清く激しい一撃でした
「……ああ。疲れました」
控室に戻ってソファーに腰を下ろしたエルナの第一声に、グラナートが笑い声をこぼす。
「ヴィルとリリーさんは、ブルートの貴族と少し話をするそうです。舞踏会には参加するので、先に行っていてほしいと」
魔鉱石爆弾はもともとブルート国内の問題だし、主な被害者はブルート貴族だ。
主犯はヘルツ貴族とはいえ、ヴィルヘルムスの異母兄が関わっている可能性もある。
隣国の王太子の結婚式の妨害に加担したようなものだから、大問題だろう。
その上、自国の王太子の婚約者が聖女の力を失ったのだから、話は尽きそうにない。
「ブルートと、外交問題になりますか?」
「ならないとは言い切れませんが、出来る限り穏便に収めます。……大丈夫ですよ。華々しい聖女の英雄譚で誤魔化しましょう。王太子妃との友情と、民を守るため、最後の力を振り絞って救った聖女。あの場にいた人間ならば、エルナさんの浄化の力を少なからず感じ取っていますから、信じるでしょうね」
確かにエルナ自身も大聖堂の中を魔力で満たしたという感覚はあったが、他の人にとってはどうだったのだろう。
「あの。皆さんには、魔力が見えたのでしょうか」
「近衛の話を総合すると、温かい風に包まれたという感覚を訴える人が大半のようです。兄上あたりは、光の粒が流れてきたと言っていますし……人によるとはいえ、何らかの変化は感じているのでしょう」
なるほど。
ということは、魔力によって感じ方は様々のようだ。
それに気付いたエルナは、慌てて隣に座るグラナートを見つめる。
「殿下は、ご無事ですか⁉」
「エルナさん、名前」
「え? あ、グラナート殿下は、ご無事ですか」
律儀に訂正されて少し勢いは削がれたものの、心配なことには変わりがない。
魔力に恵まれた王族の中でも、ずば抜けた魔力量だというグラナートなのだから、きっと見えたものも他の人とは違うはず。
以前に聖なる魔力で倒れさせた身としては、確認しないわけにはいかない。
「大丈夫ですよ。ちょっと光が大爆発して、星の濁流に呑まれそうでしたが」
「だ、駄目じゃありませんか!」
温風や光の粒という優しい表現に対して、大爆発で濁流だなんて、ただの災害だ。
気分が悪くなってもおかしくないし、最悪何か体に傷や影響を与えているかもしれない。
心配になって思わず腕をつかむが、グラナートは穏やかな笑みを浮かべたままだ。
ベール越しでも褪せないその麗しさに、思わずエルナは息をのむ。
「大丈夫ですよ。全身でエルナさんの魔力を感じて浄化されましたから。とても幸せな気持ちです。……清く激しい一撃でした」
「――やっぱり、駄目ですよね⁉」
途中まではともかく、最後がおかしくはないか。
何が悲しくて、結婚式に夫となる人に激しい一撃を食らわせなければいけないのだ。
慌てるエルナを見ても笑みを浮かべたままのグラナートは、手を伸ばしてベールに触れた。
「僕の前で、これは必要ありませんよね」
そう言ってベールを上げると、目の前に柘榴石の瞳と金の髪、それに正装の美少年王太子がはっきりと見える。
清く激しい一撃というのは、こういうことかもしれない。
麗しさと眩さがタッグを組んで、エルナの鼻を直撃する。
人生最大の鼻血の予感に、エルナは慌てて顔を手で覆って俯いた。
「エルナさん。それだと顔が見えません」
「いえ、危険なので。ドレスは白いので」
鮮血にまみれた花嫁はさすがにどうかと思うので首を振っていると、エルナの手を包み込むようにグラナートの手が添えられる。
「エルナさん。瞳を確認しないと」
それはそうだ。
このまま虹の光を宿したままではパレードも舞踏会も厳しい。
自分ではわからないので、誰かに見てもらうしかないのだ。
仕方なく手を緩めて顔を上げると、グラナートの両手がエルナの頬を包み込む。
逃げ場なく整った顔と至近距離で相対することになったせいで、段々と頬が熱くなってきた。
「ああ、とても綺麗です。本当に虹の光を閉じ込めたかのような美しさですね」
「つ、つまり、まだ駄目なのですね」
瞳の確認だけなのだから、あまり余計な言葉を付け加えないでほしい。
慌てて顔を背けようとするが、しっかりと固定されているので動かせない。
それどころか、じっとエルナを見つめていた柘榴石の瞳が優しく細められる。
「で、殿下の瞳の方が、綺麗ですっ!」
「ありがとうございます。ですが、また名前を忘れていますよ」
「――グ、グラナート殿下の瞳は綺麗です!」
エルナの叫びと共に、控室の扉が開かれる。
衝撃のままに視線を向ければ、そこには両親の姿があった。
羞恥心で人が死ぬなら――エルナは今、命の瀬戸際だ。
何も言えずに固まっていると、にこにこと笑みを浮かべた二人が入室してくる。
さすがにグラナートも手を放してくれたが、もう手遅れだ。
花婿に顔を包み込まれ、至近距離で「瞳が綺麗」と叫ぶ花嫁……控えめに言っても、惚気まくりである。
どうにか誤魔化したいが、ユリアはいい笑顔でうなずいている。
何を言っても無駄な気がするし、あんまり否定するのもグラナートに失礼かもしれない。
だが、ただ耐えるというのもつらい。
いっそ、二人の記憶を消し去りたい。
聖なる魔力は無効化だとユリアは言っていた。
それが本当なら、このお惚気恥ずかしい記憶をどうにか抹消してほしい。
扉を開けたら二人でお茶を飲んでいた、何ひとつ恥ずかしくない穏便な記憶に置き換えてほしい。
「――エルナ、落ち着きなさい」
肩にそっと手を置かれ、その言葉に一気に現実に引き戻される。
ユリアは黒曜石の瞳でじっとエルナを見ると、ぺちぺちと頬を叩いた。
「ちょっといちゃついたのを見られたくらいで、聖なる魔力を使おうとしないの。私がいなかったら、軽く記憶の混乱ぐらい起きるところよ」
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次話 大聖堂半壊のお墨付きを貰います。