番外編 レオンハルト・ノイマン 3
「害、だと!」
男性達が一斉に眉を顰めるのと同時に、ペルレがレオンハルトの隣に出てくる。
「わたくしの許しもなく名を呼び、勝手に手に触れたのですから、あなたの方が余程不敬ですわ」
「そ、それは……ですが、その男も名前を呼んでいるではありませんか」
男性の必死の訴えに、ペルレは何故か深呼吸をし、気合いを入れるかのように拳を握り締めた。
「わたくしが名前を呼んでほしいのは、レオンハルトさんただ一人ですわ!」
その一言に、男性達は目を丸くし、互いに視線を交わし、そして恐る恐る口を開いた。
「それは、その……そういう意味、でしょうか」
「そういう意味しか、ありませんわ!」
何故か力強く謎の返答をするペルレを見ると、男性達は一斉に肩を落とし、礼をして立ち去って行く。
レオンハルトに対する怨嗟としか思えない眼差しを見送ると、ペルレは深いため息をついた。
「お疲れ様でした。私が露払いをするお約束でしたが、お役に立てず申し訳ありません」
男性が手にキスをするのは防いだものの、彼らをあしらったのはペルレ自身だ。
身分上仕方がない部分もあるとはいえ、少しばかり不甲斐ない。
「……感想が、それですの?」
「感想、ですか?」
よくわからなくて首を傾げると、ペルレが再びため息をついた。
「大丈夫ですか? お疲れなら、もう下がりますか?」
舞踏会は始まって間もないが、今日の主役は新たな王太子夫妻だ。
ペルレが早めに下がっても問題はないだろう。
「わかってはいましたが、本当に手強い……もはや無敵。さすがは剣豪……」
俯いて何やら呟いていたかと思うと、ペルレは勢いよく顔を上げる。
その真珠の瞳には、何故か闘志が燃えていた。
「まだグラナート達に挨拶していませんもの。さあ、参りますわよ!」
「え? はい、お供しましょう」
ペルレと一緒に王太子夫妻を探すと、ちょうど貴族達の挨拶の波が途切れたところのようだった。
「エルナさん、おめでとうございます。これで晴れてわたくしの妹ですわね」
「ありがとうございます、ペルレ様。これからもよろしくお願いいたします」
にこやかに笑みを交わすエルナは、既に王太子妃。
グラナートの異母姉であるペルレとは義理の姉妹となるわけだが、仲が良いのは嬉しいしありがたい。
「レオン兄様はペルレ様をエスコートしていたのですね」
「ああ。でも父さんと母さんが帰るというから見送ろうとしたら、その隙にペルレ様が男性に絡まれていてね。危ないから、見送りをやめてきたところだよ」
何となく心がふわふわするが、これは大切な妹が嫁いでしまった寂しさとおめでたい興奮のせいだろうか。
自分が思うよりも兄馬鹿だったらしいとしみじみしてしまう。
「ペルレ様がいい人を見つけるまでは、露払いをするお約束ですからね」
にこりと微笑むと、レオンハルトの袖をペルレがしっかりとつかんだ。
顔を上げた真珠の瞳は美しく輝いているが、何となく目が据わっているのは気のせいだろうか。
「わたくし、兄弟がくれた自由を無駄にはしませんわ。きちんと自分で、幸せになれる相手を見つけます。それは、あなたですわ。レオンハルトさん」
……幸せになれる相手、というのはどういう意味だろう。
普通に考えればそれは恋人や結婚相手ということになるのだが、言い間違いだろうか。
「わたくし、他の誰にも貰われたくありませんの」
まっすぐに見つめられたレオンハルトは、暫し考えた。
ペルレにとっての幸せになれる相手がレオンハルトで、他の誰にも貰われたくない。
それはつまり、レオンハルトに貰われたいということだろうか。
レオンハルトはペルレをじっと見つめると、やがてにこりと微笑んだ。
「そうですか。……では、ちょっとうちにお嫁に来ますか?」
「へ?」
ペルレが見事にぽかんと口を開けて呆けている。
貰われたいと言うから貰おうとしたのだが、勘違いだったのだろうか。
だが、こうなるとせっかくだから貰いたいという気持ちが湧いてくる。
美しく聡明で、体幹の筋肉とユリアに相対しても倒れない根性もある女性。
こうして考えてみると、かなり魅力的ではないか。
「今なら、母の剣の稽古もつきます」
駄目押しで条件を追加するが、よく考えたらこれは良くないような気もする。
だが、何が良くなかったのか思い出せない。
何故だか頭の中がふわふわとして、細かいことなどどうでもよくなっていた。
さすがに却下されるだろうかと思っていると、ペルレの真珠の瞳がみるみる輝きを増していく。
「――い、いきますう!」
叫ぶと同時にペルレはレオンハルトに抱きついた。
ふわりと鼻をくすぐる甘い香りに、何だか心が浮き立つ。
「レオン兄様、あの。……大丈夫ですか?」
心配そうな表情で尋ねてきたエルナに、ペルレをくっつけたままのレオンハルトは笑顔のままうなずき返す。
「嫁問題が解決したよ。何だか、とても気分がいい。ちょっと、討伐してこようかな」
「――何を⁉」
何をと言われても困るが、魔物だろうか。
一匹や二匹では物足りないので、王都よりも領地の方がいいかもしれない。
「どこまでも、ついていきますわ!」
「やめてください、ペルレ様!」
エルナは止めるが、恐らくは怪我をしないか心配しているのだろう。
そこらの魔物に後れを取るつもりはないので、安心してほしい。
そしてどこまでもついてくると言うペルレが、何だかとても可愛らしく見えてきた。
可愛いエルナを王家にあげたのだから、可愛いペルレを貰ってもいいだろう。
いつの間にかエルナは舞踏会会場から下がってしまっていたが、隣にはペルレがいるので満たされている。
ふわふわと幸福感だけがレオンハルトを包み込んでいた。
ユリアの言う『まずい』が何なのかに気付くまで、あと一日。
そして、互いに正気になったペルレと話し合いの末に貰うことになるまで――あと、三日。
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