ベールが元カノを爆破しそうです
「エルナ、おかえり」
「お母様。いらしていたのですね」
「もうすぐ結婚式だから」
エルナを出迎えた母ユリアは、父のマルセルと共に紅茶を飲んでいる。
ソファーに腰かけて向かいの両親を見てみるが、こうしているとごく普通の穏やかな夫婦だ。
それなのに、相も変わらずユリアからは圧力しか感じない光線のようなものが放たれている。
テオドール命名の聖なる威圧光線だが、今日も絶好調で放出中だ。
エルナは聖なる魔力を使えるようになるまで、これにまったく気が付かなかったのだが……普通の人達には見えるのだろうか。
そういえば、だからマルセルも来る、とレオンハルトが言っていた。
ということは、何らかの対策があるのかもしれない。
気になって尋ねてみると、クッキーを食べていたマルセルがにこりと微笑んだ。
「ああ。ユリアさんから、何か漏れ出しているらしいですね」
「漏れ出しているって……」
穴の開いたバケツじゃあるまいし、その表現はどうなのだろう。
だがマルセルどころか、ユリア本人にも気にする様子はない。
「私は見えませんからね。でも、テオドールが言うには、私で収まるらしいですよ?」
「収まる?」
ユリア自身も無意識で出しているようなのに、どうやって押さえ込むのだろうか。
「こうすると」
そう言ってマルセルが隣に座ったユリアの肩を抱き寄せると、あれだけ四方八方に出ていた光のようなものが一瞬で消えた。
「……本当ですね」
「まあ、私にはよくわからないけれど。ユリアさんとくっついていれば有効らしいので、人的被害は出しませんよ。安心してください」
「はあ。ありがとうございます……?」
ひと安心……と言っていいのだろうか。
娘の結婚式でいちゃつく両親は……安心、だろうか。
少し釈然としないが、光線乱れ打ちよりはいいのは間違いない。
「それで、ベールに刺繍しているんでしょう? ちょっと見せてくれる?」
ベールを持ってきたゾフィから受け取ると、何やらユリアは無言で検分し始めた。
「あの……何か、駄目でしょうか」
「いや、駄目というか」
はっきりしない物言いに、段々不安になってきた。
「テオ兄様は爆弾を作るなと言っていましたが」
「ああ、うん。やろうと思えばいけそうね」
まさかの提案に、エルナは慌てて首を振る。
「いきたくないです。え? 駄目ですか?」
ここまできて、まさかの不採用となると、さすがに切ないのだが。
「うーん。これ、何を考えて刺繍していたの?」
「何って……結婚式は緊張するとか、実感が湧かないとか」
「あー。そうじゃなくて、もっと強い心。あの王子のこととか」
「え⁉」
からかわれているのかとも思ったが、ユリアの表情は真剣だ。
こうなると、誤魔化すわけにもいかない気がする。
「ええと……殿下の身を守りたいとか。このベールをどう思うかとか……少しは綺麗だと思ってもらえるか、とか」
話ながらどんどん声が小さくなるし、俯いてしまう。
何なのだろう、これ。
両親の前で婚約者に対する想いを語るとか、どんな羞恥プレイだ。
だが、まったく気にする様子のないユリアは、何故かしきりにうなずいている。
「なるほど。やっぱり、そっちね。うん。まあ、大丈夫。槍の三本くらいは弾けるから」
「何ですか、それ⁉ 駄目じゃないですか」
結婚式で花嫁と槍が出会うこと自体謎だが、そこでベールが槍を弾くなんて意味がわからない。
「一応は抑えようとしたらしいし、以前の聖なる爆弾よりは全然マシよ」
「マシって……」
「ただ、反対に守る方に特化しすぎて先制攻撃できそうだから」
「ベールが⁉」
ついに槍を弾くどころか攻撃し始めたが、エルナが刺繍していたのは兵器か何かだったのだろうか。
「王子の昔の彼女が襲撃でもしてこなければ大丈夫よ」
「どういう前提ですか!」
「その時は、守ってあげなさい」
「殿下を?」
守るも何も、グラナートの方が強そうなのだが。
「いえ。昔の彼女」
「何故ですか⁉」
「だって、さすがに結婚式で流血沙汰はまずいかなと思うし」
いや、おかしい。
先制攻撃するのもおかしいが、守らないと一体何が起きるのだ。
ベールがグラナートの昔の彼女に、何をするというのだろう。
混乱して何も言えずにいると、マルセルがティーカップをそっとテーブルに置いた。
「ユリアさん。結婚式に血を流すのは良くない、と思えるようになりましたか。成長しましたね」
「マルセル様!」
ユリアは感激したとばかりにマルセルを見つめ、互いに笑みを交わしている。
褒めどころがおかしいし、娘の前でいちゃつかないでほしい。
「それで、結局このベールは駄目ということですか?」
「だから。昔の彼女次第だってば」
「いませ……いま……いる……の、ですか?」
すぐに否定しようとしたが、よく考えたらそのあたりは知らないことに気が付いた。
「さあ? 知らないけれど。美少年の王子ならいてもおかしくないでしょう」
そう言われると、そんな気がしてきた。
婚約者候補筆頭だったのはアデリナなので、そこは襲撃の可能性はない。
だが、彼女とまではいかなくても、グラナートに懸想している女性ならば結構いそうだ。
実際にシャルロッテ・グルーバー侯爵令嬢は、エルナを排除すべく殺害まで計画していた。
彼女は既につかまっているが、他に同じような人がいてもおかしくはない。
「明日、聞いてみます……」
過去の女性遍歴を尋ねるなんて、実に楽しくなさそうで気が乗らない。
だが最悪の場合、結婚式で襲撃された上にベールが先制攻撃の上に返り討ちで、流血沙汰の危険があるのだ。
さすがに放置するわけにはいかない。
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