リリーの決意
「花嫁姿の! エルナ様の! 髪を結えるなんてっ!」
虹色の髪の美少女が大興奮で叫びながら、エルナの髪を梳いている。
いよいよやってきた結婚式当日。
朝早くの入浴から始まった支度で、既にエルナは疲れ切っていた。
エルナが身に纏うのは、純白のウェディングドレスだ。
オフショルダーのパフスリーブはとても可愛らしいが、シンプルなつくりで品がある。
腰回りをベルトのように飾るリボンは背で結ばれ、長く垂らされた生地の端はドレスよりも長い。
生地は艶やかに光を反射し、スカート部分には繊細な刺繍が施されている。
派手な装飾は一切なく、素材の良さと手間暇がうかがえる上質なドレスだ。
ドレスは、美しい。
さすが王太子妃の結婚式なだけあって、とても美しい。
だが、着るのはエルナだ。
そのあまりの落差に、申し訳なさ過ぎて少し気持ちが悪くなってきた。
ぐったりと大人しいエルナの周りを、妖精のように美しいリリーがはしゃいでいる。
「リリーさんの方が可愛いですよ」
リリーはごくシンプルな淡いピンクのドレスを着ているが、もう夢のように愛らしい。
ブライズメイドがこの美少女ならば、エルナへの視線は確実に減る。
グラナートもヴィルヘルムスも文句なしの美少年なので、当然視線を集める。
こうなると、エルナはいなくても誰も気づかない可能性すらあるのだが……それはそれで気楽でありがたい。
史上最高に影が薄い花嫁になろうと決意していると、リリーが不満そうに唇を尖らせた。
「何を言うのですか。こんなにエルナ様は可愛らしいのに」
「まあ、確かにこれだけの人数に手間暇かけていただいたので、普段よりは確実にいいと思います」
エルナは自分が普通であることを理解しているし、誰もが振り返る美少女になりたいという気持ちはさらさらない。
どちらかというと美少女を愛でたい。
愛でまくりたい。
だが、今日は結婚式なので、そういうわけにもいかない。
優しいグラナートは、エルナが普通でもきっと褒めてくれるだろう。
誰の目を引かなくても構わないが、グラナートに少しでもいつもと違うと思ってもらえたら、もうそれで十分である。
「いいも何も、とても可愛らしいですからね。さあ、髪はこれでいいので、ベールの準備を……」
使用人が持ってきたベールを見たリリーの動きが止まり、美しい顔が強張った。
「……ベールの攻撃力が天元突破ですね」
「――待ってください。何が見えているのですか」
不穏極まりない評価に少し怯えるが、リリーは何かに納得したようにうなずいている。
「さすが王族の結婚式。樽が降っても、大丈夫!」
笑顔と共に告げられた言葉に、エルナの脳内に日本の物置のコマーシャルが浮かんだ。
何だかとても頼もしい気持ちになったが、よく考えれば結婚式に樽は降らない。
一応はユリアに安全を保証してもらったが、リリーの様子からして結構なアレであることは間違いないようだ。
とはいえ、今更ベール無しにするわけにもいかないので、着けるしかない。
ベールはいわゆるロングベールであり、その端を彩るように刺繍を施してある。
初めての超大作だが、こうなるともっと刺繍を減らせばよかったのかもしれない。
だが、出来自体は満足なので複雑な気持ちだ。
とにかく、攻撃だけは絶対駄目だ。
魔法には精神状態が影響するというから、まずはエルナの中でイメージをしっかりと固めておこう。
先制攻撃はしない。
無事に平穏に、とにかく穏便に平和に結婚式を終える。
これに注力するよう、心がけよう。
本来ならば嬉し恥ずかしの緊張の場面なのだろうが、エルナの心はそれどころではなかった。
支度が終わると、そのままリリーと共に馬車に乗る。
結婚式は大聖堂で行われ、式典が始まるまでグラナートには会えない。
式を終えたらそのまま馬車で王都の中を移動しつつ民に顔見せ……つまりパレードをし、王宮に戻ったら舞踏会。
長い一日を思うと、疲労感が先に来てしまう。
思わずため息がこぼれるエルナに対して、リリーは満面の笑みで嬉しそうだ。
「本当に光栄です。とても素敵です」
「確かに豪華な馬車ですよね。パレードは式の後なのに、既に道には人が出ていますし」
ちらりと窓から覗くと、普段よりも王都に人が多い気がする。
王太子グラナートの結婚式なのだから盛り上がって当然なのかもしれないが、期待されても花嫁はエルナなので申し訳ないばかりだ。
まあ、グラナートは眩い美しさなので、そちらを堪能していただくとしよう。
