変なスイッチが入りました
「……あの。どうして二人一緒なのか、聞いてもいいですか?」
エルナは馬車で学園に向かっているのだが、同乗者が二人いる。
侍女のゾフィはいつも通りだからいいとして、何故フランツまでいるのだろうか。
フランツはレオンハルト専属の執事見習いだ。
腕が立つらしいのでゾフィの都合がつかない際、たまに送迎をしてくれたことはあった。
それでも、今まで二人一緒ということはなかったのに。
「レオンハルト様の指示です」
困惑するエルナに、向かいに座ったフランツが静かに答えた。
「……過保護ですねえ」
身の安全のために馬車に乗っているし、ゾフィだっているのだから、もう十分だろうに。
「必要ですので」
そう言うと、フランツがちらりと窓に視線を移し、ゾフィとうなずき合う。
「どうかしました?」
「いえ。埃が溜まっているようですので、掃除をしようかと」
「道の⁉」
フランツは執事見習いであり、掃除自体は他の使用人の仕事だ。
というか、そもそも敷地でも何でもない道の掃除をする必要などない。
だがフランツは椅子から腰を浮かせると、そのままエルナに一礼した。
「どうそ、お先に。私は掃除をしてから参ります」
「いや、道の掃除までしなくても」
いいと思う、という間もなくフランツは扉を開けて外に飛び出した。
「――せめて馬車を止めて⁉」
慌てて様子を見ようと立ち上がりかけたエルナを、ゾフィの手が止める。
扉を閉めたゾフィは、特に表情を変えることもなくエルナの隣に戻った。
「馬車を止めてしまっては、思うつぼです」
「埃の⁉ だって、飛び降りたら危ないですよ」
「走る馬車から飛び降りられない程度では、レオンハルト様の稽古は受けられません」
「……レオン兄様は、何をしているのですか」
稽古を嫌がるテオドールの気持ちが、何となくわかったような気がした。
窓の外に目を向けるが、既にフランツの姿は見えない。
馬車はそれなりの速度で走っているが、ゾフィの様子からしても怪我しているということはなさそうだ。
「……何か、あるのですか?」
「ないように務めるのが、我々の仕事です。帰り道は埃のない美しい道ですので、ご安心ください」
何だかまったく安心できないのだが、聞いてはいけない気がする。
エルナは本能に従って車窓から視線を外した。
「それで。もうすぐエルナさんの結婚式ですが。ブルートの王太子殿下とは話しましたの?」
いつものように庭を臨みながら話をしていると、アデリナがおもむろに切り出した。
「……いえ。挨拶くらいはしますが」
俯くリリーも可愛らしいが、理由が理由なので見ていてもあまり嬉しくない。
ペルレから聞いた特例の話もしてみたが、やはり反応は芳しくなかった。
「既に聖女として婚約者になっているのですから、あとはリリーさんの覚悟だけということですわね」
「でも、聖女なんて、嘘ですよ? もしも何かがあった時に、私が偽物だとばれたらヴィル様に迷惑が掛かります」
リリーが糾弾されることではなくて、ヴィルヘルムスの心配なのか。
「わたくしには、もう二人の心は決まっているように見えますけれど」
「あともう一押し、ですかね」
ヴィルヘルムスももっと押せばいいと思うが……いや、リリーは男性に好意を押し付けられるのは苦手だったか。
だが、今までは何とも思っていない相手だったのだから、ヴィルヘルムスにならば押されてもいいのかもしれない。
「どちらにしても、話はした方がいいと思います」
「ですが、ヴィル様は賓客として王宮にいますし、学園にはあまり顔を出しません。来たとしても人目があるので、話をするのは……」
それはそうだ。
こういうところでも身分の差が邪魔をする。
まさか隣国の王太子を街中の宿に宿泊させるわけにもいかないし、学園内で二人きりとなると妙な噂を立てられても面倒だ。
何か、堂々と二人が会える口実があればいいのに。
「――ブライズメイドというのは、どうでしょう」
花嫁のサポート役であるブライズメイドならば、それを理由に王宮に出入りしてもおかしくない。
更にヴィルヘルムスがグルームズマンになれば一緒に……いや、他国の王太子にそれはさすがに無理か。
少なくとも王宮の出入りができるのと、結婚式に参加できるのだから、かなり状況は改善される。
「何ですの、それは?」
不思議そうに首を傾げるアデリナとリリーを見る限り、どうやらこの世界にブライズメイドというものはないらしい。
まあ、本職の使用人達がいるのだから、必要ないとも言える。
それにしても乙女ゲームの世界なのに、どうしてこんなに乙女な制度が採用されていないのか不思議だ。
『虹色パラダイス』は学園ものだったようなので、結婚はゴールであり、エンディングのはず。
特に掘り下げる必要もないということかもしれない。
「ええと。遠い国の習慣です。本で読んだことがありまして……」
かなり苦しい言い訳のような気はしたが、初めて聞くそれにアデリナもリリーも真剣な様子だ。
やはり乙女は、乙女な制度が気になるのだろう。
「……という感じで。要は近くで花嫁のお手伝いをする人です。本格的に裏方というよりは、ブーケを一時的に預かったり、ベールを直すくらいで。そばにいてくれるだけでも、私の目の保養にもなりますし」
「そば。……エルナ様のそばですか?」
「はい、そうです」
返答しつつリリーを見ると、紅水晶の瞳がきらりと輝いている。
「結婚式の、エルナ様の、そばですか⁉」
「そ、そうです」
声の勢いに少し怯んでいると、リリーの表情がぱっと明るくなった。
「エルナ様のブーケを持って、ベールを直す役目!」
「え、あの。もちろん、無理にとは」
すると、リリーはエルナの手をがっちりと握りしめた。
「やる、やります、やらせてください! 私、見事にブーケを持ってみせます!」
見事に持つって何だと言いたいが、これだけの美少女ならば何だか納得してしまう。
「いえ、あの。ヴィル殿下と話すための……」
「はい、ヴィル様と一緒にエルナ様の晴れ姿を目に焼き付けます!」
「ヴィル殿下はリリーさんしか目に入らないと思いますよ」
というか、参列者も全員漏れなくリリーを見ると思う。
いや、花婿のグラナートはその美貌で目を引くし、ヴィルヘルムスまでいる。
……こうなると、誰の結婚式なのかよくわからなくなってきた。
「……変なスイッチが入りましたわね」
「まあ、乗り気ならいいのでしょうか。とりあえず、後で殿下に相談してみます」
紅水晶の瞳をきらめかせて何やらうっとりしているリリーを見ながら、エルナはため息をついた。
※活動報告で今後のご連絡をしています。
「虐げられた苺姫は聖女のループに苺で抗う 〜たぶん悪役令嬢の私、超塩対応の婚約者に溺愛されてる場合じゃない〜」のイケオジ護衛騎士番外編完結。
そして魔法のiらんどでも連載中!
「未プレイ」「苺姫」ランク入りに感謝!
次話 ヴィルにブライズメイドを提案! するとグラナートが……。