風紀が破廉恥になります
舞踏会が始まると、エルナとグラナートはひたすらに挨拶されることになった。
王太子の結婚式自体は限られた貴族しか参列できないのに対して、この舞踏会はかなりの数の参加者がいる。
挨拶の波が途切れないのも、当然と言えば当然だった。
休憩のおかげで復活したとはいえ、体調は万全ではない。
たまにふらついてしまうこともあったが、その度にグラナートが抱き寄せるようにして支え……周囲に悲鳴がこだました。
今までエルナを邪魔者扱いしていたはずの御令嬢達も楽しそうに歓声をあげているのは、もう結婚したのでグラナートを狙っていないということなのか。
あるいは見て楽しむのは別腹なのか、よくわからない。
「すみません」
「いいですよ。何なら、ずっとこうしていましょうか?」
こう、というのはエルナを腕に閉じ込めた状態で。
妃を抱きしめたまま挨拶を受ける王太子というのは、いかがなものかと思う。
「いえ、結構です。風紀が破廉恥になります」
助けて貰うのはありがたいが、提案がおかしい。
いくらなんでも、グラナートはこんなことを言う人ではなかったはずだ。
エルナは腕から抜け出すと、そばに控えるテオドールにそっと声をかける。
「テオ兄様。これ、駄目じゃありませんか? 私は下がった方がいいのでは」
「馬鹿を言うな、今日の主役だぞ。大聖堂の騒ぎがあったからこそ、元気な姿を見せないといけない」
その理屈はわかるが、このまま妙なグラナートに拍車がかかってもいけないはずだ。
「では、テオ兄様だけでも下がりますか?」
テオドールが下がれば、すくなくとも女性への影響はほぼなくなるだろう。
「俺は殿下の護衛だぞ。俺だけ下がってどうする。一番厄介なのは、おまえだ。心を強く持て」
それはそうなのだが、だったらやはりエルナは下がった方がいい気がする。
釈然としないでいると、いつの間にか国王の挨拶が始まっていた。
「……そして、このめでたい日に横やりを入れた者に関しては、当事者である王太子本人に任せることにした」
国王がそう言って視線を向けたことで、周囲の目が一斉にこちらに向く。
その迫力に少し圧倒されていると、グラナートがそっと肩を抱き寄せ、それに合わせて歓声が上がる。
恥ずかしいのだが、実際こうして触れられていると安心するのだから、始末に負えない。
「デニス・ロンメル伯爵の今回の行動は、あまりにも愚かで擁護のしようもありません。王太子の結婚式の妨害のみならず、国内外の要人を危険に晒した上に、戦争のきっかけにさえなりかねない事態です。聖女が最後の力で浄化してくれなければ、危険でした」
大勢の貴族の前で聖女の功績と、力を失ったことを伝えてくれるあたりは、グラナートの気遣いが現れている。
これは、ようやく普通の状態に戻ったのかもしれない。
エルナは安堵すると、貴族たちの視線に耐えるべく背筋を正した。
「デニス・ロンメルとその協力者に関しては、今後調査の上で罪と罰が確定します。ですが、それとは別に、現ロンメル伯爵家は取り潰しが妥当であると考えます」
まさかの伯爵家取り潰し宣告に、貴族たちがざわめく。
だが、ロンメル伯爵家は先代当主が魔鉱石爆弾の件で罪に問われている。
一度許されたのに同じような愚行を繰り返している以上、今後のためにも甘い対応を取るわけにはいかないだろう。
「とはいえ、王都とブルート王国国境の間に位置する土地は、しっかりと管理しなければいけません。今までの領主一族は爵位返還の上、平民として暮らしてもらい、新たに領主であるロンメル伯爵を置いてこの管理を任せることにします」
話の流れから、てっきり直轄領にでもするのかと思ったのだが。
それでも結局は責任者を置かなければいけないのだから、同じようなものか。
「テオドール・ノイマン」
良く通る声にその名を呼ばれたテオドールは、返事と共に歩み出て、グラナートの前にひざまずく。
「ロンメル伯爵の攻撃時に、王太子と王太子妃並びにブルート王国王太子とその婚約者を、身を挺して守った功績。またブルートの王太子直々に謝礼をしたいとの言葉をいただいたことを加味し、ロンメル伯爵領を授けます」
まさかの事態にエルナは目を見開き、貴族たちは更にざわめく。
だが、テオドールはじっとグラナートを見上げたままだ。
「残念ながら、優秀な近衛騎士を手放すつもりはありません。今後は近衛の職務と共に、交通の要衝であるロンメルを正しく治めるよう、尽力してください」
かなり責任重大ではあるが、それは同時にテオドールにそれだけ期待しているという証でもある。
「謹んで、お受けいたします」
首を垂れるテオドールにうなずくと、グラナートは貴族たちを見渡す。
「それから、もうひとつ報告があります」
立ち上がって下がるテオドールと入れ替わるようにして、リリーをエスコートしたヴィルヘルムスが前に出た。
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次話 ついに、愛の告白大会が始まる……!