愛の告白大会
「ブルート王国王太子の婚約者である、リリー・キールのことですが。彼女は聖女としての最後の力を振り絞って大聖堂内の参列者を守り、怪我人の治療にもあたりました。これに関して、ブルート王国王太子からの言葉があります」
グラナートに促されたヴィルヘルムスは、手を取ったまま、ひざまずいてリリーを見上げる。
麗しい男女の絵になる様子に、周囲からはため息がこぼれた。
「たとえ聖女の力を失ったとしても、あなたが私にとっての聖女であることには変わりがない。改めて――結婚してください」
予想外の言葉だったらしく、リリーは目を丸くするが、すぐに困ったように眉を下げた。
「……ずるいです。こんな人前で」
「身分の問題は、もう大丈夫だ。君の夢は知っているが、官吏としてではなく、妃として。俺の隣で共にブルートを支えてくれないか」
リリーの呟きに、ヴィルヘルムスが小声で答える。
真剣なその眼差しに、リリーの紅水晶の瞳がゆっくりと細められた。
「エルナ様の心遣いを無駄にはできませんし。……私も、ヴィル様の隣がいいです」
「じゃあ」
「よろしくお願いします」
「――やった!」
頭を下げるリリーにぶつかる勢いで、ヴィルヘルムスが抱きつく。
「ちょっと、人前ですよ!」
リリーの叫びに瞬時に視線を正す隣国の王太子に、貴族たちから笑みと拍手が送られる。
笑顔で拍手する中には、ブルートの貴族の姿も見える。
きっと、リリーはかの国でも上手くやっていけるだろう。
「エルナ様、ありがとうございました。私のために」
人の波が引き、エルナ達の前にやってきたリリーは、そう言って頭を下げる。
さらさらと揺れる虹色の髪が、夢のように美しい。
「いいえ。勝手なことをしてすみませんでした。でも、私が手伝えるのは、ここまでです。あとはヴィル殿下と二人で、頑張ってくださいね」
「はい」
美少女の笑顔は、もちろん可愛らしい。
暫し見惚れるが、ふと心配になってきた。
「あの。お膳立てをしたのは私ですが、本当にいいのですよね?」
「もちろんです」
やはりにこにこと笑みを絶やさないリリーは、天使のごとく可愛らしい。
だが……何だろう。
ヴィルヘルムスへの気持ちが云々ということではなくて、何となく様子がおかしい気がする。
「私、エルナ様が好きです。大好きです。あとヴィル様も」
何だかヴィルヘルムスがついで扱いされているが、やはり何かがおかしい。
リリーはどちらかというと、身分の差に苦しめられたぶん、そのあたりの線引きがしっかりしている方だ。
学園の庭ならいざ知らず、王宮の舞踏会で王太子妃に対して軽率に好きだとか言う人間ではない。
そこでエルナはハッと気付いた。
この場には、エルナとテオドールが揃っている。
まさか、リリーも聖なる魔力に浮かされているのだろうか。
いや、だとしても心にもないことは言わないのだから、問題ないはずだ。
恐らく、プロポーズされて興奮しているのだろう。
そうに違いない。
そうだと言ってほしい。
頼むから。
「良かったですわね、リリーさん」
いつの間にかそばにやってきたアデリナが、そう言ってリリーの手を握っている。
深紅のドレスに完璧なナイスバディがよく映えて、眼福でしかない。
これだけ色っぽい容姿なのに、自身の恋愛に関してだけは驚くほどピュアなのだから、ギャップ萌えもいいところだ。
エルナもキュンキュンである。
目の保養になる美少女二人が近くに来たことで、ようやくエルナの心も落ち着きを取り戻す……はずだった。
アデリナはリリーと暫し話すと、グラナートの後ろに控えるテオドールに歩み寄る。
「テオ様……いえ、ロンメル伯爵。おめでとうございます」
「ああ、ありがとう」
アデリナは自身のドレスの裾をぎゅっと握りしめたかと思うと、黄玉の瞳をまっすぐにテオドールに向けた。
「わたくし、これでも公爵家の娘として色々と学んでいます。領地の経営に関わることも、一通りは学びましたわ。その、ですから、あの――お、お役に立てるかと!」
ピュアアデリナの懸命のアピールに鼻の下を伸ばし気味だったエルナだが、最後の一言で我に返る。
アデリナが言っているのはつまり、「伯爵として領地を治めるのに役立つぞ」というアピールで、平たく言えば逆プロポーズだ。
アデリナの意思であることは疑いないが、こんな人前で宣言するようなピュアレディではない。
まさか、これも聖なる魔力の影響なのだろうか。
「……これで、少しはアデリナ嬢に釣り合うかな?」
さすがのテオドールもここまで全力の逆プロポーズには気付いたらしい。
大変にいいことだが、結構な人目があることを忘れてはいないだろうか。
「釣り合うだなんて。わたくし、テオ様と一緒なら、平民でも」
「それは無理だろう」
即答するテオドールの意見に、同意しかない。
その場の全員がうなずいたことで、アデリナは寂しそうに目を伏せる。
もちろん、そんな表情も美味しいので見逃せない。
すると、テオドールがアデリナの白い手をすくい取った。
「だから、伯爵夫人で我慢して」
その言葉の意味を理解したらしいアデリナの表情が、どんどんと明るくなっていく。
「――は、はいっ!」
実にめでたいし、アデリナが可愛い。
だがしかし、やはりこんな場所でこんなことをする人ではない。
エルナの中の不安はどんどん増していくばかりだ。
「……テオ兄様は、平気なのですよね。本心ですよね」
「ああ。俺は、平気だ。……周りを見てみろ」
「え?」
テオドールに促されて周囲に目を向けると、何やらそこかしこで愛の告白大会が開催されている。
告白にとどまらずプロポーズの言葉を叫ぶ声も聞こえるのだが、とても正気だとは思えない。
「これは」
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「残念令嬢」が対象です!
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※「未プレイ」第5章も終盤に入っています。
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(番外編のリクエストも考えておいてくださいませ)
次話 エルナよ。そこは、諦めるほかない……。