番外編 グラナート・ヘルツ 5
聖なる魔力を浴びるのは、初めてではない。
何なら、一度それで意識を失って倒れたことすらある。
そんなグラナートですらも、言葉を失うほどの光景だった。
エルナの声と共にその身から迸った魔力は、まさに光の大爆発。
星の濁流に意識が押し流されそうになるが、全身でエルナの魔力を感じるのは心地が良い。
体は死にそうだが心は満たされるというちぐはぐな事態だったが、それでもエルナとの結婚式を台無しにするわけにはいかない。
幸いグラナートも魔力恵まれているので、どうにか耐えることができた。
今回はグラナートに向けて放たれた力ではないし、浄化を願ったものだから耐えられたのだろう。
結婚式を襲った不届き者は捕らえ、エルナの機転でリリーは聖女の力を失ったと周知できたので、そちらも何とか上手くいくはずだ。
だが、ここで想定外の事態が起きた。
エルナが使った聖なる魔力の余波である、『異性が浮かされる』効果が出てきたのだ。
この時点で大聖堂内にいた男性陣は全滅した。
更にテオドールも聖なる魔力を使っていたので、大聖堂内にいた人間は男女問わず全滅となった。
駄目押しとばかりにノイマン子爵夫人が聖なる魔力を使ったものだから、エルナが発する余波の威力が暴力的なものに格上げされる。
結果、王宮までのパレードの道のりでは、町中で告白大会が開催されているような有様だった。
尋常ではない光景ではあったが、別に悪いことではない。
そう思ってしまう時点で、グラナートもまた浮かされていたのだろう。
王宮に戻ってエルナから離れると、少しだけそのあたりの感覚が戻るのがわかった。
思い返せば、ノイマン子爵夫人が瞳の色を戻すために聖なる魔力を使った時は、結構アレだった。
か弱く悲鳴を上げてぐったりしたエルナを抱っこしていたわけだが、見ようによってはかなり色っぽい。
あの時はエルナとノイマン子爵夫人の聖なる魔力の相乗効果でふわふわしていたので、ただ愛しい気持ちが溢れるだけだった。
普段通りだったら刺激的すぎる状況だと思うので、素面でなくて良かったと心底思う。
ようやく結婚式を終えて、これで晴れてエルナはグラナートの妃となった。
ゆくゆくは王妃となるエルナを蔑ろにする連中は減るだろうし、もちろんそんなことはグラナートが許さない。
何より嬉しいのは同じ宮で生活することで、毎日エルナに会えるというだけでも胸が躍るようだ。
「……いけませんね。やはりまだ浮かされているのでしょうか」
ふわふわとした高揚感は、確かに聖なる魔力のそれなのだろう。
だが、心に抱く愛しさは紛れもないグラナートの本心。
王族に生まれ、自由などないと思っていた。
命を狙われて生き延びるのに精一杯だったし、婚姻は公務であり、そこに感情などなかった。
それが、こうして愛しいと思う女性を妃に迎えることができたのだから、本当に幸せである。
入浴を終えて緩む口元をどうにか隠しつつ部屋に入ると、そこにエルナの姿はなかった。
バルコニーに出ているようだが、さすがに夜風に当たっていては体が冷えてしまう。
そっと腕を伸ばして、エルナを背後から包み込む。
ふわりといい香りが鼻をくすぐり、もっと抱きしめたくなるのも仕方がないだろう。
そういえば、出会った当初に聖なる魔力を使って倒れたエルナに、バルコニーで声をかけたことがあった。
あの時はまだグラナートも好意を自覚したばかりで、手を引いて室内に戻り話をしている。
今ではこうして腕の中に収められるのだから、時が経つのは早いものだ。
エルナは悲鳴を上げたが、それが嫌悪や拒絶ではないとわかっているので、ただ可愛いだけだ。
月明かりの中で銀糸のように輝く灰色の髪と、眩い水色の瞳にうっかりその場でキスしてしまいそうである。
だが愛しさで胸がいっぱいのグラナートの前で、エルナは勢いよく酒をグラスに注ぎ始めた。
飲むのだとしても量が多すぎるし、いくら何でも濃すぎる。
「う。……その、緊張が」
そのエルナの返答に、グラナートはため息をついた。
今日は結婚して最初の夜だし、エルナに嫌な思いなどしてほしくない。
必要ならば今夜は別室で過ごしても構わないが、まずは不安を取り除いてあげたかった。
世間話をしていくうちにだんだんと落ち着いたのか、エルナの表情に笑みが戻る。
それが嬉しくて、グラナートも目を細めた。
「……やっと、笑ってくれましたね」
エルナは聖なる魔力の影響を心配しているらしく、しきりに大丈夫かと聞いてくる。
グラナートを思うその言葉だけで、幸せな気持ちに包まれていくのだから、本当に凄いことだ。
「やっと、あなたと結婚できました。堂々と僕の妃だと言えますし、特別扱いしても文句は言わせません。こうして夜も一緒にいられるし、共に朝を迎えられる。……嬉しくて、浮かれていますね」
愛しさを抑えきれずエルナの額に唇を落とすと、その頬が一気に赤く染まる。
「あ、あの。殿下と結婚は、その、嬉しいです。ですが、まだ色々と恥ずかしくて」
「大丈夫ですよ。恥ずかしいとしても、もっと恥ずかしいことをすれば上書きされるのですよね?」
エルナの反応が可愛いので卑猥なワンピースを冗談で引き合いに出したが、悪くない気がしてきた。
体の線が丸出しであわや太腿が見えるというとんでもないワンピースだが、グラナートだけが見るのならば問題はない。
恥ずかしがるエルナというのも可愛いし、検討の余地はあるかもしれない。
だが、まずは本人の了承を得てからだ。
愛しい新妻に嫌われるようなことは、したくなかった。
「駄目、ですか?」
手をそっと握り、じっと見つめて訴える。
何故かエルナはこれに弱く、大抵のことは受け入れてくれるのだ。
「だ……駄目じゃない、です」
今回も『おねだり』の威力に屈したらしいエルナが小さな声で呟くのを聞いて、グラナートはたまらずに微笑む。
本当はエルナが落ち着いたら、別室に下がろうかと思っていたのだが……気が変わった。
「良かったです。沢山、上書きしてあげますからね」
「お、お手柔らかに……」
エルナの赤い頬を滑るように撫でると、水色の瞳をじっと見つめる。
「――愛していますよ。 エルナ」
その名に、エルナの肩がびくりと震える。
「私も、愛しています……グラナート、様」
名前を呼ぶと同時に溢れてくる魔力に、グラナートは笑みをこぼす。
きっと、これからもエルナの魔力に酔い、浮かされるのだろう。
だからこそ、それに負けないほどの愛情を伝えなければ。
グラナートは決意と共に、愛しい人にそっと唇を重ねた。
「未プレイ」リクエスト番外編、投稿中です!
内容に関しては、活動報告をご覧くださいませ。