ちょっと、うちに嫁に来ない?
「ただいま。……あれ、どうしたの。何だか元気がないね、エルナ」
帰宅したらしいレオンハルトは、そう言うとエルナの隣に腰を下ろし、ゾフィが紅茶を差し出している。
「何かあったのかい?」
「大丈夫です。ベールが昔の彼女を攻撃しないように、頑張ります」
「……何だい、それ」
不思議そうに首を傾げるレオンハルトに構わず、エルナは紅茶を口にする。
暖かいそれに、少しだけ心が落ち着くような気がした。
「ところで、レオンハルトは結婚式の後の舞踏会、誰をエスコートするつもりですか? わざわざ田舎の領地まで何通か手紙で依頼が来ましたが、どうします?」
マルセルが、ぴったりとくっつくユリアの頭を撫でながら問いかける。
本当に、いちゃつくのなら二人だけでお願いしたいものだ。
「今回はペルレ様をエスコートする予定だよ」
その返答に、ユリアがマルセルの腕からようやく顔を離した。
「ペルレって、王女よね?」
「現ザクレス公爵の一人だね」
「凄いところに声をかけたわね」
「いや。ただの露払いだよ」
レオンハルトがことの経緯を説明するが、ユリアは呆れたとばかりに肩をすくめている。
「国で一番の箱入りな淑女が、そんなことを軽々しく頼むとは思えないけれど。……王女、レオンハルトのことが好きなんじゃないの?」
ユリアの一言にレオンハルトは目を丸くし、そんな反応にエルナも驚いてしまう。
この様子では、本当にペルレの気持ちに欠片も気付いていないらしい。
結構わかりやすく……というか、相当積極的にアピールされているのに。
鈍いらしいとは思っていたが、やはりかなりのものである。
「まさか。ペルレ様は王女で公爵だよ? エルナの兄だからと信頼して露払いを任せてくれただけだよ」
「そうかしら?」
「今日も王宮に書類を届けに行ったら、ペルレ様がロンメル伯爵に絡まれていたし。やはり、身分が高く美しい妙齢の女性というのは大変そうだね」
心の中でユリアの追及を応援していたエルナだが、ロンメルの名にはっとする。
「ロンメル伯爵と言えば、この間も」
「ああ、ペルレ様が言っていたね。エルナに助けてもらったと」
「いえ。ほぼペルレ様が自力で逃げていましたが……また、声をかけられているのですね」
眉間に皺を寄せるエルナの頭を撫でると、レオンハルトにクッキーを口に放り込まれる。
グラナート相手ならば「あーん」だし、一大事だが、レオンハルト相手ならば何ともない。
「あーん」というよりも、親鳥による給餌に近いからだろう。
もぐもぐと口を動かすエルナを見て微笑むと、レオンハルトもティーカップに手を伸ばした。
「現在の情勢からして、ペルレ様を取り込むのは確かに効果的だ。ただ、ああもしつこいと嫌がられそうだが、それだけ必死なのだろう。……ということで、俺はただの露払い」
「そんなの、本気で全力の露払いをしたいのなら、兄王子のザクレス公爵と一緒にいればいいじゃない。会ったことはないけれど、あの王の息子で王太子の兄なら容姿は恵まれているだろうし」
ユリアの言う通り、第一王子にして公爵な美貌の兄が一緒となれば、声をかけることなどほぼ不可能に近い。
「確かに。ではザクレス公爵は忙しいのだろうね」
「それよりも、レオンハルトはどうなの。王女のことは好き? 嫌い?」
――凄い。
ユリアの突っ込み具合が本当に凄い。
さすがは乙女ゲームのヒロイン、色恋沙汰に対する攻撃力がずば抜けている。
ずば抜けすぎて流血沙汰とか光線発射とかしているが、今は頼もしい。
「その二択なら、好きだね。嫌いではないので」
あっさりと返答したレオンハルトに、ユリアはにこりと微笑んだ。
「嫌いじゃないなら、十分だわ。王女なら間違いなく魔力にも恵まれているだろうから、私に会っても即刻倒れるようなことはないだろうし。――いい嫁じゃない。王家にエルナをあげるんだから、王女をもらってもいいわよね」
もの凄い理論ではあるが、今はこのユリアの謎思考がありがたい。
どう反応するのかと思ってレオンハルトをちらりと見ると、ちょうどため息をつくところだった。
「母さん。嫁問題はわかるけれど、あまりにも安直で勝手だろう。相手の意見というものもあるんだよ」
「じゃあ、聞いてきて」
「……はあ?」
ごくまっとうな返答に対しても、ユリアのずれ切った軸はぶれない。
「ちょっと、うちに嫁に来ない? って」
「軽いな……」
レオンハルトが呆れているので、ここはもう一押し欲しい。
エルナは心の中でユリアに声援を送った。
「うるさいわね。じゃあ、あれよ。剣の稽古もつけてあげるから」
「いや、必要ないだろう。もう、母さんは父さんといちゃついていてくれれば、それでいいよ」
「――それは、いいわね!」
せっかくレオンハルトとペルレの話だったのに、一言でユリアの関心が削がれてしまった。
マルセルにくっついて幸せそうなユリアに、追撃する余力はなさそうだ。
……何だろう。
ノイマン家は少し、変かもしれない。
今更ながらに、家族内の会話が妙なことに気が付いたが、どうにもならない。
とりあえず今できることは、グラナートの過去の女性関係を確認してベールで爆破の悲劇を防ぐことだ。
エルナは紅茶を一口飲み込むと、ゆっくりとため息をついた。
※『このライトノベルがすごい!2022』投票が開始されました!
「残念令嬢」が対象です!
よろしければ投票をお願いいたします!
(詳しくは、活動報告をご覧ください)
「虐げられた苺姫は聖女のループに苺で抗う 〜たぶん悪役令嬢の私、超塩対応の婚約者に溺愛されてる場合じゃない〜」のイケオジ護衛騎士番外編完結。
そして魔法のiらんどでも連載中!
「未プレイ」「苺姫」「残念の宝庫」ランク入りに感謝!
次話 元カノのことを聞くという死亡フラグ……!