「違いますよ。花嫁姿のエルナ様を、殿下よりも先に見られた上に、二人きりで馬車に乗れるなんて幸せ過ぎます」
「は、はい……?」
以前から思っていたが、リリーはたまに言動がおかしい。
友人として親しくしてくれるのは嬉しいし、エルナもリリーのことは好きだ。
だが、若干方向性の違いを感じる時があるのは、気のせいだろうか。
「ああ。私が男性だったら、エルナ様をお嫁さんに欲しかったです!」
手を組んで祈りを捧げるようなポーズのリリーも、可愛らしい。
仮に男性になろうともリリーは美しいだろうし、間違いなく優秀なので生活に困るということはないはずだ。
田舎の子爵家令嬢なら平民に嫁ぐのも可能だし、何なら刺繍したものを売って生計を立ててもいい。
「……悪くありませんね」
「本当ですか、嬉しいです!」
リリーは手を叩き、まるでプロポーズを承諾されたかのようにはしゃいでいる。
「まあ、殿下は素敵な方ですし、仕方がないのでお譲りしますが」
わざと上から目線で言う様が可愛らしくて笑ってしまい、それにつられるようにリリーも笑った。
「……ヴィル殿下とは、お話できましたか?」
「はい。機会を設けていただき、ありがとうございます。私……ヴィル様のこと、やっぱり好きみたいです」
ブライズメイドとグルームズマンの打ち合わせという名目で、二人は王宮で会っているはずだ。
こうしてリリーが素直に好意を打ち明けるからには、気持ちが通じ合ったのだろう。
「でも、養子にしていただくのは……そういうご迷惑をおかけしたくなくて。それに、聖女としての婚約者ならば、この先ずっと民に嘘をつき続けることになります。民のために官吏を目指していたのに、それが納得いかなくて」
リリーはそこまで言うと、小さく息をつく。
「でも、聖女ではないと真実を伝えれば、私ではヴィル様に釣り合いません。それに、聖女の婚約者がいたからこそ勝ち取った、王太子という立場を危うくさせてしまうかもしれない。かといって、聖女の証明なんて無理ですし。自分でも、どうしたらいいのかわからなくなって」
リリーはそう言うとハンカチを取り出し、撫でる。
虹の刺繍がされたそれは、エルナがあげたものだ。
「エルナ様みたいな力があればいいのに、なんて思ったりして……図々しいですね、私」
優しく虹の刺繍を撫でると、リリーはハンカチをしまう。
「それだけ、ヴィル殿下が好きなのですね」
素直にうなずくリリーを見て、エルナは何だか嬉しくなってきた。
「リリーさんには、治癒の魔法があります。ブルートは魔力に恵まれていないので、治癒だけでも国で保護するレベルだと聞きました。その上、リリーさんは官吏を目指して勉強する優秀な人です。大丈夫、まだ時間はあります」
実際、治癒の魔法を使う美少女というだけでもかなりの価値があると思うし、ヴィルヘルムスが既に王太子になっている以上はそこまで問題ない気もする。
だが、リリーはそういうものではなくて、ヴィルヘルムスの望む……いや、ヴィルヘルムスの伴侶として望まれているものになりたいのだろう。
「公爵家の養子では気後れすると言うのなら、うちでもいいです。権力的な意味はほぼありませんが。……問答無用でリリーさんの素晴らしさが伝わる何かが、あればいいのですけれど」
「何か、ですか?」
わかりやすいリリーの能力と言えば治癒だが、それを伝えるとなると。
「怪我人を一斉に治す、とか……?」
「今から結婚式ですよ。物騒なことを言わないでください。それに、私は一人ずつしか治癒できませんし、何でも治せるわけでもありません」
確かに、解毒はできないと以前に言っていた。
稀有な能力ではあるが、決して万能ではないのだ。
どうしたものかと考え込むエルナを見て、リリーが口元を綻ばせる。
「そうしてエルナ様達が気にかけてくださるだけで、幸せです。何にしても、後悔しない選択をしたいと思います」
紅水晶の瞳の力強い眼差しに、エルナはゆっくりとうなずいた。
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「虐げられた苺姫は聖女のループに苺で抗う 〜たぶん悪役令嬢の私、超塩対応の婚約者に溺愛されてる場合じゃない〜」のイケオジ護衛騎士番外編完結。
そして魔法のiらんどでも完結!
「雇われヒロインは、悪役令嬢にざまぁされたい」エブリスタにて連載開始!
「未プレイ」「苺姫」ランク入りに感謝!
次話 エルナとバージンロードを歩くのは……。