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エルナの閃き

「――下がれ!」


 エルナが訴えるよりも早く、テオドールの声が響く。

 再びグラナートの腕の中に収まるが早いか、爆発音と共に火の粉が飛び散った。


「……これは、いけませんね」


 少し焦ったような声に顔を上げてみれば、大聖堂の中には悲鳴が響いている。

 どうやらグラナートがまた魔法を使ったらしく、爆発に巻き込まれた様子や、火の粉で燃えたり焦げたりしているのも見られない。


 だが、ちょうどバージンロードの真ん中あたりの参列者の数人が、苦しそうに呻いているのが見える。

 その周囲に黒くひずんだものを見つけたエルナは、原因が何なのかすぐに察した。


「――放せ! 私を誰だと思っている!」

 いつの間にかそばから離れていたテオドールが、一人の男性を引きずるようにして連れてくる。


「よりによって、ブルートの貴族が被害者です」


 その言葉に、リリーとヴィルヘルムスが慌てて走り出す。

 入れ違いでグラナートの前に放り出されたのは、デニス・ロンメル伯爵だった。



「……どういうつもりですか。ロンメル伯爵」


 静かにグラナートに問われ、デニスは目を泳がせる。

 だが誤魔化せないと諦めたのか、こちらを睨みつけてきた。


「あなたと田舎貴族の娘のせいで、我が家は。私は!」


 まるでグラナートとエルナが陥れたかのような物言いだが、先代の失脚は本人の罪。

 現在デニスが認められていないのなら、それもまた本人の行動の報いだ。

 百歩譲ってエルナやグラナートに非があったとしても、この場で狼藉を働く理由になどならない。


「……ロンメル伯爵。以前に何かあれば力を貸してくださると言いましたね。あれを今、お願いします」

「何!?」


 エルナにつかみかかりそうになるのを、テオドールが襟首を引っ張って戻す。

 あまりの勢いにデニスは床に尻もちをついたが、睨みつける眼差しはエルナに注がれたままだ。


「身分や自分の利益ばかりを見て、他人の迷惑や民の安全を顧みない方は、正しく国の裁きを受けてください」


「この……」

 叫ぶよりも先に鈍い音が響き、そのままデニスがその場に倒れ込んだ。



「めでたい結婚式に、うるさい虫が入り込んだみたいだな。さっさと連れて行け」


 淡い金髪に緑玉(エメラルド)の瞳の美青年はそう言うと、手にしていた分厚い聖書と思しき本を神官に放り投げる。


「兄上」

 グラナートが声をかけると、兄でありザクレス公爵であるスマラクトがうなずいた。


「ここに入る前に持ち物は調べさせたはずだが……まあ、そちらもあとで調査しよう。それよりも、グラナートと花嫁は無事かな?」

「はい。テオドールがいましたので、この周囲はアレの影響を免れています」


 テオドールの指示で騎士達に引きずり出されるデニスを見たスマラクトは、次いでバージンロード中央で騒がしく集っている人達に目を向ける。


「……以前に言っていた、魔力のひずみか」


 そうだ、魔力のひずみ。

 それに太刀打ちできるのは――。


「リリーさん、ハンカチを!」

 エルナの叫びにリリーはうなずくと、呻く男性にハンカチを押し当てる。


「おお、奇跡だ」

「聖女様だ……!」


 様子はよく見えないが、感嘆の声はここまで届く。

 それを聞いたエルナの脳内に、あることが閃いた。



「――リリーさん!」


 エルナの必死の声に何かを察したらしいリリーが、一人で駆け寄ってくる。

 揺れる虹色の髪に、参列者の視線は釘付けだ。


「どうしました、エルナ様。まさか怪我を?」

 心配そうに差し出された手を、エルナはがっしりと掴んだ。


「時間がありません。言う通りにしてください」

 紅水晶(ローズクォーツ)の瞳を数回瞬かせると、リリーはすぐにうなずいた。


「両手を天に向かって掲げてください。そして、そのままで」

 そう言うと、エルナはリリーの背後に隠れるように立つ。


「グラナート殿下、合わせてください。それと……手を、貸してください」


 事情がわからないだろうに、グラナートもまたうなずくとエルナの手を握ってくれる。

 触れた指先から力が流れ込むような気がして、心強い。

 リリーに背を預けながら、エルナは深く息を吐く。


 ハンカチで救えたのは恐らく一人。

 被害者が何人なのかはわからないが、少なくともまだ魔力のひずみが存在している以上、あれをどうにかしなければいけない。


 魔力のひずみを、消す。

 でも、決して倒れてはいけない。


 心の中にそれを深く刻み込むと、エルナは胸一杯に息を吸い込んだ。



「……消えて」



 声こそ小さかったが、その一言にエルナの中から何かが迸る。


 コップから勢いよく溢れる水のように、それは周囲へと広がっていった。

 大聖堂内を満たしたと感覚でわかった途端、急に石を背負わされたかのような疲労感と眩暈に襲われる。


 ふらつきそうになる体をグラナートの手が支えてくれるが、今はそれに縋っている場合ではない。

 意識を失わなかった自分を褒めつつ、エルナは聖堂内に目を向ける。


 どす黒い魔力のひずみは消え去り、被害に遭っていたと思しき人達も立ち上がって不思議そうに首を傾げていた。

 混乱の中、人々の視線は手を掲げる美少女に集中する。



 ――今だ。


 エルナはふらつきを振り払うように、大きく深呼吸をした。



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(詳しくは、活動報告をご覧ください)



「未プレイ」ランク入りに感謝!


次話 瞳の色が変わってしまったエルナに、誓いのキスのベールアップが迫る……!


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― 新着の感想 ―
[良い点] リリーさんを聖女に仕立て上げるつもりですか! もしそうなら、今後、また魔鉱石爆弾が使われたりしたときが怖いですが。 どうなることやら、続きを楽しみにしてます。
[良い点] 友達の為に無茶すんのはお互い様って感じだね、 しかし次回予告危機っぽく言ってる風だけどエルナの体力が限界で倒れてもグラナートが魔力に耐えられずに倒れても 割と洒落にならないので間違ってない…
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