幸せになりなさい
大聖堂の控室に到着すると、そこには両親とレオンハルトが待っていた。
ドレスとベールにてこずりながらどうにか椅子に座ると、リリーがにこりと微笑む。
「ここからエスコートされて大聖堂の中に入ります。少しの時間ですが、ご家族で過ごしてください」
リリーと使用人達が退室すると、レオンハルトがベールにそっと触れるようにして頭を撫でた。
「とても綺麗だよ、エルナ。何だか娘を嫁に出す父親の気持ちだな」
「父親なら、ここにいますよ」
マルセルが笑っているが、隣にはぴったりとくっついたユリアがいる。
おかげで聖なる威圧光線は出ていないが、この調子で人前に出るのかと思うと少しばかり恥ずかしい。
「大聖堂内までのエスコートは、俺が務めるからね」
「レオン兄様が?」
いわゆるバージンロードを一緒に歩くのは、たいていの場合は父親だ。
もちろん事情があって他の人ということもあるだろうが、マルセルは元気にここにいるのに、何故だろう。
「父さんはやりたいみたいだけれどね。母さん対策で絶対に離れるな、大聖堂では最後列にいろとテオドールが念を押してきてね」
「ああ……なるほど」
マルセルがエルナをエスコートするとなれば、当然ユリアと離れるので聖なる威圧光線が解き放たれる。
光線乱れ打ちからの大惨事になってはいけないのだから、確かにそうする他はないだろう。
二人三脚でもしているかのような両親は、エルナのそばに来ると幸せそうに目を細めた。
「エルナ、とても可愛いですよ。結婚式では泣いてしまうかもしれませんね」
「マルセル様、みっともなく泣きじゃくっていいですからね!」
ユリアは謎の励ましをマルセルに送ると、エルナのベールに手をかける。
「エルナ。――幸せになりなさい」
黒曜石の瞳に見つめられながらベールがおろされ、エルナはゆっくりとうなずいた。
「戻りたかったら、いつでもいいわよ。王族がうるさいのなら、迎えに行ってあげるから」
娘を想う母の言葉だとわかってはいるのだが、それを実際にユリアがやろうものなら、ただの戦争……いや、一方的な殺戮になりそうで怖い。
「大丈夫です、きっと。でも、たまには遊びに行きたいです」
「もちろんよ。待っているから」
ぎゅっと抱きしめるユリアの目に、輝く雫がこぼれ落ちた。
そうしてレオンハルトに連れられて大聖堂の扉の前に来たのだが、さすがに少し緊張する。
使用人達が恭しく扉を開ければ、長いバージンロードの横を埋め尽くすように人が座っていた。
「……多くありません?」
少ないとは思っていなかったが、こうして実際に見てみるとさすがに圧巻だ。
驚きから、ブーケを握る手に力がこもる。
真っ白な薔薇とカスミソウのブーケは華やかでありながら清らかで美しいが、このままではエルナの握力と熱で枯れかねない。
「王太子の結婚式だよ。諸国の使者に加えて、ブルート王国の貴族もかなり参列しているらしい。上位貴族も目白押しだね。……大丈夫?」
「はい。ベールのおかげでいい感じにはっきり見えません。幸運ですね」
「それは良かった」
微笑むレオンハルトと共に歩くと、バージンロードの行きつく先に待っているのはグラナートだ。
真っ白な正装に身を包んだグラナートは、凛々しくも美しい。
淡い金髪が光を弾く様は、まるで天使が舞い降りたかのようだ。
「私、何故あの人のお嫁さんになるのでしょうね」
「まあ、気持ちはわからないでもないけれど。本人の前では言わない方がいいよ。それに、エルナはとても可愛いし、いい子だから。殿下にあげるのももったいないくらいだ」
親馬鹿ならぬ兄馬鹿のレオンハルトの言葉に、ベールの中で少し笑ってしまう。
あっという間にグラナートの手前まで到着すると、レオンハルトがエルナの手をグラナートに託した。
「殿下、エルナをよろしくお願いいたします」
「はい。大切にするとお約束します」
レオンハルトは小さく礼をすると、瑠璃の瞳をエルナに向けた。
「エルナの幸せを、いつでも祈っているよ」
「ありがとうございます、レオン兄様」
レオンハルトが下がると、グラナートがにこりと微笑んだ。
「とても綺麗ですよ、エルナさん。眩しいくらいに」
いや、眩しいのはどう考えてもグラナートだ。
ベール越しに見ているのに目が痛いほどに輝く麗しさに、ため息がこぼれてしまう。
美少年王太子に白を着せたら、ただの眼福。
その上微笑みかけられているのだから、鼻血を出していない自分を褒め称えたかった。
「ありがとうございます。あの。殿下も素敵です」
「エルナさん」
窘めるように呼ばれ、名前を呼んでほしいという約束を忘れていたことに気付く。
「ええと、あの。グラナート殿下、とても素敵です」
「はい。ありがとうございます」
嬉しそうに柘榴石の瞳を細めるその笑みは、天上から差し込む光のごとく。
あまりに麗しさに、周囲の参列者からため息がこぼれた。
神官の前に二人で立つと、祝福の言葉を聞く。
日本の学校行事の校長の話と同じで、こういうものはやたらと長い。
とてもいいことを言っているような気もするが、長すぎると人は集中できない。
ベールであまり見えないのをいいことに、エルナは眉間に皺を寄せたり戻したり、唇を尖らせたり戻したりする。
暇つぶしというのもあるが、ぼうっとしていると手順を忘れそうなので、どうにか気を紛らわせているのだ。
だが、目を閉じたり開けたりしているエルナの隣に立つグラナートが、少し震えているのが視界に入る。
何事だろうとちらりと見てみると、口元を手で覆って咳払いをしている。
「……もしかして、見えていますか」
小声でそっと尋ねると、前を向いたままグラナートが小さくうなずく。
「他の人には見えていませんが、程々にお願いします」
何ということだ、まさか見えていたとは。
朝から沢山の人の手で磨かれて、少しはましな姿になったというのに、こんなところでエルナが足を引っ張ってしまうとは申し訳ない。
あと、恥ずかしい。
心のままに少し俯くエルナの手に、そっとグラナートの手が重なる。
一瞬混乱するが、これはきっと変な行動をしないで集中しろ、顔を上げろという意味だろう。
祝福の言葉を聞いている途中だし、エルナはブーケを持っている。
この状態ではグラナートの手の位置が目立ちすぎるので、慌てて右手をブーケから離す。
だが、これで終わるかと思いきや、何故か手を繋いだままだ。
「――では、指輪の交換を」
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