そこは、諦めろ
「だいぶ影響が出ているみたいだな。エルナと母さんの二人分のせいで、男性の方がより深刻だが。女性もこの様子だと、そこそこ酷い」
そう言うテオドールの視線の先には、手を握って放さないアデリナがいる。
「や、やっぱりですか。どうもリリーさんとアデリナさんの様子がおかしいとは思いましたが。……でも、ヴィル殿下はそんなに」
テオドールが顎で指示した先では、リリーに抱きつこうとして振り払われるヴィルヘルムスの姿がある。
だが、リリーも笑顔なので傍目にはただのカップルのいちゃいちゃでしかない。
「駄目でした」
「あの方の場合は、抑圧期間が長いから、より酷いな。まあ、もともとの性格や魔力も関係するんだろう」
完全に他人事のように言っているが、魔力的に優秀なはずのリリー達でこれなら、一般貴族は目も当てられないではないか。
「私、下がった方がいいですよね。早急に撤退するべきですよね」
「まあ、主要な挨拶も終わったからな。大丈夫ですよね、殿下」
一連の奇行を見ても穏やかな笑みを浮かべたままのグラナートは、テオドールの問いにうなずく。
「そうですね。エルナさんも疲れていますし、そろそろ下がっても問題ないでしょう」
「……殿下は平気そうですね」
「だな。魔力量と、あとは慣れかな」
こそこそと兄妹で話している間も、グラナートの笑みは崩れない。
何だろう。
これはこれで、何だか心配なのだが。
「あ、待て。レオン兄さんとペルレ様だ」
テオドールの言う通り、二人がこちらに向かって歩いてくる。
ペルレは金の髪を結い上げ、青いドレスを身に纏っているが、控えめに言って女神という美しさ。
麗しい女性とそれをエスコートする兄に満足していると、あっという間に二人が目の前にいた。
「エルナさん、おめでとうございます。これで晴れてわたくしの妹ですわね」
「ありがとうございます、ペルレ様。これからもよろしくお願いいたします」
ごく普通の会話だし、取り立てて様子もおかしくない。
さすがは魔力に恵まれた王族の出だけあって、ペルレはどうやら聖なる魔力の被害に遭っていないようだ。
「レオン兄様はペルレ様をエスコートしていたのですね」
「ああ。でも父さんと母さんが帰るというから見送ろうとしたら、その隙にペルレ様が男性に絡まれていてね。危ないから、見送りをやめてきたところだよ」
そうか。
一般貴族男性にとって、ペルレは高嶺の花の中の高嶺の花。
聖なる魔力で浮かされたせいで、憧れる心に歯止めが効かなくなったのだろう。
何にしても、事態の原因の一人であるユリアが王宮を離れたのならありがたい。
あとはエルナも下がれば、少しは落ち着くはずだ。
「ペルレ様がいい人を見つけるまでは、露払いをするお約束ですからね」
にこりと微笑むレオンハルトの袖を、ペルレがしっかりとつかんだ。
顔を上げた真珠の瞳は美しく輝いているが、何となく目が据わっているのは気のせいだろうか。
「わたくし、兄弟がくれた自由を無駄にはしませんわ。きちんと自分で、幸せになれる相手を見つけます。それは、あなたですわ。レオンハルトさん」
……気のせいではなかった、駄目だった。
まさかのタイミングでの告白……いや、ペルレの勢いからして、それくらいはやってのけそうではある。
ということは、まだ聖なる魔力の影響とは限らない。
そこまで考えて、エルナは致命的な見落としに気付く。
以前にユリアが魔物を倒す際に聖なる魔力を使った時の、レオンハルトの話を思い出せ。
マルセルに似て魔力はほぼゼロのレオンハルトは、聖なる魔力の影響をもろに受けるのだ。しかも、先程まで原因の一人であるユリアと一緒にいたとなると……。
エルナは恐る恐るテオドールを見るが、素早く首を振られてしまった。
「わたくし、他の誰にも貰われたくありませんの」
影響を受けているのかいないのかハッキリしないペルレの、ハッキリし過ぎた意思表示が恐ろしい。
こんな美女に「他の誰にも貰われたくない」と言われるだなんて鼻血が出そうだ。
レオンハルトはきょとんとしてペルレを見ていたかと思うと、やがてにこりと微笑んだ。
「そうですか。……では、ちょっとうちにお嫁に来ますか?」
「へ?」
ペルレが見事にぽかんと口を開けて呆けている。
一見、プロポーズだが、騙されてはいけない。
レオンハルトの言葉は、ユリアが言っていたものと同じだ。
しかも『夕飯はカレーにしようか』と同じノリである。
「今なら、母の剣の稽古もつきます」
それも、ユリアの提案だ。
いくら何でもどうなのかと思うエルナをよそに、ペルレの瞳がみるみる輝いていく。
「――い、いきますう!」
叫ぶと同時にペルレはレオンハルトに抱きつく。
とてもおめでたいし、ペルレは可愛いのだが、何だか心配しかない。
「レオン兄様、あの。……大丈夫ですか?」
恐る恐る尋ねると、ペルレをくっつけたままのレオンハルトは笑顔のままうなずいた。
「嫁問題が解決したよ。何だか、とても気分がいい。ちょっと、討伐してこようかな」
「――何を⁉」
「どこまでも、ついていきますわ!」
「やめてください、ペルレ様!」
慌てて制止するが、二人は楽し気に笑みを交わすばかりで、話が通じる雰囲気ではない。
「テオ兄様、駄目です。総崩れです。浮かされ切っています。私、もう下がります!」
「わ、わかった。レオン兄さんは止め……いや、見守るから」
早々に制止することを諦めたらしいが、とりあえず被害が出ないようにはしてくれるだろう。
とにかく、一刻も早くここから離れた方がいい。
「では、行きましょうか」
手を差し伸べてくるグラナートの優しい笑顔が眩しい。
普通って素晴らしい。
魔力がずば抜けた王太子、万歳。
だが、手を取ったグラナートは、そのまま軽々とエルナを抱き上げた。
「何故ですか⁉」
「何故って。大切な妃ですから」
にこにこと微笑む姿は麗しいが、やはりこれはおかしい。
「テオ兄様、やっぱり駄目です。殿下も駄目です」
助けを求めて手を伸ばすが、握手した上で戻された。
「……そこは、諦めろ」
「そんな!」
「さあ、行きますよ」
笑顔のグラナートに抱えられながら、エルナは恋の花咲き乱れる舞踏会会場を後にした。
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次話 エルナ、出荷される。