美少年も、正義です
「男性よりはましだろうがな。とにかく、俺と母さんとエルナだけが、影響を免れる。対して、大聖堂内にいた人間は確実に、それ以外もおまえや俺に近付いていれば影響を受ける」
それはまた、色々アレな気がする。
何せ大聖堂内にいたのはヘルツ国内の有力貴族と、ブルートをはじめとした他国の要人。
そのほぼすべてが浮かされているとなると……考えるだけで恐ろしい。
「まあ、別に攻撃的になるわけじゃないから、何とかなるだろう。それよりも、おまえから漏れている魔力に関しては、気持ちが大事だ。抑えるよう、心がけてくれ」
「頑張りますけれど……それで効きますか?」
「……何もしないよりは。――さあ、出発だぞ」
そう言うとテオは馬車から離れ、グラナートが窓を閉めるとすぐに馬車が動き始める。
ちらりと隣に目を向ければ、金の髪の美少年が微笑んだままだ。
「あの。……殿下は、大丈夫ですか?」
大聖堂では最前線で聖なる魔力を浴び、ユリアの相殺の時にも近くにいたのだから、間違いなく一番聖なる魔力の影響を受けるはずなのだが。
「大丈夫ですよ」
穏やかな笑みと共に返された言葉に、エルナは安堵する。
そうか、それもそうだ。
グラナートは十分すぎる魔力持ちだから、ユリアの言葉を借りれば貧弱なマルセルのような影響は出ないはず。
それにもうプロポーズどころか結婚したわけだから、浮かされたところで何の心配もないではないか。
「こうしてエルナさんの隣にいるだけで、幸せですから」
大丈夫……なの、だろうか。
何だか不穏な気配を感じるが、グラナートは笑顔で穏やかなままだ。
とりあえず、気を引き締めて聖なる魔力の余波を抑えつつ、パレードに集中しよう。
馬車の行く先には、道を埋め尽くすほどの人が集まっている。
王太子の結婚パレードなのだから、めでたいと盛り上がるのは、わかる。
美貌の王太子が手を振るのを見て歓声が上がるのも、わかる。
だが、気のせいだろうか。
エルナが手を振った後の歓声が妙に増している気がするのは。
男性がひざまずき、女性が頬を染めてうなずき、周囲が盛り上がるという、明らかにプロポーズだとしか思えない光景が、車窓から山ほど見えるのだが。
これは気のせいだろうか。
大丈夫なのだろうか。
一度、馬に乗って並走するテオドールと目が合ったのだが、もの凄くかわいそうなものを見る目だったのだが。
本当に、大丈夫なのだろうか。
「私、表に出ない方がいいのでしょうか」
「問題ありません。エルナさんは、とても可愛いです」
心配になって呟いた言葉に、更に心配になる答えが返ってきた。
車窓からテオドールを探したが、まったく目を合わせてくれなくなったのだが。
……これは本当に、大丈夫なのだろうか。
謎の盛り上がりを見せたままパレードは終わり、そのまま王宮で着替えを始める。
とはいえ、真っ白なウェディングドレスはそのままで、アクセサリーや髪型を変えるだけだ。
おかげでかなり時間の余裕ができ、エルナはソファーでゆっくりとくつろいでいた。
さすがに寝そべるわけにはいかないが、こうして休んでいるだけでもかなり回復してきたし、何とか舞踏会も参加できそうである。
「エルナさん、体調はどうですか?」
部屋に入ってきたグラナートもまた、胸に飾る花がブーケと同じ白いバラから薄紫色の藤の花に変わっている。
西洋風なこの世界では珍しい花のような気もするが、そう言えばペルレに貰った王族の女性に受け継がれるという髪飾りも藤の花のような形と色だった。
ということは、意外と定番なのかもしれない。
「ああ、この髪飾りもとても似合っていますね」
隣に腰を下ろしたグラナートが見ているのは、恐らくその髪飾りだ。
せっかく貰ったのでつけたいとお願いしたのだが、この様子だとそれに合わせてグラナートの花も用意してくれたのだろう。
「以前にこの髪飾りをつけたのは、アンジェラ王女が訪問していた時ですね。あの時は、エルナさんを守れず、すみませんでした」
グラナートが言っているのは、アンジェラ・ディート王女が襲われた際に止めたエルナが負傷したことだろう。
「あれは、殿下のせいではありません」
「エルナさん、名前」
「あ、ええと。グラナート殿下。……もう、毎回直さなくても別にいいのではありませんか?」
「好きな人に名前を呼んでもらいたいのは、自然な欲求ですよ」
さらりと凄いことを言われ、否定も肯定もできず、黙るしかない。
「これからは、僕があなたを守ります」
「私も……グラナート殿下のために、自分を守り、聖なる魔力を使います」
何度か伝えた言葉ではあるが、こうして結婚式を終えてから伝えると新鮮だ。
神官が語った祝福の言葉とはまた違って、誓いの言葉を交わしたような気恥ずかしさにエルナの頬が赤みを帯びる。
それを見たグラナートの手が、そっとエルナの髪飾りを撫でた。
「この髪飾りの花をご存知ですか? グリュツィーニエというのですが」
どうやら花の名前は藤ではないらしいが、恐らくは同じようなものだろう。
「王家を象徴する花のひとつです。花言葉は『貴方を歓迎する』。王族に嫁いだ女性に向けての言葉なので、それを模した髪飾りを代々受け継いているのですよ」
なるほど、そんな意味があったのか。
納得するエルナを見て微笑みながら、グラナートは指で撫でてしゃらしゃらと髪飾りを揺らしている。
「その他の花言葉は、『恋に酔う』『決して離れない』……王家の男性は代々魔力が高いのに比例するように、執着心も強いことが多いのです。そこに嫁ぐ女性、つまり花嫁に対する想いを表したとも言われていますね」
「し、執着?」
何やら少し不穏な言葉が聞こえた気がするが、気のせいだろうか。
だが、グラナートの微笑みを見るとどうでもよくなりかけるのだから、美少年の正義の力が凄い。
「エルナさんのことが大好きで、離れたくないということですよ」
爽やかな笑顔で告げられた言葉の威力は、エルナの中に浮かんだ疑問と不安をあっという間に打ち消していく。
そう――美少年は、正義なのである。
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