼女がゲラルトが完敗した首席か。
ということは、貴重で高価な魔鉱石をプレゼントしたのは、ユリアを気にかけているという王子で間違いないだろう。
「それで、聖なる魔力で間違いないのかしら? そう言われたから本当なのか試してみたんだけど」
「……そうですね。恐らくは間違いないと思いますよ。魔力の判定用の魔鉱石が七色に光ったなんて聞いたこともありませんし、まして割れるなんてとんでもないことですから」
「そうかあ。うっとうしい……いえ、面倒なことになったわね」
ユリアは腕組みして何やら考え込んでいる。
言い換えてもだいぶ微妙な表現だが、伝説とも言われる魔力の持ち主なのにそれを喜ぶ様子がないのは面白い。
「とりあえず口封じ……じゃない、口止めして回って……あら。あなた怪我をしているわ」
「え?」
ユリアの視線を追って自身の頬に触れると、その指には血がついていた。
顔にぶつかってきた虹色の……恐らく魔鉱石のせいか、あるいは飛んできた扉にぶつかったせいか、床に倒れた時か。
思い当たる節が多すぎて原因が特定できない。
「これ、あげるから。そのまま医務室に行った方がいいわ」
ユリアがハンカチを取り出して、ゲラルトの頬を押さえる。
直接の原因は不明でも、そもそもはユリアが扉をぶち破って入室したことで怪我をしたのは間違いない。
それなのに、ハンカチのほのかな石鹸の香りと七色の光が踊る漆黒の瞳を見たら、文句などあっという間に引っ込んでしまう。
いや、それどころかドキドキと鼓動がうるさくて、顔が熱くなってきた。
「あ。ありがとうございます。……でも、ハンカチをあげたなんて知られたら、王子殿下の不興を買ってしまうのでは……」
「私のハンカチをどうしようと、王子は無関係でしょう?」
「いえ、でも……恋人同士、なのでは?」
その一言に、胸の奥がずきんと痛む。
ああ、そうか。
どうやらゲラルトはユリアのことが好きらしい。
好意に気付いた時には、既に相手は王子の恋人だなんて、実に無駄な想いだが……それも悪くないと思ってしまうのだから困る。
すると、ユリアはお人形のように整った顔を盛大にゆがめた。
「はあ? 何で私が? 私が好きなのはマルセル様だけよ!」
「え⁉ マ、マルセル……?」
聞いたこともない名前に動揺している間に、ユリアは床に転がる扉を飛び越えている。
「それじゃあ、魔鉱石のこと、ありがとう。ちゃんと医務室に行ってね!」
手を振って去るユリアにつられて手を動かすと、その姿が見えなくなってようやく深い息を吐く。
後に残されたのは無残にも吹き飛んで歪んだ扉、散乱する本に、割れた魔鉱石。
まるで嵐のような人だなと呆れながらも、ゲラルトの頬は緩んでいた。
「ユリア・エーデル。……あなたが好きみたいです」
ぽつりとつぶやいた言葉は、誰に届くこともなく、ただ風に乗って舞っていった。
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第1話は7/9まで無料なので、是非お楽しみください。
イケメンが顔面の力でぶん殴ってくるので幸せです。
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