ベールの中の誓い
「――リリーさん! 聖女の力はあと一回しか使えないと言っていたのに、私達を助けてくれたのですね! 何とありがたいことでしょう。聖女としての最後の力だったというのに!」
できる限り大きな声でそう叫ぶと、参列者の目がエルナからリリーに向かうのがわかる。
虹色の髪の美少女は困惑の表情ではあるが、エルナの指示を守って黙ったまま動かない。
「たとえ聖女の力をなくしても、私にとってあなたは大切な友人で、尊い聖女です!」
力は失ったと強調して叫ぶと、掲げていたリリーの手を取って握りしめる。
エルナ自身の価値はともかく、現在この場では王太子妃になるという花嫁で、隣には王太子が立っている。
注目度と影響力のすべてを使って、リリーが聖女だと……そして聖女の力を失ったのだと印象付けたい。
王太子の結婚式で参列者を救ったとなれば、その功績は大きいはず。
もともと虹の聖女というのは眉唾物だし、ヴィルヘルムスは事情を知っている。
周囲の認識とリリーの心のわだかまりさえどうにかできれば、今のままのリリーでも「聖女の婚約者」でいられるのではないだろうか。
これは、エルナの勝手な判断で、勝手な行動だ。
リリーは嫌がるかもしれないし、ヴィルヘルムスも怒るかもしれない。
場合によってはグラナートが止めるだろう。
それでも、「元聖女」という肩書きは平民出のリリーにとって、力になる可能性があるのだから、試してみたかった。
……最悪、土下座して謝ろう。
ドキドキしながらリリーの手を握っていると、エルナの手にそっとグラナートのそれが重ねられる。
見上げれば柘榴石の瞳と目が合い、にこりと微笑まれた。
「僕からも礼を言います。ありがとう」
王太子であるグラナートが感謝の意を伝えたことで、参列者がざわめき始める。
そこにやってきたヴィルヘルムスはエルナ達の前にひざまずき、赤鉄鉱の瞳をまっすぐにリリーに向けた。
「わが国の民を助けていただき、感謝します。――私の聖女よ」
二つの国の王太子が認めた瞬間、参列者から歓声が上がった。
「聖女としての力は惜しくも失いましたが、治癒の魔法は使えるのですか?」
「は、はい」
「では、力をお貸しください」
ヴィルヘルムスの問いにリリーがうなずき、差し出された手を取ってバージンロードの中央へ歩いていく。
二人に視線が集中するのを見たエルナは、ようやくほっと溜息をついた。
気を張っていたのが緩んだせいか、少し体がふらつく。
すると、隣から伸びてきた腕がそっとエルナを抱き寄せた。
「大丈夫ですか?」
「はい。……勝手なことをして、すみませんでした」
怒られても仕方がないし、罰を与えられるのなら、しっかりと受け入れよう。
そうは思うのだが、気まずくて俯いたままだ。
「被害者を救ったのですから、ブルートのためです。エルナさんの力を公にしないためにリリーさんを隠れ蓑に使ったと考えれば、我が国のため。それに、ブルート王太子の婚約者の名誉を守ったとも言えます。何より、リリーさんのためですよね。……謝ることはありませんよ」
優しい言葉にゆっくりと顔を上げると、ベール越しでも眩い柘榴石の瞳が輝いていた。
だが次の瞬間、優しく細められていた瞳が見開かれる。
「エルナさん、瞳が」
「え? ――あ!」
グラナートの指摘に、慌てて顔を伏せる。
そうか、聖なる魔力を使ったから今のエルナの瞳は水の蛋白石の虹色の光を宿している。
どうするべきか考える間もなく、リリーとヴィルヘルムスがこちらに戻ってくる姿が見えた。
ということは、怪我人の治療は終わったのだろう。
もともとグラナートがほとんどの炎を消しているので、魔鉱石爆弾の欠片の物理的な被害者はそんなにいなかったのかもしれない。
だが、これはまずい。
人目を集めていた二人が戻ってきたことで、再びエルナとグラナートに視線が注がれている。
しかも、次は誓いのキスだ。
当然ベールを上げるわけだが、そうすると瞳の色を隠せない。
王太子妃である花嫁が、まさか終始顔を隠して俯いているわけにはいかないはず。
かといってこの瞳を見られるのは良くない気がする。
こうなったら、出来るだけ自然に笑っている体で目を細め続けよう。
顔の筋肉が引きつりそうだが、そこはもう根性で頑張るしかない。
神官に促されたグラナートが、ベールに手をかける。
嬉し恥ずかしファーストキスのはずが、まさかの長時間耐久顔面筋肉トレーニングの開始だ。
だが、緊張するエルナをよそに、グラナートの手は動かない。
どうしたのだろうと思っていると、ほんの少しだけ持ち上げられたベールの下から潜り込むようにグラナートの顔が入ってきた。
「……え?」
吐息がかかるほどの至近距離に驚いて目を丸くしていると、グラナートは眩い笑みを浮かべる。
「――生涯、貴方を愛すると誓います」
そう言って滑るように頬を撫でると、そのままそっと唇が重ねられた。
ゆっくりとグラナートの顔が離れるが、それでもすぐに触れられるほど近くて、柘榴石の瞳が眩しい。
言葉を失って真っ赤になったエルナを見て微笑むと、グラナートは再びベールの下をくぐるようにして外に出た。
「僕は妃に夢中でして。申し訳ないが、誓いのキスはお見せできません。……もったいないので」
グラナートの笑みに騙されそうになるが、言っていることがおかしい。
「で、ですが……」
さすがの神官も困惑を隠せない様子だが、それはそうだろう。
「ずっと隠すとは言いません。ですが、結婚式を終えて正式に僕の妃となるまでは、安心できない。神にすら嫉妬する哀れな男と思って、ここは許してください」
にこりと微笑むグラナートの麗しさに、周囲と神官から仕方がないとばかりに苦笑が漏れた。
もちろん、わかっている。
これはベールを外せないエルナのための方便だ。
わかってはいるが……もう少し恥ずかしくない方法はなかったのだろうか。
公衆の面前でこんなことを言われたら、瞳の色が戻ろうとも顔を上げられないではないか。
何も言えずにいるエルナの手を、グラナートがそっと握る。
安心させるためだとわかってはいるが、今は周囲の生暖かい視線がつらい。
史上稀にみる地味な王太子妃になる予定が、まさかの惚気た結婚式になるとは。
とにかく穏便に早く終わらせようとじっと黙って耐えるエルナの横で、グラナートが楽しそうに微笑んでいた。
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