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心が滅多刺しです

「殿下、どうかしましたか?」


 魔鉱石爆弾がヘルツ国内にある可能性が高くなったようだし、そのあたりのことを考えているのだろうか。

 それとも、他に何か心配事があるのかもしれない。


「いえ。エルナさんはヴィルのことをヴィル殿下と呼びますよね」

「はい。それが何か?」


「僕のことは殿下と呼ぶのに、ヴィルは名前付きでずるいな、と思いまして」

「……真剣な顔で、そんなどうでもいいことを考えていたのですか」


「どうでもよくありませんよ。重要です」

 グラナートは少しムッとした顔でそう言うと立ち上がり、エルナの隣に腰を下ろす。



「僕も、名前で呼んでほしいです」


 グラナートはその魔力の高さゆえに、名前を呼ばれれば相手の魔力の性質がわかるほどだ。

 以前に聖なる魔力を込めて名前を呼んで倒れさせたこともあるし、万が一を考えると少し怖い。


「うっかりアレすると、アレですから。やめておいた方が」

「頑張ります。耐えます」


「いや。そんな無理をしなくても」

 大体、名前を呼ぶたびに頑張って耐えなければいけないだなんて、おかしいと思う。


「僕も名前で呼んでほしいです」

「でも」


 消極的なのが態度でわかったのか、グラナートは柘榴石(グラナート)の瞳でまっすぐに見つめてきた。


「駄目、ですか?」


 きらめく瞳で上目遣いはやめてほしい。

 身長の関係で上から見ているはずなのに、下から見ているかのような上目遣いの威力を出さないでほしい。


「だ」

「だ?」


「駄目じゃ……ない、です」

 絞り出すように言葉を紡ぐと、そのままがっくりと首を垂れる。


 駄目だ、逆らえない。

 美少年は、正義。

 美少年のおねだりもまた、正義なのだ。


 若干釈然としないまま顔を上げると、そこには弾けるような笑みを浮かべたグラナートの顔がある。

 嬉しそうなその様子は、背後にぶんぶん振った尻尾が見えそうな程だ。



「……グラナート、殿下」

「はい。もう一度」


「グラナート殿下」

「もう一回」


「グラナート殿下」

 何回同じことを繰り返すのだろうと呆れていると、グラナートは満足そうに何度もうなずいている。


「うん、いいですね。エルナさんの魔力がグサッと突き刺さって、心地いいです」

「刺さる⁉ 駄目じゃありませんか!」


 魔力が刺さるとはいかなる状態かよくわからないが、普通でないことだけはハッキリしている。

 やはり、名前を呼ぶのは危険だ。


「大丈夫ですよ」

「でも、刺さるって!」


 もしかして、どこか不調になったりはしていないだろうか。

 心配でグラナートの全身をくまなく見るが、よくわからない。

 だが、慌てるエルナとは対照的にグラナートは落ち着いており、そっと頭を撫でられた。


「もののたとえですよ。心には刺さるけれど、体は包み込まれています」

「ど、どういうことですか……?」


 包んで刺すという言葉に、エルナの頭の中でホイル焼きのアルミホイルにナイフが突き刺さった。

 中からは湯気と共に美味しそうな魚が出てきたが……今は脳内クッキングをしている場合ではない。


「これからは、それでお願いします」

「でも、それでは殿下が滅多刺しな上にふっくらと焼き上がってしまいます」


「心は、ですね」

「駄目じゃありませんか」

 必死に訴えるエルナに、グラナートが困ったように息をついた。



「意味をわかっていないようですね。つまり、名前を呼ばれるだけで胸がときめいて、エルナさんのことがますます好きになるわけです」


 美少年が胸がときめくとかいうものだから、エルナの胸もうっかりときめいてしまう。

 もらい泣きならぬ、もらいときめきだ。


「な、何か変な効果があるのでしょうか。すみませんでした」

「だから、違いますよ」

 グラナートはもう一度ため息をつくと、エルナの手をぎゅっと握りしめた。


「好きな人から名前を呼ばれれば、嬉しいのです。僕の場合は魔力の関係で、更にそれを堪能できるだけです」


「堪能⁉」

「はい」

 驚くエルナに微笑むと、そのまま手に唇を落とす。


「ひいっ!」

 何度か経験したし、それなりに耐えられる時もなくもないが、今は混乱しているので悲鳴を抑えられない。


「名前、呼んでくれますね?」


 手を握られ、手にキスされ、眩い笑みと共におねだりされて……これを断れる人間がいるだろうか。

 いや、いない。


 美少年という正義の前では、エルナのようなちっぽけな存在は、ただ従うより他ないのである。



「は……はい」

「ありがとうございます」


 それは嬉しそうな笑顔に、エルナの心が滅多刺しである。

 耐えきれないと心臓は悲鳴を上げるが、同時に幸せだとも訴えるのだから、困ってしまう。


 だが、これでグラナートが喜んでくれるのなら、それは嬉しい。

 いろんな感情が入り混じって心が落ち着かず、ちらりと視線を向ければ柘榴石の瞳と目が合った。


 ――美少年の微笑みは、プライスレス。


 エルナは頬を染めながらも、ありがたくその美しい光景を目に焼き付けた。






※活動報告の書籍紹介等をまとめました。スッキリ!


「虐げられた苺姫は聖女のループに苺で抗う 〜たぶん悪役令嬢の私、超塩対応の婚約者に溺愛されてる場合じゃない〜」のイケオジ護衛騎士番外編完結。

そして魔法のiらんどでも連載中!


「未プレイ」「苺姫」ランク入りに感謝!



次話 ベールが元カノを爆破しそうです!


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― 新着の感想 ―
[気になる点] グラナートって母親が側妃に殺されたせいで色々と拗らせてるけどやっぱり立場だ何だで身内が一番心を許せなかった関係で (国王は言わずもがな仇とはいえ兄や姉にとって母親である側妃を追い落とし…
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