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見知らぬ男達に囲まれました

 令嬢らしからぬ速度で学園を駆け抜けると、門を出る。

『ファーデン』に寄るつもりだったのに、もう日が傾いてきている。

 一度屋敷に帰ってからでは、暗くなってしまうだろう。


 だが、グラナートからのお叱りが来る可能性を考えれば、明日外出する余裕はないかもしれない。

 仕方がないので、そのまま店に寄ることにした。


 制服のままだが、貴族も寄る店だし、そもそも今まで一人で行っていたのだ。

 さっと帰れば大丈夫だろう。

 そう決めると、エルナは石畳の道を急いだ。



『ファーデン』の店員は、ハンカチを今までのようには納品できないと告げると、大層残念がっていた。

 それでも、エルナのペースで持ってきてくれればいいと言ってくれたのは嬉しかった。

 屋敷に帰ったら、さっそく刺繍をしよう。



 店を出て路地を抜けようと足早に歩くエルナの前に、人影が現れた。

 避けようと端に寄ると、人影も同じ動きをする。

 変だな、と思っている間に、エルナは数人の男に囲まれていた。



「お嬢さん、ちょっと付き合ってくれるか」

 絶対にろくでもない内容の誘いに、エルナは唇を噛んだ。


 今日は制服を着ている。

 滅多に平民が入学することはないから、貴族のお嬢様ですよと宣言しているようなものだ。

 いつも大丈夫だったからと甘く見ていた。


 実際は貴族令嬢のほとんどは馬車で移動しているので、王都の路地を一人で歩く令嬢などいないに等しい。

 だが、そんなことはこの男達には関係ないだろう。

 エルナがちょうどいいカモであることには違いないのだから。


 誘拐か、恐喝か、それとも。

 売り飛ばすというのは乙女ゲームにはありがちなイメージだが、そういうのは美貌のヒロインが巻き込まれるものなのでエルナは関係ない。

 となると、やはり身代金目的だろうか。


 どうにか突破したいが、前に二人後ろにも一人。

 剣を使えるわけでもないエルナが捕まったら、太刀打ちできそうにない。


 唯一勝っていそうなのは逃げ足だが、そもそも隙がなければ逃げようがない。

 悲鳴を上げたところで、この路地の奥に誰が来るというのか。


 そういえば、日本の本で読んだことがある。

 『助けて』だと、巻き込まれるのを嫌がって人は来ない。

 『火事だ』というと、自分の身に危険が迫るから見に来る、と。


 ここはひとつ、火事だと叫ぶべきだろうか。

 頭がおかしいと思ってくれれば、それはそれで隙ができそうなのでいいかもしれない。


 だが、行動する前に男が痺れを切らして腕をつかんできた。

 容赦のない力に、思わず小さな悲鳴がこぼれた。



「――エルナさん!」


 その瞬間、男の背後から叫び声と何かがぶつかる音がしたかと思うと、男の一人が地面に転がっていた。


「大丈夫ですか!」


 そこに立っていたのは、剣を手にした金髪の美少年。

 細い路地には似つかわしくない眩い美貌は、間違いようがない。


「で……」

 殿下、と言いそうになって慌てて止める。


 ならず者でも、学園の制服を着た貴族が『殿下』と呼ばれていれば、素性を察してしまうだろう。

 殿下、と呼べないエルナに気づいたのか、グラナートは苦々しい笑みを浮かべた。


「貴族の坊ちゃんが、何を」


 エルナの腕をつかむ男が何か言う前に、背後にいた男の太い悲鳴が上がった。

 見れば、こちらも地面に転がっているところだった。

 そこにあったのは、こちらも見覚えのある顔だ。


「ゾフィ?」

「エルナ様、後でたっぷりお話を聞かせていただきます」


 何をどうしたのか分からないが素手で男を倒したらしいゾフィの笑顔に、エルナは怯えた。

 どうしよう、怖い。

 いっそ誘拐された方がましかもしれない。



「動くな。こいつがどうなってもいいのか」


 悪役のセリフ集があったら絶対載っていそうな言葉と共に、男はエルナの腕をひねり上げて盾にする。

 乱暴で急な痛みに、我慢できずに声が漏れた。



「――その手を離せ」



 グラナートの低い声に、背中をぞっと寒気が走る。

 その声は迫力があるというだけではなく、もっと別の何かがあった。


 男が怯んだ瞬間、腕の力が少し弱まった隙をついてエルナが男を振り払う。

 それを待っていたかのようにエルナの背後から現れた剣に、男は切られて倒れた。


「大丈夫か、エルナ」

「テオに……」


 兄様、といいかけてこちらも止める。

 一応、素性は隠しているはずだ。

 それに気付いたらしいテオは、エルナの頭をポンポンと叩いた。


「あなたも、落ち着いてくださいよ」

 テオが声をかけると、グラナートの気配がようやく元に戻る。


「すみません……エルナさん、お怪我はありませんか?」

 いつもの穏やかな表情で、グラナートがエルナの腕にそっと触れた。


「大丈夫で、いたっ! いや、平気です」


 グラナートの手から離れようと腕を動かしたら、思いのほか痛かった。

 折れてはいないだろうが、服を脱いで見るのが怖い。



「それより、なんでこんなところに皆いるんですか?」

 話を逸らそうと質問すると、呆れたようにグラナートがため息をついた。


「先ほどのことをお詫びしようと思ったのですが、あなたを見失ってしまって。屋敷に戻ったのだろうとテオに案内してもらったのですが」


「着いたらエルナはいないから、ゾフィに聞いてみたら『ファーデン』に行っているかもしれないと言われて」


「向かってみたら、エルナ様の悲鳴が聞こえて。見れば悪漢に囲まれておりました」

「そ、そうでしたか……」

 三人に矢継ぎ早に説明されたが、つまりはエルナのせいということだ。


「すみませんでした。私が悪かったです。あと、ありがとうございました」

 ぺこりと頭を下げるエルナに、三人はため息をついた。


「僕の方こそ、考えなしの情けないことを言ってしまいました。申し訳ありません」

「そんな、で……いえ、あなた様の立場も考えず、こちらこそ失礼を致しました」


 不敬の一言でエルナに厳罰を与えることもできるのに、それはしないらしい。

 どうやらグラナートはありがちな俺様王子ではないようで安心した。


 今まで『虹色パラダイス』に関わりたくなくて、ろくに話もしないでいたので、人となりを知ったのは初めてである。



「話は終わりだな。エルナはすぐにゾフィと屋敷に帰るんだ」

「はい。テオ……さんは、どうするんですか?」


「この男達をしかるべきところに移す手配をする。その前に、この人を送る」

 そう言ってグラナートを指す。

 確かに、王族がウロウロしているのは危険だろう。


「わかりました」

 ゾフィに支えられるようにして歩き出したエルナに、グラナートが声をかけた。


「エルナさん、今度、またお話しをしましょう」


 真剣な表情に一瞬びっくりするが、リリーのことだとすぐに思い至った。

 今度こそ、好きな食べ物や趣味などを聞かれるに違いない。

 今後のラブラブイベント成功のためにも、それとなくリリーに聞いておこう。


「わかりました」

「約束ですよ」

 うなずくと、グラナートは嬉しそうに笑った。


 どうやら嫌な人ではなさそうだし、リリーとの仲をとりもってあげるのも悪くない。

 そう思えば、朝の挨拶もそれほど苦痛ではなくなりそうだった。


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