大聖堂半壊のお墨付きを貰いました
「……え。ええ⁉」
まさかの言葉に思わず声を上げるが、ユリアの目は真剣だ。
「まあ、エルナにそのつもりがないのはわかるし。王太子は魔力量的に大丈夫だろうけれど……マルセル様みたいな魔力ゼロの貧弱な人だったら、効果が出ちゃうから。気をつけなさい」
またマルセルの扱いがアレだが、本人達はラブラブなのだから意味がわからない。
「その。記憶の混乱、というのは……?」
確かに忘れてほしいとは思ったが、本当にそんなことを引き起こそうとは思っていない。
それに、エルナにそれができるとは到底思えないのだが。
「前にも言ったでしょう。聖なる魔力は、無効化だって。エルナが排除したい、必要ないと強く願えば、それは叶えられるのよ」
「そんな馬鹿なことが」
ユリアはにこりと微笑むと、エルナの頭をそっと撫でる。
「そうよ。強い魔力なんて、馬鹿みたいなものなの。気をつけなさい」
「……だから、お母様は動かなかったのですか?」
ユリアは正真正銘の虹の聖女であり、この世界のヒロインだ。
その名に見合って有り余るほどのあれこれを有しているのだから、恐らくは大聖堂内を浄化するくらいは簡単なはず。
それをしないのは虹の聖女という存在が秘密だからかと思っていたが、強い魔力を安易に使ってはいけないということだったのか。
「私達は最後列だったから、何が起こっているのかよく見えなくて。それでも何だか良くないものがあるから、サクッと浄化しようと思ったんだけど」
そう言うと、ユリアはちらりとマルセルに視線を向ける。
「ユリアさんが魔力を使うと、サクッと天に召される人が出そうですから。とりあえず状況がわかるまで待つように止めました」
「マルセル様がこう言ったから。まあ、テオドールの魔力は確認したからエルナは無事だろうとわかっていたしね」
……違った。
ただの被害拡大防止策だった。
日頃からユリアのマルセルの扱いがアレだとは思っていたが、その逆もなかなかアレだ。
そういう意味では、似た者同士でお似合いなのだろう。
「それにしても……水の蛋白石の瞳も、綺麗ね」
「感心している場合では」
「わかっているわよ。誓いのキスでベールを上げなかったのもこの瞳のせいでしょう?」
その通りなのだが、あらためて母親からキスの話をされるのは恥ずかしい。
もの凄く恥ずかしい。
だが、別にからかっているわけではない以上、エルナが耐えるしかないのだ。
「それにしても、いくらベールがあっても近くの人間には見えたでしょうに。……やっぱり、ベールの力かしら」
「力? 布一枚隔てていたから見えにくかったのではありませんか?」
すると、ユリアが呆れたとばかりに大袈裟に肩をすくめる。
「違うわ。溢れる防御力がエルナの意思に反応して瞳……というか。姿を隠す方向に作用したの。エルナが爆破しろとでも願ったら、大聖堂半壊だったわ」
「は、半壊!?」
びっくりして声を上げるが、ユリアはその反応が意外だと言わんばかりに苦笑している。
「そんなに驚かなくても。頑張れば全壊もいけるわよ。安心なさい」
「何故そうなるのですか。いきたくありませんし、全然、安心できません!」
ユリアの安心の基準がおかしくて、まったく理解できない。
「まあ、さすがにこの瞳が丸出しだと色々問題だしね。王太子の機転に感謝するわ」
「いえ。実際に独占したかったのもありますし。せっかくエルナさんがお膳立てしてくれた『聖女』に疑いの目を向けられても困りますからね」
さらっと恐ろしいことを告げているが、グラナートに恥じる様子はない。
これは肝が据わっているのか、実は恥ずかしいのを我慢しているのか。
どちらにしても真似できそうにない。
「……あの子は、その役割を負うのを承諾しているの?」
「もともと聖女という肩書でブルート王国王太子の婚約者を演じていました。始まりはエルナさんの身代わりのようなものでしたが、互いに想いは通じています。……ただ、聖なる魔力を実際に持っているわけではなかったので」
「なるほど。ちょうどいいアピールってことね。下手に聖女のままだとあれこれ押し付けられかねないし、力を失ったことにして良かったと思うわよ」
聖女を騙ったと怒ってもいい立場のユリアだが、特に気にする様子はない。
間違いなく聖女であるユリアにとって、それはたいした意味を持たないものなのだろう。
「エルナ。あなたが望めば、虹の聖女として国から……いいえ。場合によっては世界から崇められるわよ」
真剣な眼差しを向けられるが、エルナはすぐに首を振った。
「そんなものは、いりません。さっきのことも、魔力のひずみを取り除きたいのと、リリーさんの後押しになればと思っただけです。……私は、田舎出身の地味で取り柄のない王太子妃で、十分です」
コントロールはともかく、確かにエルナは聖なる魔力を有している。
そういう意味では虹の聖女を名乗ってもいいのかもしれない。
だが、エルナにはその名を負う覚悟はないし、世界に崇められたいとも思わない。
好きな人のそばにいて、穏やかに暮らせるのなら、それがエルナの幸せだ。
じっと話を聞いていたユリアは、口元を綻ばせると、ゆっくりとうなずいた。
「そうね。正直、面倒だし。自分を大切にしてくれる人と過ごす方が、よっぽど大事だわ。――さて。そうなると、いかにも何かありますというこの瞳が問題ね」
その言い方だとまるで不審者だが、実際かなり目立つのだろうからそう言われても仕方がない。
「舞踏会でもベールをつけっ放しというわけにもいかないし、放っておいたら半日はそのまだろうから。瞳の色を治さないと」
「そんなことができるのですか?」
「まあね。一度テオドールでやってみたことがあるから、可能だと思うわ」
さすがはヒロイン、もはや何でもありだ。
呆れはするが、今はありがたい。
「是非、お願いします!」
「いいわよ。それじゃあ……王太子の膝に座って」
「……はい?」
ユリアの口から出た言葉の意味がわからず、エルナは首を傾げた。
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